霧の街
雪白真冬
第1話 霧の街
私の暮らす街には霧が立ち込めている。
一日中、一年中、
もっと言えば、
私が物心ついてから、一度も霧が晴れたことなどない。
大人たちは霧の街と呼んでいる。
もっとも、それは霧の街について深く知らない人の呼び方。
本当の姿を知っている人はこう呼ぶ。
ーー亡霊の街
この街には、死者が彷徨うのだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
私がその事実を信じるようになったのは、小学校3年生の時だった。
学校から帰る途中で、死んだはずのおじいちゃんと遭遇したのだ。
あ、ひとつ断っておかなければならない。
霧の街と言っても、視界がゼロなわけではない。
霧が立ち込めているのは地上15mより上空。
ゆえに、地表付近に霧の影響はなく、
外の世界と何ら変わりはない。
さて、話を戻そう。
下校途中に、死んだはずのおじいちゃんと再会したのだ。
当時の私は状況が飲み込めず、ただ立ち尽くしていると、
死んだはずのおじいちゃんの方から話しかけてきて、軽く会話をした。
とても幸せな時間だった。
私はおじいちゃんのことが大好きだったので、
ずーっとこの時間が続いて欲しいと願っていた。
けど、唐突にその時間は終わってしまった。
ふっと虚無感を感じたが、
当時の私はこの現実を誰かに伝えたい衝動に駆られた。
そうだ、お母さんに伝えよう。
お母さん多分びっくりするだろうな。
下校途中におじいちゃんとばったり会って、
そしたらおじいちゃんの方から話しかけてくれて。
それで……、それで……、それ……。
あれ……?
私、おじいちゃんと何話してたんだろう……。
思い……出せない……。
おじいちゃんが話していた時の表情や、仕草は事細かに覚えている。
けど、おじいちゃんがどんな話をしてくれて、
私がどんな反応をして、
何を伝えたのか。
それらの内容は一切思い出せない。
思い出そうとしても、思い出せない。
何か、特別な力で守られているかのように、思い出せないのだ。
私は急いで家に帰った。
いち早く、お母さんにこの事実を話したかったのだ。
家につくやいなや、私は母親に事の顛末を話した。
死んだはずのおじいちゃんと再会したこと。
おじいちゃんが優しい表情で微笑みかけてくれたこと。
けど、話した内容は何も覚えていないこと。
そして、どれだけ思い出そうとしても、絶対に思い出せないこと。
私は自分のもやもやが晴れると思っていた。
しかし、帰ってきた言葉は
「そうか、あんたも経験したんだね」
それだけだった。
私は食い下がり、
「ねえ、なんでおじいちゃんがいるの?なんで何を話したか思い出せないの?」
と聞いた。すると、
「いずれわかる時がくるよ。ごめんね。これは教えられないオキテなんだ」
と言われた。
「オキテ?」
「そう、オキテ。決まり事なんだ。
小学生は小学校に行くっていう決まり事があるだろ?
それと同じ。」
「いつ、そのオキテはわかるの?」
「もう少し先かな」
「もう少しってどのくらい?」
「もう少しは、もう少し」
母親はそう言うと、これで話はおしまい。と言わんばかりに立ち上がって、
トイレに行ってしまった。
霧の街 雪白真冬 @Liisuna
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