第14話「探し物」


 春の陽気が心地よく夏の訪れを僅かながらにも感じるそんな日。僕は1人で下校していた。

 久しぶりに1人で下校しているような気がする。いつもは、5人で帰って宮橋の大きな声や成川の笑い声が聞こえていたが、今日は静かだ。

 1人になると相手とのコミュニケーションにエネルギーを使わなくていいからその分のエネルギーを向けるように思案に耽ける。1年前の僕だったら毎日1人で学校と家の往復だけの生活をしていた。中学生の頃は学校にすら行かなかった。

 そんな自分が誰かと帰るようになったことに今、自分に起きている変化を実感する。


 駅まであと少しの距離だったが、もう少し歩きたくなったので駅には入らず、しばらく散歩することにした。

 しばらく歩いていると閑静な住宅街に入り、近くにも小学校があるのだろうか、下校途中の小学生や河川や田んぼなど、この天気も相待って、より平穏な日常を感じる。そこから、もう少し歩くと狭過ぎず広過ぎないくらいの程よい広さで芝生の綺麗な公園があったので、倉西駅西口の喧騒から離れ天気も良いしそこで寄り道することにした。


 公園のベンチに腰掛け日光を全身で浴びるように背伸びをして、ぼうっと向かい側の木々を見つめている。

「静かだなぁ」思わず僕がそう呟いた。独り言を言っていたことを自覚した僕はなんだか恥ずかしくなり近くで誰か聞いていないか心配で辺りを見回しているときだった。

 僕が座っているベンチの後ろから子供が力いっぱい泣き叫ぶ声が聞こえた。

 驚いて僕はその大きな泣き声がする方を思わず振り返った。

 すると、そこには後ろの茂みの中に入っていたのか服に小枝や草や泥がついて汚れだらけになって大粒の涙を流して泣いている男の子がいた。

「なくなっちゃったー」

 僕に話しかけているのだろうか?というか、この公園にいる人は見渡す限り僕とこの男の子しかいないからきっとそうなのだろう。

 この子は、見ず知らずの人に話しかけているけど緊急時になると誰でもいいから頼りたくなるのだろうか?一瞬、そんな余計なことを考えていたが状況が状況なだけにその思考を振り払った。

 僕はその子に恐る恐る「大丈夫?どこになくしちゃったのかな?」と最大限同じ目線に立てるようにして聞いてみたが、男の子は泣き止む様子もなく「わからない」と一言言い放ちさらに泣き出した。 

 自分で質問してなんだが、それが分かっていたら苦労しないと思いながらも、どうにかして泣き止んでもらうべく次に何の言葉をかけるべきか考えた結果、一言しか出てこなかった。

「僕が一緒に探してあげるよ。だからもう大丈夫だよ」

 最近、面倒なことに首を突っ込むことが多くなった気がする。人との関わりができるとはこういうことなのだろうか?でも、この子とは今日が初対面だけど…。

 その少年は「本当に?」と疑っているようだったので「本当だよ。一緒に探そう」と泣き止んでくれることを祈りながら言った。というのも、一度協力すると言った手前もうやるしかない。

「ありがと!」と少年は泣き止んで喜んでいるようだった。改めて少年の様子を見てみると、1人で長時間探していたのだろうか、額には汗が滲んでいて少し疲れてるように見える。


「僕は天野樹って言うんだ。名前訊いてもいいかな?」

「森田祐正」

「祐正君かよろしくね」

「よろしく、樹」

 いきなり呼び捨てにされて小学生のコミュ力の高さを思い知ったが、細かいことは気にしないことにした。

 祐正と色々と話して分かったことは、どうやら祐正はこの公園の近くの小学校の生徒らしく、今は小学2年生だと言うことだ。

 そして、どうして今のような状態になったのか聞きたいことが山ほどあったので祐正にことの経緯を教えてもらったところ、どうやら母親の誕生日に手紙を書いて送ろうとしていたけどその手紙を無くしてしまったらしい。手紙は母親にバレないように学校でこっそり書いて帰宅後に母親をびっくりさせたかったという可愛らしい小学生のサプライズをするつもりだったそうだ。

 手紙の外見は自分のお小遣いでレターセットを購入して封をしてある状態だと言う。

 しかし、その経緯を訊いて少し疑問に思った。

「どうしてそんなに大切な手紙をなくしちゃったの?」

 祐正は一瞬黙って言いづらそうにしていた。

「…捨てられた」

「捨てられたって、誰かが間違えて捨てちゃったってこと?」

 祐正は首を横に振っていた。

「図書室で手紙を書いてたんだけど…バレて…窓から捨てられた」

「捨てたって、誰が?」何か胸騒ぎがする。

「別に誰でもいいじゃん」と祐正はまた言いづらそうにしてから言ったが今度は怒りが混じっていることがわかる。

 祐正自身もあまり触れられたくない話題なのかもしれないと察して、僕もそのことについては深掘りはしなかった。


 祐正に窓から捨てられた方角を訊いたところ、その方角がこの公園の近くだったらしい。だから、茂みの中も泥だらけになりながら、1人で隈なく探していたのだろう。

 しかし、ここの公園の大きさから言って、そこまで探して見つからないならこの公園にはなさそうだ。時刻は5時を過ぎている。暗くなる前に見つけなくてはもう見つからないだろう。

