恋は盲目
「どこ行ったあの女!」
……あっぶなー
とりあえず物陰に隠れることができた。
早くそこから立ち去ってくんないかな。
「あっ! カムイ!」
オレンジ色の明るい髪。
元気で可愛い声。
「あっ、ちぇ、チェルシー、よっ元気か?」
「うん! 超元気だよ!」
私の敵、主人公の登場である。
げぇーどうしよー面倒臭いことになりそうだけど、ここから動けない。
それにしてもカムイ、デレデレだな。
出会って1秒であの態度。
顔真っ赤にして挙動不審だし、……なんかいつもの態度と違くて腹が立つ。
なんで私の時は、親を殺された子供みたいな態度で突っかかってくるかね。
好きな女を軽く注意しただけでしょ。
「あれ? カムイなんか疲れてる? 顔真っ赤だよ?」
「あっ、ああ! ちょっと走ってて」
「トレーニング? そっか、カムイ騎士団受けるんだね!」
「あっ、いやーうん。そっ、そうしよっかなーって」
「カムイ、ギルガルド様と仲良いもんね!」
「あっ、ああ」
少し複雑そうな顔を見せるカムイ。
そっ、そうだよな、親友が自分の好きな女を好きなんだもんな……
めっちゃ複雑な心境の時に彼女に会うなんてついてないな彼も。
「かっこいいよねぇ、騎士団! 国の為に戦ってる姿って超かっこいい! だからカムイ将来は私の事ちゃんと護ってよね!」
彼女がそう言った瞬間、カムイ君のメンタルに即死級のダメージ。
もうやめて! 彼のライフはもうゼロよ!
「ライゼン様も、心強い味方がいれば安心するだろうし、カムイみたいな強い人がいればあの怖い令嬢様もひとひねりだろうし」
死にかけてるのにさらに追い討ちをかけるな!
可哀想だろ!
この女……恐ろしい子!
「かっ、カムイどうしたの? そんな暗い顔して」
「いっ、いや。お前を虐めたあの女が憎くて」
「……ありがとー! カムイは私の味方なんだね!」
そう言って彼女は彼に抱きついた。
「えあっ、おう。当たり前だろ」
おいいいい! このお排泄物雌のお犬様! (くそビッチ)があああ! 何この平民!? ファッキンガム宮殿にでも住んでんの!?
「私……本当に辛くて……周りの皆はライゼン様を非難してアルテミア様を讃えるし……あの悪人を英雄だなんて言うのよ!」
誰が悪人だ
「大丈夫だ、俺がお前の味方だから」
……くっさいセリフ吐きやがって。
お前いい駒として使われてんのに気づきなさいよ。
恋は盲目だと言うけどここまでとはね。
「かっ、カムイ! 流石私の幼馴染! 頼りにしてるよ!」
「おっ、おう! 俺に任せとけ!」
……ちょろいなカムイ。
最低だな主人公。
こんな良い奴を都合のいい男として使うだなんて。
まったくお前のその笑顔から、夜神月みを感じるぞ。
ほら言ってみろ、「計画通り」って。
「それじゃあね!」
「おう、なんかあったら」
「カムイに言うよ! いつも心配してくれてありがとう!」
手を振って彼女はその場を去っていった。
「……ありがとうか」
「そのありがとう、私の都合のいい駒になってくれてありがとうって意味よ」
「んなっ!?」
見ていて腹立たしかったので、ついつい口を出してしまった。
「お前! また盗み聞きしてたのか!」
「私の隠れてた所で、たまたま貴方達が話し始めたのよ」
「……いい趣味してるなお嬢様!」
「そう怒らないでよカムイ君……少し冷静に話しましょ。私だって貴方と喧嘩したくないもの」
ため息をついてそう言うと彼は何言ってんだこいつって目を私に向ける。
「何言ってんのお前」
……口に出してきた。
「私が敵だと思ってんのは皇子と貴方の好きな子よ。別に貴方と私は何の因縁もないもの」
「お前、俺のした事忘れたのか……?」
「忘れてないけど、あんたがした事は大したことじゃないもの」
これから起こる面倒臭い大戦争に比べれば。
「……はぁ!? やった俺が言うのもなんだけど、死にかけてんだぞ!?」
「あんた見たいなちんちくりんに襲われた所で、私にはどうって事ないわ」
そんな事を言う私を見てアホな顔をするカムイ。
「それより私は、素敵な騎士様が使える人間を間違えてるせいで幸せな人生を送れない方が問題あると思うけど?」
「……それ、もしかして俺の事か?」
「もちろんよ」
頷いたら彼は自分の頭をくしゃくしゃにして、複雑そうな顔をする。
「お前、俺の何なんだよ……」
「さぁ? 手助けする優しい女神様とでも思っておきなさい」
「……人を笑顔で煽りまくる奴が優しい女神様なわけないだろ」
冷静に突っ込まれた。
うん、まぁそうよね。
あの私は確かに悪魔とか魔王とかそっちの方が相応しいわよね。
「お前なんでこんなことするんだよ、別に放っておけよ、どうでもいいだろ俺の事なんて」
「どうでもよくないわよ!」
あんたが覚醒したり、死んじゃったり、変なイベントが起こって私の敵が増えたり強くなったりしたら困るのよ!
