第13話「中間テスト」
朝のHRいつも通り福原は生徒よりも遅刻して教室にノソノソと入ってくる。
「じゃあ、HRを始める」
この時まで教室中はいつも通りの平和な日常の風景だった。
「俺からの連絡はそうだな…明日、中間テストがあるから皆、気を引き締めるように。いいか、お前えらもう受験は始まってるからな。ちゃんと準備しとけよ」
急な連絡と煽りを混ぜて福原はそう言った。
普通の教師はテスト2週間前や1週間前にテストの存在を全体に報告するのだろう。少なくとも僕が今まで出会ってきた教師は皆そうだった。
しかし、福原は違った。彼はテスト前日になって初めて中間テストの存在を明らかにしたのだ。
「そいじゃ、解散」
いつも通り、福原がそう言い残して教室を去った後、クラスの反応は大きく分けて2つに分かれた。1つ目はは教師に言われなくとも自分で中間テストの日程を把握して自主的に準備を進めているもの。2つ目はテストの存在など頭の片隅どころか脳を通過してすらおらずテスト自体を忘れていたものだ。
僕の左隣の席から驚きのあまり絞り出したような声が聞こえた。声の主はテストの存在を今思い出した後者の人間が言った。
「え?え?テストあるの?」
僕ら5人の中では言うまでもないが、成川だけ後者だった。
僕はテストの存在を1ヶ月前から知っていた。というか、学校行事はすぐに把握しておくことで人前に出るような自分が目立ってしまうイベントなのかどうかといった不安要素をあらかじめ把握しておくためでもある。
テストもそのうちの一つだ。点数が低すぎて悪目立ちすような自体は避けたかった。
宮橋は学級委員長ということもあって学校の行事は把握している、明島も同様だが彼女は2年から予備校に通い始めたらしいのでテストは知っていて当然だ。大場も絶望的な現実を突きつけられ意気消沈している成川を慰めている姿から状況は推測できる。
「理奈大丈夫?また赤点取ったらまずくない?」
「赤点?明島、成川の成績知ってるの?」
成川を慰めていた大場が明島の方を向いた。
「理奈、言っていい?」
覚悟を決めたように成川が深く頷く。
「実は理奈1年生の時、学年順位ほとんど最下位だったの。だから殆ど赤点なのよ」
僕らは沈黙した。成川の涙を啜る音だけが5人の空間で虚しく聞こえる。
「そっか。じゃあ、今年でお別れかもな」
宮橋はトドメを指すようにそう呟いた。
「やめてよ。良太〜」
「うちの学校は留年制度はないから大丈夫だよ」
流石に可哀想だったので僕は本当のことを言った。
倉西高校はテストで赤点を取っても留年はしないが、放課後や長期休暇にその科目の補修が行われる。でも、大学進学ではテストの点数を考慮して推薦で進学する者もいるためテストの点数は高いに越したことはないけど。
「よかったぁ」
成川は全開の笑顔を見せ安堵している様子だった。もし留年制度があったら2年生に何故上がれたのか考えなかったのだろうか?という疑問を感じたが余計なことは言わないようにした。
「でも、1日でどうにかできるの?初日は確か数学Ⅱ、数学Bと英語Ⅱ、世界史Bでしょ」
大場は当然そう疑問に思っていた。
それを聞いた成川は涙を拭いて頭より高く手を合わせ僕らに懇願した。
「みなさん!今日、私に勉強教えてください!」
「私、予備校あるけどそれまでだったら全然教えるよ」
明島は即座に快諾していた。
「僕は帰りが遅くならなければそれまで付き合うよ」
「あー。俺、今日は部活なんだよな。しかも、全体練習だから外せないんだよ」
宮橋が悔しがっていたが、彼の表情から本当に勉強会に参加したかったという意思が伺える。
大場は宮橋の発言を聞いて疑問に思った様子だった。
「テスト前日に部活があるの?」
「顧問があれだからテスト前とか関係なしで部活あるんだよ。そのせいでサッカー部のテストの成績はだんだん落ちてるらしい」
「なんかあの顧問だったら納得できるかも」
「だろ」
「樹はどうする?」
話の流れ的にも大場が僕を誘った。
断る理由もなかったし、僕も承諾した。
「みんな…ホントに…ありがとう」
成川は一度泣き止んでいたが再び大粒の涙をこぼしていた。
・・・・
帰りのHRが終わった。
宮橋は下に着ていたのかいつの間にか部活の練習着になって「お前ら頑張れよ!」と僕らに言い残し、部活の仲間と教室を後にして練習場へ向かっていった。
4人が取り残され「じゃあ行こっか」と明島を先頭に僕らは教室を後にした。
