第二十七話 アスラ&センジュVSブラッディハート
「いきなさい、天空の翼!
前衛に立つアスラは蔓に照準を合わせ、赤い羽根を飛ばす。
羽ばたきの聖音は、蔓に深々と突き刺し、爆発。残骸は吹き飛び、四散。地面をえぐる爆風の余波は蔓の化け物をズタズタに切り裂き、花びらを散り敷く。
「──やった?」
「いえ、まだです」
浮いている鏡を覗き込むアスラは苦々しく答える。
天空の翼を腕へと変化させ、ジュリーを突き飛ばすようにして、技を繰り出す。
「うわぁ」
赤い拳はジュリーをすり抜け、足元からいきなり跳ね上がってきた、血塗られたような不気味な物体を見事に捉え、ドバッと爆発させる。
「な、なにが起きて……?」
蔓以外にもうごめくものがある。
映像にはなかった化け物。
因果律が歪んだことによって、強大なエネルギーがブラッディハートにすべて注がれたのはわかっていた。その結果、進化し、新たな機能が備わってしまったようだ。
アスラはこの未知なる存在を想定していたとはいえ、動揺を隠せない。苦虫を噛み潰したような顔で鏡に映る情報を慎重に読み取りつつ、分析する。
「蔓から離れて、散りばめられた花びらが結合し合い、それぞれ別な生き物になっているみたいですね」
花びらが寄せ集まった奇怪な化け物。踏みつけ、磨り潰してようやく止まる。
どうやら、花びらで構成された化け物は、アスラの羽根で爆発させればさせるほど断片が増え、それぞれが別の意思を持って動き出し、ジュリーを狙っているようだ。
「しかし、所詮は分体。増えれば増えるほど本体は劣化しています」
敵対する化け物は増えたが、組み直して個体として動くにはそれなりの枚数と質量を必要としている。アスラは、侵略兵器自体の機能は分裂し、退化していると推測する。
「おお。やったなぁ、アスラ」
「しかし問題は……」
銀河の声が喜色を放つが、アスラの顔色は悪い。
(はたして、私一人でジュリーを守りきることが出来るのでしょうか……)
実戦経験が豊かなアスラはアクシデントに弱いわけではない。ただ、勘が訴えているのだ。
まだブラッディハートは手を隠している、と。
あの最悪の敵に加わった手札が、倒せば倒した分弱体化する合体タイプの花びらの化け物だけだとは思えない。
「うむ。わかっているだぁ。とんでもねぇものが出てきたら混乱するだよなぁ。しかし、おらたちもいるだぁ」
「え、あの、それって、どういう意味……」
「あのバラの花びらの合体化け物はブラッディペタルと名づけようではねぇか」
……たしかに名無しのままだと色々と不便だ。
「銀河……君はどこまでもマイペースだな」
緊張感や恐怖心がない銀河を見て、ジュリーは苦笑いするしかなかった。
「ブラッディペタルですか……いい名ですね。ブラッディハートにはもったいないぐらいですよ」
「えへへへぇ~♪」
銀河はアスラのほめ言葉に満足がいったようで、無邪気に笑っていた。
年相応……のはずなのだが、異国から来た留学生の瞳にはキラリと光る何かがあった。
その光がなんなのか。それを語るのはまだ少し待っていてほしいのである。
盤上はまだ整っていない。
「ジュリー、ついでに銀河、無事か?」
「アスラ姉、状況は!」
ここで、パディと銀河が合流。
ただし、パディは紺碧の羽衣をまとい背に金色の光輪を浮かばせたセンジュの背に担がれている。
「え~……うん、小生たちは無事だ……ね……」
「急接近とはやるな、パディ」
これには銀河も思わずサムズアップ。
心なしかパディの肩に斜めかけられている鉢植えのナスカも、いやはや若い二人は早くてと……見合いから仲睦まじいカップルへとスピード交際&結婚した夫婦の披露宴の席にちゃっかりいる、見合いおばちゃんのような雰囲気を醸し出している。
「茶化さないでくれ……」
パディは頭が痛いと、こめかみを押さえる。
恥ずかしいのだが、効率的に考えれば、遺産によって身体能力が高められているセンジュに背負われ、パディはナビゲートに集中したほうが早くたどり着けるのだ。
もちろん、センジュに堂々と触れられることに、スケベ心が触発されたのは否定できない。
理性と欲望のまさかの一致。
羞恥心を犠牲にしてもいいと即決した以上、反論できない。
「博士、センジュ、ご無事で何よりです。そして、今の状況は、この時代のブラッディハート本体と交戦中といったところです」
そう返事をしたアスラの横に、トゲトゲの蔓が見た。
他の蔓とは違い、妙に色が深いようだ。
「ん?」
そこに視点を合わせるとパディは信じられないと瞬きを一つした後、目を光らせる。
「センジュ、アスラの近くにある、あの不気味な蔓……そこから深さ三メートルぐらいまで金色の手を潜らせて、根を掴んでくれ!」
「まかせて」
境界のディーヴァも歌いだす。
金色の輪は、無数の手へと枝分かれ。センジュはそれらを一気に地面に向かって叩きつけ、根っこを手探りで掴み取っていく。
一本、二本……。
根をつかんだ数多の手から、何か地中にある大きな力がビクリと震えてきているがわかる。
「これは……?」
肉眼では見えない手探り状態のセンジュは戸惑いがある。が、背にいるパディは支えるように力強くこう命じる。
「それを右に大きく、振り上げるつもりで引っこ抜け!」
「わかったよ、パディ。っぁあああぁあああっ!」
センジュの気合の入った叫び声とともに地面が大きく隆起。
ズボボボボォォォッオオッ!
