本編

第2話 エンゼ・ルシアと彼

鬱蒼とした森が強く光ると、良と天使が現れる


「じゃ、始まりの町に向かうわよ。しっかり戦ってね」

天使があっけらかんと言う



しかし



「断る」

良は、口角を少し上げ堂々と言い放った。

風に揺れた前髪から覗く目は、先ほどまでの雰囲気とは正反対に、鋭く力強かった。




+++




人に頼るのはダサいことだ。

幼い頃の俺はそんな風に、うっすらと考えていた。


ある日、両親が死んだ。

呆然としていた俺は、両親の死に納得できるような理屈を探した。


だから俺は誰にも頼らずに生きようとした。

自分への評価をどれだけ人に頼っていないかで決めることにした。


そのおかげか、頭が悪いなりに頑張ってそこそこの学校にはいけた。まぁ、トラックに轢かれて死んでしまったが


そんな人生でもただ一つ確かなことがある。


それは今までの人生で後悔したことなんて一つもない。ということだ

俺は、いつ死んだとしても納得できるような生き方をしてきた。


それを


「てめーにボロクソに言われてムカっ腹が立ってんだよっ!」

「な!なんて口を聞くの、人間のくせに!」

「それも腹立ってたわ!偉そうなのが端々から滲み出てんだよっ。アホ!」

「アホ!?なによ!ずっと従順だったくせに!」

「明らかにやべー生き物に歯向かうわけねーだろうが!へっへっへ。この世界じゃ弱いんだってー?」

「この小悪党!」

「なんとでも言え!俺は今、恐ろしく気分がいいぜ」

天使は顔を真っ赤にして俺を睨む。ひょっとして俺を喜ばせたいんだろうか。馬鹿にされてるやつが馬鹿にされた態度をとるなんて、人間様の大好物である。もちろん俺も好きだ。


「ほれ、まずは頭を下げてお願いしてみ?お願いします良さん。ってよ」

余計イラつかせるように語りかけると天使は、不意に肩を落とす


「ふっふっふっふ」

「なんだよ、怒りでおかしくなったか?」

俺が心配してやると、天使はどこか覚悟を決めたような顔でこちらを睨み、なぜか息を止め始めた。

まさか、今すぐ死んで、転生でもするつもりなんだろうか。


「おいおい、頭を下げるより死を選ぶなんて馬鹿か」と言おうとしたがなぜか声が出ない。

段々と息が苦しくなってくる

天使を見ると、息を止めたせいか馬鹿みたいに真っ赤な顔をして、しかし勝ったみたいな笑顔を俺に向けていた


なぜか分からないが、こいつが息を止めてるせいで、俺が死にかけているのは間違いないようだ




それから5分くらい。俺と天使は顔を真っ赤にしながら森の中で、イモムシみたいに無様にもがいていた。

この世界の生き物は知らないが、きっとこの時の俺らほどアホみたいな生き物はいないはずだ




永遠にも思える苦行に耐えていると

突然息が吸えるようになった。

全力で酸素を摂取しながら、天使を見ると、そいつも激しく肩を上下させて息を吸っていた。

しばらくして呼吸を整えると、天使は引き攣った笑顔を浮かべながらこっちを見た

「ハァハァ、わかっ、た?あんたが、協力しなかったら、道連れだから。もう一回やる?」

「てめぇ、なんて、やろうだ」


お願いするより窒息する方を選ぶなんて、馬鹿みたいなプライドだが、しかしこいつの覚悟は本物らしい。


そして、俺もそんな馬鹿みたいなプライドを持っている1人である。

俺は、ひとまずは譲ってやることにした。

こんなしょーもないことで苦しむなんてアホらしかったのもある。


「わかったよ。協力してやる」

俺が手を差し出すと、天使は勢いよく握り返してくる。勝った気でいるのかもしれない。

俺が譲ってやったんだが。

しかし、そんな俺の考えをよそに清々しい顔をした天使は嬉しそうに口を開いた。


「私の名前はエンゼ・ルシア。よろしく」

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