よく考えれば4人で行動するのは初めてかもしれない。いつもは殆ど宮橋が喋っていてグループ内をまとめているけど、なんとなく新鮮な光景だった。
駅前の以前宮橋と2人で話したファミレスに来た。このファミレスは駅前にあるファミレスでは一番価格が安く、24時間営業であることから高校生の中では長時間滞在するには人気のファミレスだ。
到着したのは時刻は午後4時を回ったあたりだった。
「私、予備校の授業が6時からあるからそれまでだったらなんでも質問して」
「僕もわかる範囲だったらなんでも聞いて。ね、樹」
「うん。僕もできるところだったら教えるよ」
「ありがとう!みんな、早速なんだけど…」
成川はいつもは軽そうなバックだが、今日は、はち切れんばかりにテキストを詰め込んできていた。普段から相当置き勉していたのだろう。
その中から明日に行われる数学、英語、日本史のテキストを取り出した。
「これ全部わからないんだよね」
てへへとでも言いそうな笑顔で絶望的な現実を突きつけてくる。
問題集を見てみると授業中に解いて答えあわせしたはずのところも真っ白いままで、まるで新品のテキストを僕らに見せた。
「う、うん。頑張ろっか」
初め、気合十分だった明島も自信を失っている様子だった。
全員で話し合った結果、各々自分の勉強もあるので3教科の中でそれぞれの得意教科を教えることにした。
明島が英語、大場が日本史、僕が数学だ。
課題テストの時は成川は勉強することを決意していたが、その時の決意は数秒と持たなかった。
でも、今回は流石に切羽詰まったこの状況では成川は集中していたのだろう。
「ふ〜。めっちゃ勉強した。ちょっと休憩」
大場は時計を確認した。
「まだ、30分しか経ってないよ」
「えーもう疲れたぁ」
成川は試合放棄したかのようにシャーペンを机に置いて天井を見上げていた。
「いいんじゃない?ちょっと休憩しましょうよ」
「明島がそう言うならいいけど…」
「ねぇ、周と樹ってどのぐらいの成績なの?」
休憩になった途端、成川は興味津々に僕らに勉強以外の質問をしてきた。
「僕は学年順位だと中の上くらいかな?社会はそこそこ得意だからたまに上位に入ってるけど」
大場も勉強は比較的できる方らしい。それと大場の成績は初めて聞いた気がする。
「僕は真ん中くらいかな」
正直、倉西高校はそこそこの進学校ではあるが僕は中学生の時に不登校だったこともあって通知表の成績が悪く、その分のハンデもあって自分より少しレベルを下げた高校を選んだ。
しかし、当時は学力は高い方だったけど入学後は成績への執着がなったことや高校入学以来、1年ぶりの学校生活で人間関係に疲れていたこともあってあまり勉強する気が起きず、順位は真ん中付近で停滞していた。
「なんか樹、頭良さそうなのに意外!」
「それはメガネしてるからじゃないかな?」
「あ、確かに!そうかもしれない」
メガネ=頭が良いと思い込んでいそうだから確認してみたらその通りだった。
成川と話していると本当に裏表のない純粋な人だと改めて思う。
「樹って1年生の時、舞香と同じクラスだったんでしょ?舞香の成績知ってる?」
成川はまるで自分の成績を自慢するかのように腕を組んで僕に質問してきた。
「うん、知ってるよ」
「なんで知ってるの?」
「成績上位の人は掲示板に張り出されてるからね」
「え?そうなの知らなかった」
うちの学校では成績上位者は学校で掲示板に名前と順位が張り出される。僕は縁のない事だが、何度か見たことがある。その時に、明島の名前が5位くらいに入っていたことを記憶している。それに、そこに掲示されている名前が明島しか名前を知らなかったので余計に覚えているというのもあるけど。
「明島さん頭いいからね」
僕がそう言うと明島は謙遜して否定しているようだった。
すると、明島は時計を確認して「もう行かなきゃ」と予備校の授業があるため帰った。
明島がいなくなり、僕、大場、成川の3人になった。この3人もまた新鮮な組み合わせだ。
明島がいなくなって「私も頑張ろ!」と気合を入れ直した成川がまた勉強に再び取り組み始めた。
その後、明島が抜けた分の英語は僕と大場でなんとか知恵を出し合って教えていた。
成川も気合を見せ時刻は8時を過ぎた頃だった。
ブーッブーッ。
「周スマホ鳴ってるよ」
「うん」
「もしもし、うん…うん…わかった」
「ごめん、僕そろそろ帰らないと…」
