第二十八話 狂戦士モード

「パディ、あたしにもっとしがみついて!」

 ブラッディハートは鞭のような蔓を振るった後、動作に遅れが生じる。

 その機会を逃さず、センジュは振るわれたばかりの蔓を目掛け、

「千手招来っ」

 金色の拳を繰り出す。

 眩い光が巨体をに叩きつけられる。その暴挙の渦にのまれたブラッディハートはよろめき、体勢が崩れる。

「いいタイミングです、センジュ」

 ほぼ同時に、アスラは翼を広げ、飛ぶ。

 空気中に漂う魔法粒子を大量に吸い込んだ体と軍服は、真っ赤に光輝く。

「唸りなさい、太陽翼ソール・アーラ!」

 鋭い風が空を切り、赤い羽根がブラッディハートの胴に当たるだろう部分を深く斬りつける。

 姉妹はパディの自慢の目で、やっとわかるほどの敵の隙をつき、適切に対処し、阿吽の呼吸で攻撃に転じていた。

「す、すごい……やっぱり、フォーチュンズは強い……」

 パディは背負われながら、戦いの様子を眺めた。

 個々の能力を発揮した姉妹対決の時も手に汗を握ったが、協力プレイとなると、その連携の凄まじさに語彙力が死にかける。

「でも、センジュ。本当に大丈夫か?」

 接触しているからか、センジュの異変にすぐに気がついた。

 最初は、この体の熱は遺産ファナティックスーツの作用だと思っていた。

 しかし、違う。

 パディのグルグル眼鏡が否定してきた。

 もちろん、興奮、という精神的なものとも、何か違う。

 この熱は……。

(……まだだ、もって、あたしの体……。まだ……)

 パディに言われなくても、知っている。

 センジュ自身、わかっている。

 肉体が限界に近づいてきている。

 狂戦士モードを使い続けたツケが回ってこようとしている。

「まだ、まだぁああ!」

 それでも、センジュは止まる気はない。ブラッディハートを追撃しようと金色の拳を振り下ろす。

 そして、腕が揺れ動くたびに、体内の熱が高まっていく。

「あっ!」

 激痛がセンジュの体に駆け抜ける。

(くっ)

 奥歯強く食いしばり、耐え、数多ある金色の手の動きを休ませず、ブラッディハートへの攻撃を緩めない。

(あと、少し……あと少しでいい。もって、あたしの体……)

 必死にセンジュは暴走する熱を抑えようと息を吐く。

 だが、遺産の力が華奢な体に重く伸し掛かる。限界以上の負荷により、文字通り体がバラバラになりかけている……!

「……センジュ?」

 パディは様子のおかしいセンジュを心配して身を乗り出す。琥珀色の瞳が怪訝そうにセンジュの顔を覗き込もうとしている。

(だめっ、パディに見られたら……だめっ!)

 おそらく、今の自分の顔を病人のように青白くなっている。紺碧の羽衣によって顔がうっすらと隠れて、よく見えないのが救いだが、直に見られたら隠しようがない。

「!」

 センジュの様子がおかしいことにアスラも気がつく。

「まさか……。センジュ、背負っている博士と共に今すぐ離脱しなさい」

 しかし、ここで攻撃の手を緩めるのは得策ではないことをセンジュとてわかっている。

「アスラ姉、それは、できないよ」

 この手を止めたら最後。

 またブラッディハートは地中深くまで潜り込んでしまうだろう。それではここまで来た意味がなくなる。

(そう、とてもじゃないけれどアスラ姉だけでは、火力がたりない)

