第10話「差し込む光」

「え?ちょ‥まじか宮橋どうしたの?」

 朝、宮橋が教室に入ってすぐに宮橋の異変を察知した柿原が寄ってきた。

 宮橋の変化に教室もざわつくいている。

「転んだだけだよ」

 宮橋は説明するのが面倒かのように適当な理由をつけていた。

「どう転んだら顔にそんな痣ができんだよ。どうみても殴られた痣だろ!誰と喧嘩したんだ?俺が敵討ちしてやろうか?」

 柿原は拳を突き上げいつでも準備はできていると言わんばかりに出陣する構えだった。

「本当に敵討ちしてくれるのか?」

「え?いや…まぁ…うん」

 一瞬大きく見えた柿原だったが小さく萎んでいる。

「しねぇのかよ」

「でも、心配してくれてありがとな。本当にもう大丈夫なんだ」

「お前が言うなら。なんか大丈夫そうだな。よくわかんないけど気をつけろよ」

「おう」


 宮橋の事で教室がざわつく中、朝のHRの時間になり今日は5分遅刻して担任の福原がノソノソと教室に入ってきた。

 福原は眠そうに大あくびをして声を出すのも面倒だといった様子だったが「さて」と一言助走をつけるようにつぶやいた。

「HR始めるぞー」

「体調悪いやついる…」

 福原が教室を見渡しながらそう言いかけた時、福原は宮橋を見てニッと笑った。

「お、宮橋青春してるなぁ。先生そういうのは嫌いじゃないぞ」

 顔に怪我をしている宮橋を見た福原は何故か嬉しそうだった。きっと教育委員会の関係者がこの発言を聞いていたら福原は明日からいなくなるだろう。

「心配してよ。めっちゃ痛いんだよ?」

「お前のことだろ?なんとかなるだろぉ」

「宮橋【健康】と」

 福原はそう呟いて名簿に健康状態を記入した。

「それでも教師か!」

 宮橋のツッコミでクラスも笑いに包まれた。

 教師として気になる点はあるが、いつも通りの宮橋と福原の会話だった。

「他に体調悪い奴いるかぁ」

 今度は福原が僕の方を見て僕は福原と一瞬目が合った。

「天野。マスクしてるけど体調悪いのか?」

「ちょっと、風邪気味で」

 風邪は引いていない。本当は顔の痣がバレないようにマスクをしてきただけだった。

「そうか。新生活が始まって色々と疲れが溜まる頃だと思うけどしっかり治せよ。もし、具合が悪くなったらいつでも早退して良いからな」

「はい」

「天野、【風邪(いつでも早退可)】っと」

 そう言って福原は今度は僕の健康状態を記入している。福原が担任で良かったと今日ほど思ったことはない。

「なんか、俺と扱い違くないか?」

「お前は頑丈なんだからそんなのすぐ治るだろ?知ってるか?風邪は辛いんだぞ」

 福原は宮橋に語りかけるようにそう言った。

「俺もつら…」

 宮橋がそう言いかけて、まるでこの展開を狙っていたかのように福原が遮った。

「HR終了〜。今日も各々頑張るように。それじゃあ解散」

 福原はまたノソノソと教室を出て行った。


「クソ教師め」宮橋は福原が去った後、呆れたようにそう呟いた。

 柿原が宮橋のところにやってきた。

「なんか宮橋の扱いひどくなってね?」

 宮橋の後ろに座る成川が言った。

「でも、なんか面白いから。オッケーって感じ」

「それって俺が決める事じゃない?」

「確かに」と柿原と成川が笑って、宮橋も「いてて」と言いながら傷口を押さえていた。

 その時、宮橋は僕の方をちらっとこちらを見て目が合った。


 昼休みになって、宮橋、成川、大場、明島の4人はいつも通り一緒に昼ごはんを食べていた。

 僕はマスクを取って教室で食事をすると痣がバレるため、今日は購買でパンとコーヒーを買って、体育館裏の体育館通路に上がる4段ほどのコンクリートの階段に座って1人でパンをかじっていた。


 しばらくして、パンを食べ終え、紙パックのコーヒーを飲んでいる時だった、誰かが後ろから僕の肩を叩いた。

 また宮橋だろうと振り返ってみると、そこには大場がいた。

「やぁ、天野君。やっぱりここにいたんだね。隣座っても良い?」

 少し考え込んだ。というのも、宮橋と大場は一緒にいることが多いのでなにか詮索されるのではないかと推測したからだ。

「うん、大丈夫だよ」

 かと言って、断れる状況ではないため返事は一択だった。というか、一体に大場が僕になんの用なのか気になっていたのもある。

 だから、僕にとって訪れたのは意外な人物だった。今まであまり大場と会話したことはないし、大場は普段大人しく、宮橋みたいに外交的に接してくるタイプではないため、あまり話したことはなかった。


 僕は痣だらけの顔で振り向いたことをすっかり忘れていて咄嗟にマスクをした。

 大場は僕の素振りを見て白い肌をほころばす。

「いいよ。知ってるから」

 大場は僕の隣に座る様子をしばらく横目で見ていた。白い髪、透き通るような白い肌、痩せているけど痩せ過ぎていないような体型。男性としても十分美男子だが、女性として生まれていたらきっとクラスの男子は放っておかないだろう。そう思わせる容姿をしている。そんな余計なことを考えていた。

 しかし、彼の眼差しは何か乾いているような。そんな何かを感じさせる。そう感じるのは宮橋と話す機会が多かったからだろうか?と、また、余計なことを考えていた。

 余計な思考を振り払い、気のせいだとということで一旦僕の中で結論づけた。

「実は良太から色々と相談を受けてたんだ」

 大場は唐突にそう話を切り出した。

 良太?宮橋のことか。大場と宮橋は下の名前で呼び合うぐらい仲が良かったのか。まあいつも一緒にいればそのぐらいはするのか。

「明島と成川には軽く話しておいたんだけど、男同士の問題だからお前には1対1で相談するって言ってファミレスに連れて行かれて長々と僕にに良太の仮説を聞かされたよ。ほとんど一方的にしゃべってたけどね」

