第14話

 最近、佐藤さんとの距離が近くなっている気がする。彼は人の苦しみに人一倍敏感ではなので、ムツが実家に帰ってからすぐ、声をかけてくれた。落ち込んでいる理由を告げてはいないが、優しくしてくれている――もっとも、そのあと周りの人の何人かが心配してくれたので、本当にひどい顔をしていたのだと思う。

 私の心の傷を埋め、隙に付け込もうという魂胆かしら。もしそうなら、例えばかつての私――軽薄な恋とかが終わった経験をしたころとか――なら、その手に乗ってあげていただろうか。彼が衆目を集めるほどのイケメンであることは間違いないし、社会的にも信頼がおける職についているし……。

「大杉、ここ、任せて大丈夫? 君の能力ならできなくはないと思うけど、コンスタントに成果を出してもらわないと困るところだから……代わりを探そうか?」

 そんな風に、佐藤さんは私にやさしい言葉をかけてくるが、どうにも下心が見えるようで背筋がぞわぞわする。

「はい、私やれます! 任せてください!」

「相良さんにはこっちの工程を任せます。注意力を広い範囲に持てるあなたには向いていると思います」

「はい! ありがとうございます!」

 相良さんはここぞと言わんばかりにこにことしている。さすがに佐藤さんは女性の扱いに慣れているようだった。一つため息をついて、

「私、このフローやりますんで」

「本当に大丈夫?」

「大丈夫です」

「わかった。君がそういうなら、僕もしっかりフォローする」

 私だけ特別扱いをしているように取られはしないだろうか? それが変な誤解を生まなければいいが……。

 ともかく理由もなく優しくしてくれている佐藤さんに、あまりにも不義理だと思って、私はその日の休憩時間、佐藤さんに声をかけた。

「じつは最近、六実がうちからいなくなって……」

 その日初めて、人にムツがいなくなった事実を打ち明けているな、と、話しながら考えた。自覚したら、もうだめだった。話すとともに涙がこみあげてくる。それが頬を伝うのをこらえることに懸命だった。佐藤さんは優しく、「場所を変えよう」と言って、私を近くのカフェへと連れて行った。


「どうしても気になっています」

「……つらいのは分かるけれど」

 ばつが悪そうに、佐藤さん。

「僕が何か言える話ではない気がする。僕には、六実のことについて何か言う資格がないから。――それは、多杉が教えてくれたことだけど」

 私が佐藤さんから、嫌がるムツを引き離したあの日のことを思い出す。

 ――このロリコン!

 十歳近く年の離れている女性に手を出している佐藤さんに私は鋭く言ったのだ。当時の彼の行いが正しかったとは到底思えない。

佐藤さんが税金で困っている知人を紹介してほしい、と言うので、私はムツと佐藤さんを引き合わせた。当時は佐藤さんも勉強意欲が高く、個人事業主に向けた税務相談などもこなしたいと思っている旨を聞いていたので、ムツはうってつけだと思ったのだ。そうして二人は出会い、少しずつ連絡を重ねるうちに、佐藤さんが惹かれていったらしい。当時、休日など特に、外出したムツの帰りは遅くなることが多かった。

 そうして結局恋仲になったとムツから聞き、それはそれでいいのではと思ったけれど。ムツからはいずれ、佐藤さんの愚痴をたくさん聞くことになった。そこで私は、一肌脱いだのだった。

「そうですね、あの時――でも、佐藤さんを狙っている人は、たくさんいると思いますよ」

「それは――こう言ってはなんだけど、なんとなくわかる。でも、まだ俺にはそういう、恋愛に手を出す資格はないと思ってる。そんな俺が、大杉と六実との関係にアドバイスなんてできることもない。すまないな」

 佐藤さんはまっすぐ私を見つめていた。

「それでも、心配だけはしてるよ。君が早く、元通り元気に働いてくれるよう、祈ってる」

 彼の態度は、単なる顧問契約先の一社員に対して、入れ込みすぎだと思っていた。けれど今の言葉を聞いて、佐藤さんは私の傷心に付け込もうとしているに違いないという気持ちが、少し薄れた。

 途端に彼に対する警戒心が、少しだけ薄れて、その変化に自分でも驚いた。

「ありがとうございます」

 そして少しだけ、また泣いた。その後、いい時間になったので、二人してカフェを後にした。

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