エピローグ 愛でつながる三千世界

 ──僕は根に持つタイプの人間だ。


 パディがそれを自覚したのは、なにも友に言われたからじゃない。物心ついた時……いや、根に持つという言葉を知ったときから、すんなりと受け止めていたのかもしれない。

「リベンジマッチ、か……。つき合わせてごめんね、センジュ」

「いいえ。あたしにとっても願ったり叶ったりよ」

 左手の薬指に輝くのは二つをかけあせた指輪。

 融合の器と同じ効力をもつ、遺産だ。

 正式名称、エンゲージ・ユニオン。

 数々の遺産探索の結果、発見・発掘した、パディとセンジュにとって相性のいい遺産である。

 そのおかげか融合の精度が初陣と比べて圧倒的に強化されている。ファナティックスーツ境界のディーヴァの性能も余すことなく引き出せて、絶好調だ。

 ただし、相変わらずパディとセンジュが融合した猫観音モードのパディ要素は、左の琥珀の瞳に猫耳しっぽだけだが、そこは嘆いてはいけない。

「敵の最終防衛ライン突破……博士、センジュ、このまま突き進んでいってください」

 アスラの声。

 センジュと融合した猫観音モードだからか、復元姉妹のテレパスはよく頭に馴染む。

「ああ。もちろん」

「みんな、もうすぐ終わるから、耐えきって」

「「光陰流転タイム・フライズ」」

 光陰流転とは、敵の弱点を見極め、捉え、照準を定めた瞬間に移動する、必殺技である。

 パディの広域視覚能力と猫人特有の瞬発力、センジュの格闘センスと空間跳躍(テレポート)能力があって初めて成立するため、猫観音モードの時のみ使用できる。

「初戦では、強引に、侵入を邪魔する蔓を押し退けていたけど……」

 敵の心臓部である株の密集地帯へと空間跳躍。

 醜悪な赤黒い株たちが急に現れた猫観音を警戒し、うごめきだす。

 見覚えのあるその状況に琥珀色の瞳は目を細める。

「ブラッディハート……」

 そう、今回の敵はブラッディハートだ。

 ただし、初戦で倒したブラッディハートではない。その証拠に、脈動する特設ステージにいるのは、かつて滅した朱殷の貴婦人ではない。

 ……ジュリーだ。

 あの粗悪コピー品の蛍光色スライムと違い、特徴的な頬傷のある、紛れもない、本人だ。

 ブラッディハートに取り込まれ、生体ユニットとして生かされ続けられる、友。

 水色の髪こそ健在だが、その瞳は暗く濁り、首から下は朱殷色に染められている。

 侵略兵器の一部として、求められる機能だけ効率よく引き出すよう脳をいじられ、相応のホルモンを分泌され、血管を巡り、体内を絶えず侵されている。

「──……、……──……、……」

 怒りや憎しみがあれば、まだ救われただろうか。

 記憶も、思考も、感情も、不必要と消去されたからか、その表情には何もない。

 あるのは、命じられたままに動くこと。

 諸悪の根源であるブラッディハートに捧げるための聖音を歌っていた、哀れな操り人形の姿がそこにあった。

「久しぶりに、悲しいって思えたよ。あと、ブラッディハート、殺す」

「同感だわ」

 猫観音は背中の光輪を輝かせ、数多の金色の手の光の束を紡ぎあげ、自身の紺碧の手へと収束させる。

「「究極奥義、三千世界の光陰ライトシェード・ユニバース」」

 数多の世界線のブラッディハートを、その心臓部である朱殷の株を葬ってきた、必殺技。

 その光量は凄まじく、パディのすべてを見極めようとする感覚がなければ、破壊の対象を明確に指し示すのは不可能。

 そして、これほどの閃光を放つには、センジュの手数が多いサイコ波動ウェーブを操作しようとする気合がなければ、敵だけを撃ち抜くことは不可能。

 互いの長所を生かしあい、短所を補った結果、奥義までに昇華したのだ。

「……────────!」

 そう、破壊するのは敵だけなのだ。

 古代遺産文明時代の薄汚れた妄信に囚われた植物型侵略兵器だけ。

 被害者を一切傷つけない光の拳は、ブラッディハートの生命線である朱殷の株をうち貫く。

 閃光によって浄化されていく妄執には、脇目も触れず、猫観音はジュリーの手を取り、銀色のスプーンを握らせる。

 メモリーだ。

 あの運命の日に罰ゲームとして身にまとわせた、執事服タイプのファナティックスーツ、懐郷の情。

 生存本能なのか、ジュリーはあっさりと受け入れ、装着。学生時代の彼自身ジュリーの記憶を入れていく。

「……あれ?」

 ジュリーの瞳に光が戻る。

 テケリ・リとしか歌っていなかった喉から、言葉が溢れている。

「よ、ジュリー。おはよう」

 寝坊助の同室の親友を起こすように。

 パディは若干震える声を叱咤し、この世界線の自分パディがあの朝から言いたかったであろうアイサツを代弁する。

「……パディ? ああ、おはよう……」

 醒めたばかりで意識が朦朧としているのか、ジュリーはまだ視線が定まり切っていない。

「ああ。起きたばかりで悪いが、軽く朝食にジュリーが好きなビーフシチューなんてどうだ」

「え、いいの。朝から豪勢だな、パディ」

 朝から重い……って思わないで。

 学生時代なら、朝からでもこれぐらい余裕で平らげる奴だっている。

 現にジュリーはそんな少年だった。

「……もしかして、なんかイイコトでもあったの、パディ」

 そして、人の心に対して機敏だった。

 ジュリーは本当にやさしい友だったんだよ。

 だからこそ、助け出さないといけなかった。そして、そのためにこの世界線の自分パディは犠牲となり命を落とした。

 だけど、そんなこと僕の口から言うもんじゃない。

 例え、そのうちわかることでも、だ。

 そんなことよりもイイコトがある。

 ちゃんとしたイイコトがあるんだ。

「ああ。僕にね、最高の婚約者が出来たからね」

 琥珀色の瞳と海のように蒼い瞳をもつオッドアイのフォーチュンズの一人は、親友の問いに満面の笑みを浮かべ、報告した。

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異世界ルバ・ガイアの古代遺産戦機~僕らがグッドエンドを迎えるには、時間跳躍が必須らしい~ 雪子 @akuta4

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