なんて心の声は聞こえてないので彼はビックリして私の方を見る。
「失礼取り乱したわね、国民が困っていたら手を差し伸べる。それが帝国貴族としてのあり方よ」
「……お前良い奴なのか悪い奴なのかどっちかはっきりしろよ……なんかモヤモヤしてきた」
「無理ね、良いか悪いかなんて、その人の感じ方で変わるものよ。だから人は必ず誰かの悪人なのよ」
彼は少し黙り込んで、私に質問を投げかける。
「……なぁ、お嬢様。お前なんであの時アイツに酷い事したんだ?」
「言わなくてもわかるでしょ、あそこに居た国民の命が奪われかけたのよ。帝国貴族としてその原因は抹消しないといけないじゃない? ……まぁ、彼女は反省しないでさらに悪化したけど」
私の話を聞いて彼は更に黙り込む。
「あのバカ皇子も盲目のせいで、私の言ってる事理解しないで、彼女を守ろうとしたから当然よね。はぁ……本当に頭の痛くなる話だわ」
……それで私がこの世界の悪役になってるし、本当に頭痛が痛い!
破滅エンドまっしぐらなので、世界に抗って日々頑張ってます!
「ってこんなわかりきってること聞いてどうするのよ」
「……別に」
「それより、貴方はどうして彼女に加担するの? 貴方にとってメリットはあるの? 彼女が貴方に惚れる未来が全くもって見えないけど」
「分かってるよ! 分かってる……けど」
「けど? 子供の時の約束が忘れられないの?」
「なっ、何でそれを!」
「さっきギルガルドに言われてたじゃない」
指摘したら思い出したように「あぁ」と漏らした。
「……昔約束したんだよあいつと、大きくなったらお前を守る騎士になるって」
うっわバカみたい
「うっわ何そのクッサイセリフ、そんな約束忘れてるに決まってるじゃない」
「心の声より素直な罵倒はさすがに傷つくぞ!?」
なんで心の声が聞こえてんのよ、漫画の吹き出しでもあるまいし。
「お前に分かるかよ……俺の気持ちなんて」
「分からないわよ、けどねぇ……」
愛想振りまいて、顔が良くて、自分に甘えてくる子が良く見えるのは分かる。
だって、可愛いもん。
そういう奴は大体男の扱いが上手い。
……だからかな、いや、騙されるのが男だろうと女だろうが関係ないな。
「私はね、人の心を弄んで自分の都合のいい様に扱うやつが、大っ嫌いなの!」
主人公のこと割と好きだったんだけどね。
でも、あの子のことは好きになれない。
かっこいいイケメン一人でイチャつくのはいいさ。
でも、周りを巻き込んだり、自分の為に誰かの心を支配するのは見過ごせない。
……というか見てて気分が悪いのよね。
だからかしら……とってもこういう奴の邪魔をしたくなるのは。
「昔の恋が忘れられない? あんたの世界にいる女はあいつだけか!? あの女は、君の事大切に思ってくれたり、気にかけてくれたり、愛してくれたのか!? ただ毎回、笑顔を見せて抱きつかれただけじゃないのか!? 君は彼女に何かをいつもあげていたのかもしれない、けど彼女は君に、笑顔以外の何かをくれたのか!? 軽いドキドキするようなスキンシップをされて喜んでいただけか? 情熱的な交わりを持てたことはあるのか!? 無いだろう!?」
少し感情的になりすぎたせいか、息が上がる。
そんな私の言葉が届いたのか、彼は胸が締め付けられたような顔で私を見ていた。
「……これで、貴方が私を殺そうとした時の件はチャラよ。ごめんなさいね、貴方の初恋ぶっ壊して」
そう言って私は彼に背を向けた。
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