第三十二話 ヨーク学園遺産研究会、本格始動
「といっても、取り押さえるだけだぁ。救助とトドメはおらたちがするしかねぇだ」
時間は少しさかのぼる。
ブラッディハートをが巨大ロボットが繰り出す金縛りの術に嵌る数分前。
これからの予定を、作戦を軽い打ち合わせ、修復中の穴から地上にこっそりと出ていたヨーク学園遺産研究会の面々。
銀河は腰にある刀に手を添え、ジュリーは腰布を手に巻き、臨戦態勢をとっていた。
「あの、銀河、ジュリー……気合が入っているのはいいことだけど……ちょっと、質問していい?」
パディの声がする。
しかし、グルグル眼鏡をかけた猫耳少年の姿は見えない。
「手短に頼むよ」
「ありがとう、ジュリー。で、なんで僕のパーツ、左目と猫耳しっぽしか反映されていないの」
「遺産・融合の器は、重なり合った魂に応じて形態を変えるからね。遺産同士の結合、ファナティックスーツとパディのいつもつけているグルグル眼鏡はもちろん、肉体や能力を最適化したわけだ」
ジュリーの言う通り、今の境界のディーヴァの装着者は、パディとセンジュの魂が混ざり合い、つながりあっている。
陰と陽が合致した理想的な肉体へと変身した結果、その双眸は海のように蒼い右目と、琥珀を思わせる左目で力強く輝き、そのスレンダーボディには猫耳やしっぽも追加されている。
身を包むファナティック・境界のディーヴァも全体的に白いパーツが増え、額のクリスタルにグルグル模様が入り込んでいるのが、遺産同士が融合した証なのだろう。
その姿はまさに猫観音。
いかにもパワーアップしています、と主張している形態だ。
そこまではいい。
だが、なんで僕、ほぼ中の人になってしまったのか。
そのことについてパディは追及したい。
「そりゃ、センジュの肉体の方が圧倒的に優れているからだぁよ」
銀河は隠すことなく、遠慮なく、言い切る。
「やっぱりかぁ!」
正論にパディの矜持は傷つく。
「でもなぁ、パディ。考えても見ろぉ。今のセンジュは猫耳しっぽのオッドアイだぞ。美少女のおにゃんこ姿も十分魅力的だっていうのに、パディ色に染まっているだぁよ。最高に萌えるじゃねぇか」
「う、そう言われると……」
「まったく。ほれ、これでも見て機嫌をとっとと直せぇ」
だが、銀河にどこからか取り出された鏡で今のセンジュを改めて見ると、そんなちゃっちな痛みはどこかに吹き飛んだ。
「……最高だ。最高に萌えるわ、これ……」
思わず、しっぽをごきげんモードでくねらせてしまうぐらい。
この時パディは、彼女に自分の衣服を着てもらって喜ぶ彼氏の気持ちを、言葉ではなく、心で理解したという。
「え、えっと……あたしも、パディと一緒は……うれしいです」
融合しているためか、お互いの感情が共有されやすい。
境界のディーヴァの奏者がモジモジとしているのは、思春期によくある現象ということで、冷やかさずにスルーしよう。
「僕とセンジュの融合についてはこれでいいとして……救助って……アスラを犠牲にするような計画した奴が言う台詞か?」
「犠牲って……。パディ、おらを見くびるでねぇ。おらがいる限り、豊満なお胸のおっぱいさんを死なせるわけねぇだろ!」
言っていることは問題なのに、これ以上ない説得力があった。
さすがはエロ宇宙人。
おっぱいソムリエは、おっぱいさんを救いたい。
「まぁ、囮にしたのは認めるだぁよ。でも、アスラなら作戦のためだったとちゃんと釈明すれば、この程度許してくれるだぁ」
「確かにアスラ姉なら、おそらく……いえ、絶対許すわ」
センジュは得心が行ったようだ。
付き合いの長さが決定的な評価の違いなのだ、と教えてくれた。
「質問もこれぐらいでいいかな、パディ。風魔忍法の金縛りの術が強力だとわかっているけど、まだ終わったわけじゃないから、気が抜けないからね」
「んだな。打ち合わせ通り、コーチはアスラを救出したら、後方にすぐに退避するだぁよ」
「ああ。小生とブラッディハートでは相性が悪いからな」
道着の形状通り白兵戦を得意としているジュリーは、苦々しく呟く。
「仕方ねぇだよ。ブラッディハートはコーチを取り込むために調整された侵略兵器なのだからなぁ」
「うん。それに、僕の方を心配してくれ……トドメを刺すのは僕だよ。いや、能力やセンジュの気持ちを考えても、断る気も譲る気もないけど……プレッシャー、すごい……」
「ガンバ、パディ。なぁに、バラを道具を使って千切るだけの簡単なお仕事だぁよ」
「今までにないサイズだけどね!」
銀河ととぼけ台詞にすかさずつっこむパディ。
その心は、先ほどまでのモヤモヤが消え、なんかスッキリしていた。
「フフゥ~フッフフ、フフ~ン♪ センジュ主体のボディだっちゅうのに、これぐらい大きな声が出せるんだぁ、パディ。お前さんの人格は、精神は、強いってわかっていたつもりだけどぉ。やっぱり、強いねぇ」
「え……」
「パディ。一つ言い忘れていたことがあるけど、融合の器はね……お互いの魂に愛情があって、なおかつ精神が強くないとどちらか一方の声しか出てこないんだ。センジュがいくらパディを尊重しようとしても、パディ自身が強くなければ、表に出てこないはずなんだ」
「そうそう。やっぱり、後のフォーチュンズの創立者はちげぇよなぁ。褒めてやるから、もっと、かっこいいところも見せてくれやぁ、パディ」
ピカッ。
周辺が明るくなる。
バリッ、バリリリリィリリィィイイイイイ!
