第11話
お通夜の場で見たムツの父親の姿は、かつての精悍そうな脂ぎった面影も薄れ、荒れた肌が目についた。弔問客の応対に疲れていたのだろう、私たちを見て、すぐに驚きはやってこなかったようで、
「久しぶりだな」
と言った数秒後に目を白黒させた。
「六実、六実じゃないか」
「なんだよ、珍しいもんじゃないだろ」
「来てくれないものかと思っていたぞ、ありがとうな――それに、えり子ちゃんもありがとう」
なんだよ気持ち悪いな、と安堵の表情を浮かべる父親に向かって直接言った。
「口の利き方は変わってないな、まったく……」
そう言いながらも嬉しさを隠し切れないように父親の手は震えていた。斎場に入ってすぐに、
「なんだよ気持ち悪いな」
そうはいいながら、彼女もまつげを震わせていたところ、親子同じ血を引いているようだ。
「素直じゃないね」
「いや、よくわかってるんだよ、父さんがめちゃくちゃ頑張ってくれてたのはさ。でもそういうの、直接言えないもんだろ?」
「かわいい」
本心から親と関われないのは、私もムツも同じだった。
「な、なによ……」
体が弱く、頻繁に入退院を繰り返していたムツの母に代わり、ムツのためにも慣れない家事をし続けた父親の心労については私も少しは知っている。
「あんなに老けて疲れ切ったところ見たら、なんかちょっと、考えちゃうじゃんか」
「何を?」
足にできた水ぶくれをつぶすように、何かに刺されたような痛みの感覚で心がやられてしまった。ムツはそれ以上答えなかったけれど、何を考えてしまうのかは言われなくてもわかる。
葬儀が終わって、私たちはその日の夕方の新幹線で東京に戻った。
いずれにしろ、この街が嫌いで上京したのだったな、と思いを新たにした旅だった。
「お前も彼氏作れーってずっとうるさかったわー。実家に戻ってきてほしいんだったらそう言えっての」
「奇遇ね、私も母さんにはっぱかけられた」
新幹線の中、思いも寄らないことで意気投合した。二十歳になりたてのムツからしたら、父親からそうなじられるくらいは冗談程度のことだろうが。
「私にはムツがいて、それで十分なのにね」
「打ち明けられなくて悩んでいない? 大丈夫?」
「お見通しか、その通りだよ」
「……早く言えるようになるといいね」
「ありがと」
不思議と、ムツ自身の話に持っていく流れにはならなかった。自分と同じように悩んでいるに違いないと感じたから、尋ねるのも無粋だと思ったし、私は感じ取ってしまっていたのだから。
ムツが、父親に情を抱いたであろうことに。
疲れていたのか、彼女は話し終えたあとすぐに眠ってしまった。やれやれどれだけ寝れば気が済むんだと思いながらも、猫のように気まぐれな彼女がいとおしく、荷物の中からブランケットを出して、かけてやる。
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