第4話
「エリちゃーん? 聞いてる?」
回想にふけっていると、ムツに目の前で空になった自分の缶を揺さぶられた。
「ビールおかわりぃー」
などと、すっかりお酒で出来上がった声をかけられる。
「はいはい、のこりは冷蔵庫に入れてあるからね……飲みすぎないようにしてよ」
もう足取りもおぼつかない様子で、どうにか冷蔵庫にたどり着いたムツは、ふらふらと次のビール缶を取り出した。
「のんでなきゃー、やってられないよぉー」
「さっきまで悲しそうにしてたのが嘘みたいね……」
美人系の外見と、その中身とのギャップが好きとはいえ、本当にこんなので大丈夫なのだろうか、という思いもある。だからこそ、守ってあげたい。
「うふふ、二本目ぇ!」
「きゃっ! つ、冷たいじゃんかぁ」
背後から首筋に冷えた缶を当てられた。
「きゃっ! だって。かわいいなぁ」
「からかわないで、んもー、怒ったよ」
「あっビール、私のビール取られた……って、やめてやめて!」
反撃とばかりに、彼女の首元に奪い取った缶を当てようとする。これは本人が決して認めないことなのだが、ムツは首が弱い。バタバタと抵抗を続けるムツの足取りはおぼつかなくて、少し心配していた。
案の定、どたーん、と。下の階の人に迷惑になりそうなほど大きな音を立てて、見事な尻もちをついた。二缶目をテーブルに置いてその様子を笑っていたが、そろそろ手を貸してやろうかと立ち上がったところ、一瞬ふらりとなって、
「あっ」
ムツの上に倒れ込んだ。まるで押し倒したような形になってしまい、お酒の力も相まって、気持ちのスイッチが入ってしまった。私はムツに抱きついた。
「あったかい……お母さんを、思いだすなぁ」
自分で口にした言葉が、頭の中で反響してしまったらしく、何度か声を発しないまま、お母さん、お母さん、と唇が動いた。
やっぱりお酒なんかじゃ、忘れられないか。それは当たり前だ。
「私、お母さんが死んで、さびしぃよぉ……」
「そうだね」
ムツの鼻水で、服が汚れてしまうことなんて気にせずに、胸元にムツを抱き寄せる。長い間、そうしている。
「耳のピアス、近くで見るとほんとに綺麗」
ゆっくりと抱きしめながら、優しくムツの頭を掻き抱いた。
「えへへ……」
悲しみに強くつぶられていた眉の険しさが、少しずつほどけていく。安らかにうたたねをしているかのような表情。
「好き……こうして甘えさせてくれる、エリのことが大好き……」
「うん……私も、こうして頼ってくれるムツのことが大好きだよ」
その日は深酒をやめにして、二人で一緒にお風呂に入った。その後私のベッドにムツは入り込んできた。
ムツの実家の都合合わせで、私たちが北陸の地元に帰るのは明日、土曜日ということになった。
「ん……もう出かけるのぉ」
次の日、起き上がってきて途端に頭を押さえるムツ。ひと缶で二日酔いになれるほど弱いのに、お酒が大好きな、まったく困った人だ。
「何言ってるのさ、今日も仕事なんですけど」
「んぅ……」
目が空いているのかわからないほど細いが、テレビのほうを見ていることは確かだ。
「今日は金曜日でしょ? お休みじゃんかー」
「ごめんね、ほんとは定休日なんだけど、引継ぎとか色々しなきゃいけないから」
不動産業界では、土日が休みということはまれだ。法人がほとんどの取引先を占める場合は別だが、基本的にうちは個人客が相手なので、休日が休みとなることはほぼない。
「うあああ、金曜日ぐらい日本人みんな休めばいいのに」
「寝ぼけすぎ」
そう言って、人差し指でムツの額をつん、とつついた。彼女は二人の距離の近さをことさら意識しているかのようにもじもじとした。
「だって、一人になった瞬間に寂しくなって泣いちゃいそうだもん」
「……っ! それは反則……」
特に家を出るときのルールなど決めていなかったのだが、今日はしっかりと彼女を抱きしめてあげた。
「行っちゃやだ……」
「ごめんね、今日、有給の申請もしなきゃだから。……寂しくなったら連絡していいからね」
「ん」
すこしだけうなずいたムツを置いて外に出るのは、心が痛かった。
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