雷光が鳴り響いたのが合図だ。
「ラストミッション、スタートするだぁ!」
銀河はカチリと鍔を鳴らし、野球ボールぐらいのピンク色のエネルギー弾をいくつか作り出す。
その光球一つ一つに、信じられないぐらいほどの爆発力を秘めていると、パディの目ならば容易に想像がつくだろう。
銀河もまた、伝説の戦いに介入できるほどの強烈な存在であると見せ付ける。
「響け、荒星! 時代錯誤の侵略兵器ブラッディハートなんか、ぶっ潰せぇ!」
テクノミュージックが大気を振るわせる。光の玉をブラッディハートに向けて放った。
飛来してくる光の玉。
銀河の驚異的な念力によって神速的な重量をも付加されたエネルギー弾は、ブラッディハート本体が金縛り状態だからが、再び大量に現れ始めた、花びらことブラッディペタルと接触すると炸裂。
飛び散る植物片に、粘液。
それさえも追撃するかのように、植物の体液が残っていても光の玉は忙しなく動き、ミクロン単位で消失するまで爆発し続ける。
「はぁあああああ」
ジュリーが身に着けているファナティックスーツ常夜の闘志の付属武器は、
普段は墨色の腰布であるが、装着者の思考に合わせて、その姿、機能をその都度変える兵器だ。
「朽ちろ!」
聖音とともに泡影は、まっすぐにピンとたち、装着者に槍のように扱われ、通行に邪魔な蔓をバッサバッサとなぎ払う。
温和で、邪悪な気配に体を震わせるジュリーはそこにはなかった。一流の武道家のように立ち振る舞う。
襲い掛かってくるブラッディペタルに怯むことなく、左足を一歩踏み出すと同時に、蔓をすばやく左に払って振り上げ、右足から右斜め前に踏み込んでかわし、槍形状の泡影で斬る。
「朽ちてしまえ、ブラッディハート!」
さらに布形態にいったん戻した泡影を刀のようにかえし、大きく振り上げると同時に、左足を踏み込んで腰を落とし、ブラッディペタルを右袈裟に斬り下ろす。
武芸百般そのものと言っても過言ではない戦いを繰り広げる。
「んだなぁ~。ほれ、とりあえずさっきの十倍で、どや!」
銀河はブラッディハートがジュリーに
目の眩むほどの超巨大な爆発と化して、侵略兵器を焼き尽くすそうとする。
(……それでも、ブラッディハートは倒せないということか……)
パディの琥珀色の目がせわしなく動き、冷静に戦況を判断する。
あれだけの猛攻にもかかわらず、敵の物量は衰えていない。やはりアスラがしていたように株を直接砕かれない限りはブラッディハートの機能停止はありえないようだ。
(そうなると、強大な力によって一気に株を叩くしかない)
だが、敵は株分けによってリスクを拡散させている。
それをすべて破壊するとなると、ジュリーの布状武器の泡影は攻撃力があるが、手数が多い敵の前では量で圧されてしまう。
銀河の光弾は精神エネルギーを凝縮させたもの。爆発するその直前に株に吸い取られる可能性が高い。
(だから、僕とセンジュがトドメを刺せってことになるのか……やってやろうじゃないか)
そんなパディの思考が流れてくるセンジュも全面的に同意。
体を静かに宙に浮かせ、ピンク色のエネルギー弾と夜色の靡く布が、肉塊を飛び散らせる中を、静かに、最小限の動きで、歩む。
今、猫観音は仲間を信じ、突撃のタイミングを見計らっているのだ。
焦ってはいけない。
仲間が傷ついても、助けどころか手出しもしてはいけない。
猫観音が体力を消費するのは、最終ステージでなければならないのだから……。
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