第7話

 それでもなんだかんだ言って、不安なのだ。私は考え事をして眠れず、私たちは昼頃まで仲良く寝坊をして(ムツに至っては案の定だが)、ムツの母からの電話で慌てて目を覚まし、急いで家を出た。その後新幹線に乗って十分で肩に頭を乗せてくるほど爆睡したムツはすごい。一日十何時間も、私は眠れない。ともかく、ムツの感触をあじわいながら、私は眠れず、窓の外をぼんやりと眺めていた。建物の群れが少しずつ離れていき、のどかな光景が広がっていく。それでもうちの地元なんかよりはよっぽど都会らしい。何より今日のような気持ちのいい快晴というのは、北陸ではなかなかない。ポカポカとした日差しに、ついウトウトしてしまう気持ちも分かる。

 すこし考えすぎかもしれないけど。大宮駅を北陸方面に進んでいく車内で、故郷が近づくにつれて、気持ちがどんよりとしてくる。

 ムツが上京して以来、一度も実家に帰っていないことは知っていた。久しぶりに見るであろう父親に対し、なにか情のようなものを感じ、やはり地元に帰るという気を起こされる――そんな、被害妄想じみた思いを抱いて過ごす車内は落ち着かない。

 それでも隣に寄り掛かってくるムツの体の温かみとか、さらさらした髪から漂うフローラルな香りが私を安心させる。私の髪からも同じ香りがするのだ。大丈夫。ムツは離れていかない。

 降りる駅のアナウンスを聞いたのは午後六時だった。

「はいムツ、起きて。降りる駅だよ」

「あと五分」

「何馬鹿なこと言ってるの、降りるよ」

 二時間と少しの新幹線の旅を終え、私たちは地元へのローカル線に乗り込んだ。三十分ほど揺られ、見慣れた町が私たちの眼前に広がった。

 車窓から、昔通っていた絵画教室――派手な黄色いペンキを塗られている――が見えた。お通夜までまだ時間がある。

「あそこに寄っていこうね」

「もちろん」

 さっきまでぼんやりとしていたムツは急にきりっとした表情を見せた。絵画教室からでたトップクリエイターとして、誇りはあるだろうし、胸を張って報告に行けるという高揚感に浸っているのだろう。

 ムツに比べると私は、なんとも冴えない挨拶になることは仕方がないが、それでも久しぶりに先生に会いたい気持ちは強くあった。

 ムツの実家の最寄り駅で降りて、西日の差す中、駅から絵画教室に向かって10分ほど歩いた。平坦な道なのにムツの息が上がっていた。私がそれをからかうと、

「仕方ないじゃん、普段家に引きこもってるんだからさ」

「そうさせてあげてるのは、誰のおかげ?」

「――エリのおかげです。って、言わせてるでしょ!」

 バレた? と笑っていると、結構強い力で肩をたたかれた。

 ほんの冗談と言うつもりではなく、本当は、そう言ってもらって安心したかっただけだ。

 ムツには私が必要だと主張するように。ムツが私から離れていかないように。

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