第二十二話 信じることさ、最後に愛が勝つ……って

「そんな……」

 パディとて思うところはある。

 昨夜のスライムとの戦いを見る限り、強大な力を自由自在に操っていたが、彼女センジュの頬は血の気を失って青ざめていた。

 無理をしているのは明白。

 儚げな少女が己の命を削ってまで戦いにすべてを投じていることに、要因の一つであるパディの心が痛む。

「そう、なんとなぁ~くぅではあるがよぉ、このままいくと、センジュはブラッディハートを道連れに自爆でもするのではねぇかぁと、おら心配になるだぁよ」

「自分のわずかな死と引き換えに相手を大量に殺すという戦法か……」

 パディは昨夜のセンジュの戦い方を思い返し、そういわれれば、と思うことも多々ある。

 肉体を簡単に超越してしまうナルシシズム。

 センジュはたとえ死んだとしても、パディさえがいれば、紺碧のディーヴァを使いこなせる復元人間ができると確信しているのだから、なおさらである。

「というてぇも、敵さんをぶち壊さない限り、センジュは何があっても退かねぇだろなぁ」

 愛するもののためならば、喜んで自らを犠牲にしてしまう危うさが、彼女センジュをここまで突き進めている。

「なら、ここは少しでもセンジュの生存率を上げるには……」

 桃色の長い髪をなびかせて、銀河はドヤ顔で言い切る。

「愛、だぁな」

 ピンク色の光がキラキラと輝いた。

「て、適当なことを」

「いや、ここは銀河の言うとおり、愛だよ、パディ」

「ジュリーまで……」

「愛を馬鹿にしてはいけないよ、パディ。試練というものは、もっているすべての能力を使えばクリアできるものだよ。パディがセンジュのことを好きになるのも偶然ではなく必然なのかもしれないよ」

「ンだな。おらの知り合いは言うてぇおったよ、悲劇的な運命に打ち勝つには愛が一番だと」

 銀河の知り合いの中にはまともなことを言う人もいるらしい。

 ちょっと失礼なことを思いつつも、パディの縮こまっていた体がフッと軽くなっていくような気がする。

「そうだよ、こんなに想っているならすべきだよ、パディ」

「なぜ、今このとき、ベストを尽くさねぇだ、パディ」

 仲間のエールにパディの体は震えた。

「わかったよ、ジュリー、銀河。僕、今日中にセンジュにこの想いを伝えるよ!」

「そうだ、よく言っただぁ、パディ。おらたちに感動のエンディングを見せてくれ!」

 馬鹿丸出しだろうと、告白しなかったという後悔だけはしたくない。

 パディは一大決心をしたのだった。


(博士……それに、皆さん……センジュのことをここまで心配してくださるなんて……)

 この会話を耳にしたアスラは幸運だ。

 そして、彼女は思った。博士たちがここまで覚悟を決めているというのに、自分はなんて体たらくなのだと。

 センジュの心を自分では癒さない。

 ならば、センジュを癒せる人に任せればいい。

 自分はその懸け橋になるような行動をとればいいのだ。

「あ、そろそろ部室だ」

 遺産研究会一行は部室の前まで来たようだ。

 そして、遅れて耳にするのは、ドアのノック音。

「はい、博士。センジュ、お昼にしましょう。いいですね!」

 アスラは雑談を聞いていないフリをして、出迎えることにした。

 そして、昼ごはんの話題に一本化することで、センジュの不安定な精神が崩れないように建て直す。

 人間、目的があると、それに集中するしかないのだ。余計なことを考えずにすむだけで、救い上げられる場合が多いのである。

「……うん」

 声をかけるだけで、硬かったセンジュの表情が少し柔らかくなった。

 躊躇せずに、何が何でも話しかければよかったと、アスラは少し後悔した。

 そして、ほぼ同時に思いついたことがあった。

 センジュには、よからぬことを考える暇を与えなければ、良いのではないかと……。

「あと、センジュ。博士のこと、よく見ておきなさい。博士を囚われたことで、ブラッディハートはジュリーを容易く捕らえた。博士がこの因果の起点、つまり原因である可能性は高いのです」

「!」

 原因があり、結果がある……フォーチュンズは因果律を身をもって知っている。

 ブラッディハートを倒そうとするのも、原因の一つだからであり、憎い敵ではあることには違いないが、運命を変えるための事項だと、目をつけているところが大きい。

 もし、ジュリーが生体ユニットとして、取り込まれないために必要不可欠なのが、パディがブラッディハートに囚われないこと、逃げ切ることだったら、それに集中すればいいこと。

 この場合ブラッディハートを取り逃がすことになるだろうが、一先ずはそれでいい。

 パディが無事である限り『引継ぎ』が出来るのだから……。

「博士はいつの時代でも博士です。根っからの、遺産マニアで……私たちの創造主」

「はい……」

「私たちは私たちの得意分野で、彼らを守る。それが最優先です。それこそ、私たちの命ある限り。やすやすと散らしてはいけませんよ、センジュ」

「アスラ姉……それって……」

「センジュ、あなたは博士を舐めすぎです。なので、この護衛任務で博士の『人となり』を学びなさい。お姉ちゃん、命令です」

 センジュにパディの護衛任務を与える。

 そうすることで、センジュはもうパディと離れられなくなる。

 姉の命令に背きにくいのは妹の宿命。しかもその内容が自分の理、心の赴くままのモノならば逆らえない。

 罪の意識や嫌悪感などといった負の感情も、姉の命令という大義名分によって払拭される。

 そして、パディにとっても、告白するタイミングを計りやすくなるのだから、いいことだ。

(このぐらいの悪役、センジュの気が晴れるなら買って出ますよ)

 ずるい女になったものだと、博士は飽きれつつも笑ってくれるだろうか。

 アスラはイタズラが成功した子どものような笑みを浮かべた。

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