「祐正。そこまで探してないならこの公園にはないかもしれないよ?」

「じゃあ、どこだろう…」祐正しばらく考え込んでいたが、結局考えてもしょうがないと2人は公園を出た。

 公園を出てみると田んぼや河川、住宅があり、河川と言っても人が溺れるような深さではなく、対岸まで10mほどで見た感じだと僕の膝くらいの深さまであるだろう。でも、祐正にとっては危険な深さだ。 

 倉西駅は西口が栄えているが、栄えているのは駅前だけで、駅から30分も歩けば景色はガラリと変わり周りは住宅街になるし、田んぼや河川もある。

 まず、住宅の庭に落ちてないか疑った。というよりも、田んぼや河川にあった場合厄介なことになると思ったのでどこかの家の庭に落ちていることを願うように周りを見回しながら歩き回ったが、僕らの願いは届かず結局何も見つからなかった。

 僕らが渋々田んぼの方に向かっている時だった、祐正が田んぼを指差して「樹、あれ」と言っているので、田んぼをよく見てみると手紙らしき物体が稲に支えられているのが見えた。

 この時期の田んぼは水を張っている。取るには濡れるのを覚悟して入らなければならない。

「僕行ってくる」祐正がそう言っていた。むしろ、田んぼに入ってみたいといった好奇心の表情だった。

 そんな、祐正を見てふと自分が小学生の頃を思い出した。小学生の頃は平気で虫を触っていた、いや、むしろ好きで触っていたけど、中学生になってあんなに好きだった虫を気持ち悪く感じてしまい、アリすらさわれなくなったような僕からしたら虫がいるかもしれない田んぼに入りたがるなんて理解し難い好奇心だ。

 祐正は靴を脱ぎ裸足になって、ひょいひょいと田んぼに入り手紙らしき物体を手に取って僕の方を向いた。

「全然違った。なんかのカケラだった」

 田んぼの稲もこの時期はそんなに大きくないため、見渡してみると他の田んぼには他に手紙らしき物体は無いことがわかる。そのため、残されたのは河川だけだった。


 僕らは河川まで歩いている途中、また祐正が何かを発見した。よく見てみると向こう岸にまた、手紙らしき物体がある。

 すると、祐正がまた「僕行ってくる」とあまりにも元気よく言ってくるので、僕は思わず「うん」と言いかけてしまったが、全力で引き留めた。

「祐正。危険だから僕が言ってくるから、そこで待ってって」

 すると、祐正は落ち込んだように「はーい」と返事をした。

 

 僕も靴を脱いで裸足になり、川に入った。

 実際に入ってみると思ったよりも深くて流れが急だった。ここに、祐正が入っていたらかなり危険だっただろう。

 流されぬよう、ゆっくりと進み対岸にたどり着き手紙らしき物体を掴んだが、さっきと同じようにこれも手紙に似たゴミだった。

 二度も期待した分、祐正は「もうないかな」と諦めている様子だった。

「もう少し探してみようよ。河川敷の草むらはまだ探してないからあるかもしれないよ」

 僕がそう言うと僅かな可能性だったが祐正も少し元気を取り戻したようでよかった。

 もうそろそろで日が暮れてしまう。急がなければ。

 

 図書館の窓から投げ捨てられた軌道を祐正の記憶を元に落下位置を何回もシミュレーションして、河川敷の草むらや空き地など捜索できるところは全て行った。

 しかし、その努力も虚しく、見つけることはできず日が暮れてしまった。

 辺りは暗くなり河川敷沿いの街頭が明かりを灯す。

 静かになったと思って後ろを歩く祐正を見てみると流石に疲れているようだった。小学生をこんな遅くまで連れ出しているんだから無理もないか。

「祐正。危険だからここ上がって座ってていいよ」

 祐正は眠そうな表情を浮かべながら頷いて土手を上がっていった。

 街頭が灯りを照らしているところ以外をスマートフォンでライトをオンにして、照らされている部分を隈なく探している時だった。


「おーい。君たち何やってるんだ?」


 男性の声でそう聞こえた。警察だろうか?

 よく考えれば見ず知らずの子供を暗くなるまで連れていれば声をかけられて当然だろう。

 僕は職務質問される覚悟で声のする方向を振り返った。



 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る