 大場は思い出すように話して肌の色と同じくらい白い歯が溢れていた。

「でも、2人の様子をみると良太の仮説は本当だったみたいだね」

「まあ、そうだね」

 僕は口元の痣をさすりながらそう言った。

「昨日の夜さ良太から電話がかかってきて、殴り合ったとか言ってるくせに何か喜んでてさ、あいつもなんか吹っ切れたんだと思うよ」

 大場は息を吐くと視線を少し上げた。

「良太も直感で行動してそうに見えて実は色々と悩んでるんだよ」

「そっか…」

 色々思うところがあるがそれだけ返事をした。

 大場が僕の方を向いた。

「天野君さえ良ければ、今日みんなで一緒に帰らない?」

「え?…うん、い、いいよ」

 初めてなんのためらいもなく誘いに乗った気がする。

 以前の僕だったら確実に断っていただろう。

 僕の中で何かが動き始めたような気がした。

 その瞬間、無風だった体育館裏には肌を撫でるようなそよ風が吹き、大場のワックスの匂いだろうか、爽やかなフローラルの香りが無風でその場に停滞していた空気と共に僕へ運ばれてきた。

 僕の返事を訊いた大場は安堵したようでまた白い肌をほころばす。

「よかった」


「でも、なんか2人とも羨ましいな青春って感じで」

「そんなことないよ。宮橋君には悪いことしちゃったし、僕も身体中痛いし…」

「今の時代に殴り合ってわかり合おうとする人ってなかなかいないもんね。なんか良太らしいやり方だよね」



「うーし、じゃあ解散」

 福原がそう告げて帰りのHRが終わった。

 僕が帰り支度をしてる時、大場が僕のそばにやってきた。

「行こうか」


 5人は前女子2人、後ろ男子3人のパンケーキ屋に行った時と同じ並びになって教室をでた。

 あの一件があって以来、僕はこの集団にどういう顔して存在していればよいのかわからず気まずい状態だったが、こういう状況ではやはり宮橋が最初に話す。

「今朝の福原ひどかったよな。俺どう見ても重症だっつの」

「良太は頑丈だから大丈夫でしょ。僕だったら骨折してるかも」

「3人とも、怪我は男の勲章よ!」

 成川はまるでわんぱくな子供を持つ母親のように腕を組んだ。


 彼らは僕と宮橋の間で起こったことを全て知ってる。

 だから、あの時起こった出来事は何も隠す必要がない。

「宮橋君、本当にごめんね」

「いいよ、お互い様だろ。俺も天野のこと思いっきり殴っちゃったし…」

 宮橋は自分の拳を視線を落とし少し見つめてから僕の方へ視線を移した。

「てかさ、天野ガリガリなのに力強くないか?お前のパンチ相当重かったぞ.」

「ごめん、あの時はムキになってたから」

「天野君って怒らせると怖いタイプ!?」

 さっきまで後退して僕の隣りにいた成川は視界から急に消えたと思ったら一歩引いて僕のことをつま先から頭まで成川が今まで見てきた天野樹と同一人物であることを確認するように視線を這わせた。

「いや、そんなことは…」

 宮橋がイテテと言って笑っていた。

「でも、口元の傷って笑う時、特に痛いよな」

「うん、痛い」

 僕も宮橋と同じようなところに同じような傷ができているので特に共感できる。

「なんか青春って感じだね痛そうだけど…」

 大場が僕の顔にできた痣を見て「ハハハ」と引きつった笑みを浮かべる。

「でも、なんとか解決できたみたいだし、よかった!」

 明島はまるで自分の身に起きた出来事のように安堵しているようだった。

 解決‥か。解決出来たのだろうか。今の自分は何を持って解決と言って良いのだろうか。友達ができること?集団に属すること?人を許すこと?僕の前には何か山積みに置かれた問題があり、その全てと一つ一つ向き合うことで初めて解決という言葉にたどり着けるような気がする。

「いいなぁ、私も友達と殴り合って青春してみたい」

 と物騒なことを言い出した成川は顔の前で「しゅっしゅっ」とシャドウボクシングのように小さな手を前後に動かした。

「ちょっと理奈、私には殴りかからないでよ」

「なんか明島の方が強そうだけどな」と言って宮橋はケケケと笑った。

「それどういうこと?良太?」

「舞香より私の方が強いから!」

「え?そんなに怒ります?」

 3人を見て思わず笑みがこぼれたがその分、傷口もかなり痛かった。

 でも、痛みよりもなにか包み込まれるような温かさ感じた。



 学校から15分ほど5人で歩いて倉西駅西口のすぐ近くまで来た。

 先頭の列を歩いていた成川は2歩ほど先に進んでから僕らの方を振り返った。

「ねぇ、天野君私たちのこと下の名前で呼んでよ!仲良くなった印。私も今日から樹って呼ぶからさ」

 彼女は平気でこういうことを言う人だと改めて思い出した。

 僕は照れ臭くなり「努力するよ」と濁した。

「えぇ今呼んでよ。樹〜」

「理奈、ムリやりはだめだよ」

「まあ、そんなこといいだろ。とりあえずよろしくな!樹」

 次の返答に困っていた僕を救うように宮橋がそう言った。

「うん、よろしく」

 今度は心の底から言えただろうか?

 大場と目があった。

「樹、よろしく」

「樹よろ〜」

「樹君よろしく」

 また、個性の別れる返事だった。

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