第二十六話 エイリアン
一方そのころ、岩壁の向こう側では……。
「うう~む。今、なんとなくだけどぉ、一つの恋が実ったみたいだぁな」
銀河は甘酸っぱい電波を感じ取っていた。
ラブセンサーという乙女特有の直感技能はたとえ薄暗い地下通路の中であろうと、機能しているのである。
「そうですか。それはよかったです」
復元人間姉妹には、姉妹同士、ある程度、何が起こったのか共有出来るようになっている。
ただし、普通に生活する範囲では感じ取れない。そんな微弱な精神共有が働いているということは、センジュの心が強く揺さぶられているということだ。
(センジュ……おめでとうございます……)
アスラもまた妹の幸せを感じ取っていた。
これで、心残りはない。
後は全力でブラッディハートを倒すだけである。
「正直、ジュリーさんと銀河さんを巻き込むのは負い目を感じるのですが……」
「一番安全なのはフォーチュンズの側だぁよ。おらだってわかるだぁ」
「行くしかないよ」
まっすぐ、ブラッディハートがいると思われる、西のスヴァーヴァ像に向かおうとする、銀河とジュリー。
あまりの凛々しさにアスラは一瞬言葉を失った。
「あと、おらたちはおらたちで自分のことは守るから、アスラはブラッディハートせん滅に集中して欲しいだぁよ」
「そうだね。小生が飲み込まれて、生体ユニットにされるにしても、それなりに時間がかかるのだろうし」
ジュリーの言う通り、生体ユニットになるには三日はかかる。
ただし、取り込むだけなら数秒だ。
百パーセント使いこなせなくても、洗脳とエネルギーの度合いによっては数分で逃げ延びることが可能だとされている。
(だからこそ……せん滅に集中して欲しいということなのでしょうか)
攻撃している間、エネルギーは消費され続ける。
それでなくても時間跳躍には大量のエネルギーが必要であり、追跡できないように跳躍するなら、ダミープログラムも必須。
プログラム構築の時間を遅らせるにも、攻撃によるジャマ―は有効だ。
(戦略として間違っていませんが……なぜ、知っているのでしょうか?)
遺産研究会だから、という理由で片付けていいものかと、アスラはふと疑問に思った。
そう、遺産研究会で見かけたときからずっと引っかかっていたことなのだが、問題視するほどのものでないと思って、今の今までずっと見てみぬふりをしてきたこと。
それは、銀河のことだ。
未来のパディはジュリーのことをよく語ってはいたが、銀河のことは語ったことがない。
当初は海外留学生だからあまり記憶に残っていなかったと思ったが、様子を見る限り、銀河は遺産研究会のムードメイカーであり、結構重要なポジションにいるのだ。
これほどのインパクトのある人物だというのに、パディの昔語りに銀河が一切出てこない。
それはまるで、銀河という人物は最初からいなかったようだった。
おかしい。
(といっても……そのなぞは、ブラッディハートを倒してからではないと探れなさそうですけどね)
目的の排除のほうが先。
アスラは現役ヨーク学園の学生たちの案内によって、先を急いだ。
想いを伝え切り、受け入れてもらえただけでも有頂天なのだが、愛するセンジュの死の影が薄れていくのを目のあたりにしたパディは歓喜していた。
「さて……行こうか、センジュ」
植木鉢のナスカをそこら辺におちていた適当な紐で、巧みな技術で括り付け、ポップコーンバケットのように持ち運ぶことにした、パディ。
今、ものすごく気合が入っている。
「ああ。では早速……」
センジュはがれきによって塞がっている通路に向かおうとしだしたので、パディは待ったをかける。
「センジュ、西のスヴァーヴァ像で落ち合うって決めただろう。少し遠回りになるけど、ここからでも目的地にたどり着けるよ」
ヨーク学園の地下通路は、避難用でもあるが、テロや外部からの敵対者から身を守ることを第一に考えて作られているため、迷路のように入り組んでいる。
そのため、いくつか道が閉ざされてもいいように、外に出られるように出入口はいつもあり、シェルターの役目を持つ四つの偶像に行きつく道筋も数通りある。
「あ、そうなの?」
「まぁ、僕みたいな広域視覚者たちの能力を阻害する魔法細工もされているけど、地下通路の地図自体は生徒にも共有されているし」
超能力が使いものにならなくても、苦労はしない。
「僕、方向感覚に優れているほうだから、特に問題ないよ」
遺産研究会として、遺跡迷宮も探索したことがあるので、それと比べると、定期的に整備されている学校の地下通路は天国である。
「阻害魔法も偶像が置いてある広間には敷かれていないから、いつも通り使えるようになるし」
偶像の大広間は、軍事会議を行うことも想定しているのか、特殊能力が使いやすいように設定されているという。
下手な砦よりも、強固な学園。
創設者たちの時代がいかに物騒であったかが見て取れる。
「ブラッディハートもそれを見込んで偶像の一部として使われ続けたのかな」