 勘ではあるが、こういう悪い勘は当たることをセンジュは知っている。

 ここまできて、ブラッディハートを逃すわけにはいかない。

「私を信じなさい、センジュ!」

「!」

「あなたはもう一人ではないのですから!」

「……そうだったわ……」

 強張っていた少女の顔が、憑き物が落ちたように和らぐ。

 センジュは軽やかに地面に降り立ち、背負い込んでいたパディを優しく下ろした後、蒼い瞳をアスラに向ける。

 精悍で力強い光を放つ表情で彼女は言う。

「ならば、アスラ姉。後は頼む……っうわぁぁぁあぁああぁあああ!」

 センジュの体が、筋肉が、血管が、一斉に悲鳴をあげた。

 本来は、これほど損傷していたのだ。むしろ、ショック死に至らなかったセンジュの精神力を称賛するところである。

 今は指先一つ動かすのもままならないが、センジュは生き残った。

「無茶しすぎですよ、センジュ」

 ブラッディハートの目をかく乱するように赤い羽根を巻き散らかし、アスラもまた降り立つ。

「おやすみなさい、センジュ……」

 慈しむ手でセンジュのほほに触れる。頑張り続けた妹に対する姉なりの労りであった。

「だから、後は姉である私に任せなさい……ふんっ」

 アスラの全身が真っ赤に光り出し、形態が変わる。

 暁のカラスの四本の腕とアスラ本来の腕にまとわりつくように赤い羽根が舞い、その腕に近づくだけでも切り刻まれるような強烈な風の層が幾重にも吹き上がる。

 アスラはアスラで、狂戦士モードを使い、暁のカラスの性能を限界まで引き出した。

「博士、センジュのことを頼みます」

 一礼すると、アスラはそのまま歪な赤黒い心臓へと、突進。

 六本の腕で強大なカマイタチを作り出し、向かってくる蔓や花びらをでたらめに切り刻んでいく。

(早く、決着をつけないと……)

 戦えるのはもう自分しかいない。

 よろめきながらもパディを庇うように身構えていたセンジュではあるものの、それはただの強がりだ。

 肩で息をするほど気が乱れている現状では、ブラッディハートとまともにぶつかり合うことは不可能。

(それに、私もいつまでもつか……)

 アスラは冷静に自己分析する。

 肉体的な損傷が激しい。

 希望的観測をしても、このモードを維持できるのは後三分といったところか……。

(フッ。何を弱気な。私がブラッディハートを完全に沈黙させればいいだけではありませんか。それしか、後顧の憂いを断つ方法がないのなら、なおさら……)

 未来予知を司る真横の鏡に映るのはブラッディハートの弱点。生体ユニットを取り込む部分を破壊さえしてしまえば、最悪な未来から遠ざかる。

「ここで永遠の眠りにつきなさい、ブラッディハート!」

 アスラは心臓部に到達するともに、高めた力を一斉に放出。

カラスたちの日の出ソーリス・オルトゥス・コルウス!」

 天空の翼、最大奥義。

 大きな赤い翼を広げ、溢れんばかりの光を発するかのように、赤い羽根とカマイタチを連射する。

 高速で繰り出されるカマイタチの刃は扱いにくくともこれだけ接近すれば、逃れられるわけがない。

 アスラの六本の腕から放たれた、超高圧に凝縮された赤き烈風の手刀が、血まみれの心臓を切り裂く。

 グオオオオオォォオオン。

 赤い風が、内部を完全掌握。猛攻に耐え切れず、叫ぶような、唸るような轟音が周辺に鳴り響く。

 周りの被害も損傷も考えずに、純粋に、暴力と暴力がぶつかり合う。

 あまりの物量と速さのため、常人では勝敗どころか戦況もわからない。

 ただ、その衝撃があまりにも強すぎて、終には魔法結界によって強固な作りのはずの地下広場の天井が崩れ落ちてくる。

 アスラとブラッディハートの死闘を見守っていた一同も、コレには背筋が一瞬凍った。

「うひゃぁ、こりゃたまらぁ~ん!」

「声を出す暇があるなら、手を動させ、銀河!」

 そこは遺産研究会、実働部隊の銀河とジュリーによって、難は逃れた。

 遺産同士の戦いには介入できていないが、銀河の剣術、ジュリーの武術は、非戦闘員のパディを何回も守ってきたのだ。

 見学ごときで、命を落とすわけにはいかないのである。

 天井からの落下物は、ぽっかりと大穴が開き、陽の光が入ってきたのを最後に終わった。

「はぁ~。見届けるだけでも大変だぁよ」

 声こそのんきではあるが、木刀を構えたまま、臨戦態勢を崩そうとしていない銀河。

「小生、決闘の立会人も達人クラスだって理由が、わかった気がするよ……」

 眩しい太陽に目を細めるジュリー。

 二つの陽光が広場を輝かせる。

「……アスラ姉」

 その光と熱はあまりにも膨大で、この場にいる者たちの視界を奪った。

「パディ、何か見えるかぁ?」

 銀河は、広域視覚能力者であるパディ尋ねる。

「えっと、ちょっと待って。障害物が多すぎてピントがなかなか合わない」

 パディは自身の琥珀色の瞳を光らせ、身に着けているグルグル眼鏡と、土煙と、蔓と花びらと羽で混戦している中心部を覗き込む。

 アスラのカマイタチによってズタボロになった赤黒い何かが見えた。

 しかし、様子がおかしい。

 ジタバタと必死になってもがく何かがあるのだ。

 目をよく凝らしてみるとその正体が見えてくる。

「な……まさか、これは!」

 なぜ、ブラッディハートという侵略兵器がドリュアスであったのか。その本当の意味を知ることになる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る