「そっか。もう8時だったんだ。周ありがとうね」
「2人とも頑張って」
「オツカレー」
「うん。お疲れ様」
そう言うと大場も席を立ち店から出て行った。
「樹は時間大丈夫なの?」
「僕は家がすぐそこだから大丈夫だよ」
「ああ確かにそうだったね」
2人の気まずさから会話を繋いだのだろうか?以前、成川から僕の住んでいる場所を聞いてきたが忘れているようだった。でも、成川だったら本当に忘れていそうだ。
「もう、そろそろいいかなぁ」
「もう終わったの?」
「まだ半分しか終わってない…」
ゴールまでの長すぎる道のりに成川は気落ちしている様子だった。
自力でやって時間内に終わりそうもなく見ていて流石に可哀想に思えたので僕は成川につきっきりで教えることにした。
「僕が教えるからできる限り一緒に進めていこうよ」
「うん。でも、樹の勉強は良いの?」
「まあなんとかなると思う」
テストの成績なんてどうでも良い。親との約束のために卒業さえできれば僕はそれで満足なので別にそれ以上の何かを求めることはしない。
「樹、これどうやって解くの?」
成川が僕に見せてきた問題を見てみると僕の苦手な英語長文の和訳だった。
普段聞き流してきた英語の授業のうろ覚えな記憶と中学生の時に勉強した内容を組み合わせてなんとか考える。
「ちょっと待ってね、うーん…ごめんちょっと考えさせて…」
明島だったら難なく解いていただろう。大場の援護もなく2人がいなくなった重みを今ひしひしと感じている。
「ここってこう訳すの?」
「それだとこの構文を使ってないから正しい訳じゃないかも…」
「でも、この単語がちょっとわからないんだよな」
「私、単語調べるよ」
「うん、ありがとう」
2人で必死に単語や文法を調べなんとか回答して一安心していた時だった。
「げっ!こんなのがまだ20ページも続くんだけど」
成川は先の見えない課題にガックリと項垂れる。
「終わるまで僕も付き合うよ」
自分がこんな発言をするのに少し驚いているが、ここまで哀れな状況になると流石に放っては置けなかった。
夜10時を回った時だった
「や、やっと終わった…」
「い、樹。本当にありがとうぉ。私、明日、絶対頑張る」
「終わってよかったよ。明日は頑張ってね」
店員さんから夜遅くまでいたため退店を促され僕らは外に出た。
「こんな遅くまで、ほんっとうにありがとう!樹」
成川は本当に感情豊かな人だ、さっきまで笑っていたと思ったら今度は涙を流している。
「大丈夫だから」
成川の感情についていけない僕はとりあえず笑顔を作って対応する。笑顔を作っておけば大抵の状況でも相手に合わせられるからだ。
「樹ってやっぱり良いやつなんだね」
「え?」
人から否定され続けてきた僕には聞き慣れない言葉だったので思わず聞き返した。
「だから、樹って…」
「いや、大丈夫だよ。聞こえてたよ」
流石に二度も言われると恥ずかしいので成川がもう一度言い切る前に制した。
その後、成川とは最後にあいさつをして別れた。
成川はこちらに手を振って駅に吸い込まれるようにして消えていった。
・・・
中間テストが終わり結果が返された。
「成川、結果どうだったんだ?」
宮橋が赤点回避できたか心配して聞いていた。
「なんと、なんと…」
一同固唾を呑んで聞いていた。
「4科目赤点回避しました!イェーイ!」
成川は中間テスト10科目あるうちの4科目の赤点回避をしていた。
逆に言えば6科目赤点だが、去年、全科目赤点を取った成川にしては大健闘した方だろう。
「やったじゃん理奈!」
明島は自分のことのように喜んでいる。
宮橋と大場も成川の戦績を称えている。
すると、4人を置いて離れて見ていた僕の方に明島がやってきた。
「樹君。理奈から聞いたよ。遅くまで勉強見てくれてたんでしょ?」
「うん。そうだね」
「理奈。樹君の事『マジ優男』って感謝してたよ」
「いや、そこまで感謝されることしたわけじゃないよ。テストを受けたのは成川さんだし」
「ううん、そんなことない」
明島はそう言って首を横に振ってから、はしゃいでいる3人を見つめていた。
倉西高校2学年中間テスト結果
天野 樹 197/355
宮橋 良太 6/355
大場 周 105/355
明島 舞香 3/355
成川 理奈 338/355
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