「気の長い話だけど、ドリュアスだからね」
植物型の遺産には千年の月日なんて、余裕なのですよ。
古代遺産文明時代から残っているモノたちの異常な耐久性には驚かされる。
「つまりブラッディハートにとって、ジュリーはそこまで待って現れた、最高の生体ユニットの素体ってわけか……」
植物型侵略兵器の意志はわからないが、すごい執念としか言いようがない。
だけど、その執念を報わせる気にならない。
ブラッディハートはパディ達、現在ルバ・ガイアに暮らす住民にとって、ただの脅威であり、滅ぼさなければならない存在なのだ。
生存戦略の前に話し合いなどない。
生きるか、死ぬかのどちらか一つ。
──西のスヴァーヴァ像。
イングンロ王国内の反乱を治め、女王として戴冠した時をモチーフに、ヨーク学園創立から枯れぬバラに包まれた偶像。
戦乱はその後も続き、大量の血が流れていくのだが、これから先の世の栄光へと導く女傑として相応しく、華々しい姿で鎮座している。
だが、今日はいつもと様子が違った。
「これは……」
先にこの場所にたどり着いたのは、アスラ、ジュリー、銀河。
創立以来現存する地下のシェルターらしく、広大かつ強固な作りだというのは素人目でもわかる。
地下にあるゆえ、薄暗いのも許容範囲だ。
だが、まがまがしい気配と、むき出しの敵意から、戦いの予感しかない。
それも、命のやり取りを前提とした、生存をかけたもの。
「……」
会話はなかった。
侵略を目的として作られた兵器に、意志を伝えるという機能があるはずがない。
「……、……」
尖兵であるスライムを破壊し、本体の居場所を特定したから、もう誤魔化すことはできないと、判断したブラッディハートは、直接戦闘へとパターンを変更。
隠れていた本体が今、この時をもって、正体を現す。
ピシッピシッ。
女傑スヴァーヴァ像にひびが入る。
千年ぶりに擬態を解いた本体だからこそ、出てくるのが慎重だっただけなのかもしれない。
徐々にひび割れは大きくなり、中から像を粉砕。
中から飛び出したのは、蛇のようにうごめき、這いよる、バラの蔓。
像の中から出たものもかなりの量ではあるが、石畳や石壁の裂け目からも、蔓がユラリユラリと揺れ動く。
映像で見た通り血肉のような色をしたバラの花ととげを持った蔓が、三人に……特にジュリーに向かってゾロゾロと群がろうとしていく。
「やらせませんよ……」
アスラの美貌に緊迫感が塗られていた。
いよいよフォーチュンズとしての最大の使命を果たすときがきたのだ。
彼女の決意に共鳴するように、赤い宝石が着けられた簪が光る。翼が羽ばたく聖音の調べとともに四枚羽の戦乙女が降臨。
宙に浮く左右の鏡を照らし、敵の動向を探ろうと目を忙しなく動かす。
「天空の翼、展開!」
羽ばたくような聖音を鳴らし、軍服マントを翼に変化させたアスラは、迫る蔓の群れに赤い四枚羽を投げつけ、迎撃。
すかさず羽根を抜き取り、照準を見定め、投げつけ、次々と増えるとげ付き緑色の蔓を破裂させる。
「ジュリーさん、私から離れないでください」
「う、うん」
ジュリーもアスラの意見に異論はない。
女の子に守られるのは男としてのプライド云々に関しては、古代遺産文明時代から起動している植物型侵略兵器の前では、自分は風の前の塵に同じ。
非力な自分という現実を見極めて、戦闘のプロの指示に従い、命を大事にするべきである。
「あ、おらも~」
銀河も、ぴょこぴょことアスラの側に近寄る。
強いものに従うのは、生存率を上げる方法としては間違っていない。
「銀河……?」
緊迫した状況だというのに、銀河には変化が見られなかった。
「まるで道化師を演じているようだな……」
ジュリーは思わずボソリ。心のうちが言葉に出てきてしまった。
あ、まずいと口を閉ざすが、地獄耳も完備している銀河にしっかりとその心配事を聞かれた。
パチパチと目を見開き、照れたようにいつもの笑みを浮かべ、
「……ジュリー。おらのこと信じろやぁ。悪いことはしねぇ。ジュリーほどの逸材の雄っぱいを守らねぇで、おっぱいソムリエは語れねぇだぁ」
いつでもどこでもいいおっぱいの味方であるとエロ宇宙人は豪語する。
「……そうだったね、銀河は」
銀河は煩悩まみれだが、邪悪な気配がしない。
けして悪い人間ではないのだ。
ブラッディハートの蔓に襲われ、何を弱気になっているのか。
この状況のすべてを悲観的に考えるのは間違っている。
ジュリーの顔に生気がみなぎる。
「ありがとう、銀河。おかげで少し気が楽になったよ」
「そりゃ、えがった。えがった。それにおら、ジュリーにうたがわれるとつらくなるだぁよ」
危機迫る中不似合いだというのに、自然なやわらかさを持ってフフフと笑う銀河の顔に、ジュリーはほっこりとした。
根拠のない安心感。
ジュリーの強張っていた心がほぐれた。
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