ブラッディハートの根が引っこ抜かれる。
「これは……まさかブラッディハートの中核!」
地中の奥深くに潜り込んでいたのは赤黒いハート型の歪な巨大な物体。
大きさはこの地下広場の五分の一を覆うぐらいだった。
「うわぁわ」
「ん~、ダイナミックだぁ~」
屈みつつ野次馬同然のジュリーと銀河は、センジュが掘り出した大きな根っこに──ブラッディハートの中核と思われる部分を間近に見た。
「アスラの映像だと、このグニャグニャのヌチュヌチュのねっとりとした暑い液体の中に、ジュリー自身がギッチギチに包まれておったなぁ~」
「その通りだけど。卑猥な感じがするのはなぜだろう……」
思わず頬を赤らめてしまう、思春期少年。
「……」
そんな能天気学生たちの感想なんかお構いなしに、ブラッディハートの中核はブンッと大きな音を立てて、その巨体では考えられないぐらいの敏捷性を発揮し、距離を置く。
「……キュエエエェエェェエエエ!」
サァァァァァァ!
ブラッディハートはせせらぎのような聖音を響かせ、根をかき集め、動けるブラッディペタルたちを取り込み、急成長する。
全長三十五メートル。全幅五十メートル、といったところだろうか。
地下広場の天井ギリギリまで伸び、いくつもの奇怪な付属物を身に着けた巨大植物となって、フォーチュンズの前に現出した。
「しょ、植物までも、聖音を鳴らせるのか……」
「遺産って、すげぇなぇ~」
生体ユニットがいなくてもこれぐらいの芸当は出来るといわんばかりに見せ付ける、植物型の侵略兵器。
ジュリーは青ざめ絶句。
さすがの銀河でも汗が流れだす。映像よりは小さくても、この地下室広場の中では一番大きいのだ。
体格差に恐れおののくのは致し方ない。
「……あった」
一方パディは部員たちの様子に目を向けることなく、せわしなく琥珀色の目を動かし、
「アスラ、センジュ、アレの内部を叩き潰せば、ブラッディハートは『終わり』だ!」
大声で生体ユニットを取り込むための機能が備え付けられている箇所を指差した。
大量のエネルギーの塊の要所である、心臓部だ。
いくら形態を変えようと、そこさえ叩き潰せば、ジュリーを取り込むことができなくなるのは理屈なしでわかる。
仲間の精神状態よりも、その原因になっている敵対者を排除しようとする、冷徹かつ合理的な思考。嫌いではない。
「了解、博士」
心臓部を倒せば、はっきりと運命を変えられる──今まで暗闇の中手探りで必死になって探していたものが、ようやく形となって現れたのだ。
あと少しで、積年の願いが叶うとアスラの目に強い喜びの光が灯る。
「
羽が舞う。
アスラはまだ融合していないブラッディペタルを赤い羽根で撃退しつつ、ブラッディハートとの距離を縮める。
「わかったわ」
ゴールが近づいてセンジュの胸も熱くなる。つかんでいた元・根っこを金色の腕で切り裂き、昇華。
復元姉妹は苛烈な聖音を鳴らし、ブラッディハートこれ以上エネルギーを取り込まないように、吸収させないように、それ用の機構と思われる箇所を率先して破壊しだす。
本当は真っ先に心臓部を破壊したいところだが、敵は長年潜伏してきたドリュアスだ。本命に行きつく前に後顧の憂いを潰しておかないと、どんなしっぺ返しをくらうかわからない。
戦いは慎重かつ大胆に。
姉妹は目と目を合わせると、同じタイミングで深く息を吸った。
「……」
不気味な侵略兵器は無言のまま、その巨体を感じさせないスピードで動き、強大な力を振るう。
パディ達遺産研究会のメンバーで見たドリュアスの中では、歴代一位の強さと反応速度を持っていた。
苦戦どころか、敗北も、死も覚悟しなければならないぐらいの、強敵である。
だが、復元姉妹は上手だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます