第二十一話 コワイ、怖い、未来が、こわい……

 ──一方、こちらは先ほどからアスラに会話が聞こえていることも知らずに、能天気に話し込んでいる、遺産研究会の方々。

 空腹ではあるが、同級生の淡く甘酸っぱい恋心に興味津々である。


「で。少しでもセンジュの好感度を取り戻そうと、ブラッディハートがどこに潜んでいるか割り出そうとしているわけかぁ……イイ格好つけてぇもんなぁ、ガンバ♡」

「パディ……そうだったのか……ならば、いっそ、小生を囮にしてもいいよ……」

「その提案は有難迷惑だ、ジュリー。お前は自分を大事にしてくれ。頼むから。あと、銀河、この事件が終わったら、本当に覚えていろよ。お前だけは許さない……」

 呪詛をはくのは、照れ隠しをごまかすため。

 銀河は完全にテンパっているパディを見ながらニヤニヤする。

「いや~ん。今度は学園中央の鐘の下かぁ。創立時からあるあの鐘が鳴り響く中、愛を囁き合えば、一生幸せなカップルになるとかいう場所」

「そんな鐘の伝説、少なくてもヨーク学園にはないよ! 学園中央にあるのは学び舎だし、鐘があるのは南の偶像にあるの一つだけだし……それに、僕、告白ってどうすればいいのか……」

「あ、センジュに告白をする気はあるのかぁ。よかっただぁ」

「意識と意志があるということは、あとは実行するだけだものね」

「はっ!」

 銀河の誘導尋問に見事に引っかかった、猫耳少年が一人。

「うんうん。そして、告白はきっちり目と目を合わせながら、わかりやすい言葉で伝える。それが一番だ、と思う人、手を上げるだぁ!」

 しかも、当人であるパディを差し置いて多数決をとっていた。

 部室棟の廊下は今、十代の悩める少年の恋愛相談で、盛り上がっていた。

「他人事だと思って……ひどいっ! ひどいよ、ジュリーに銀河!」

「確かに他人事だけど、ほおっておけないよ、パディ」

「んだ。パディ。それに話はこれからだぁ、もっと熱くなれよ!」

「あぁ~う~~~」

 恋に悩める少年は、これ以上ないぐらいマヌケで泣きそうな顔を真っ赤にする。

「ほれ、パディの、ちょっとイイとこみてみたい、ヘイ!」

 銀河にいたっては、宴会コールだ。

「うわぁぁぁぁああん、そうだよ、僕自信ないよ! ていうか、怖いよ、わからないから、怖くて、ガクガクだよ! センジュにだけはあんなやつらに向けてきたような、怖れと軽蔑の混じったまなざしを向けられたくない!」

 それだけは絶対に耐えられない、想像するのも嫌だと涙目で語るパディ。

 過去のトラウマに悩まされる子猫がここにいた。

「それはないって」

「んだ。それだけは安心しろ。センジュのは気恥ずかしくて真正面見られない方だぁよ。秘蔵のエロ本の力を舐めるな!」

 パディの悩みをばっさりと否定。

「イイこと言っている風だけど、銀河おまえのせいだけどな……。でも、そ、そうかな……そうなのかな」

 ここまで断言されると、いっそ清々する。大きかった悩みは、みるみるちっぽけな悩みへと変化する。

「嫌われているって結論に持ってきたのかが、小生には疑問だよ」

「恋をすると奇功に走りやすくなる、つうぅけどぉ」

 部室の仲間たちの暖かい言葉!

 パディのこんらんがとけた!

「……それにしても、どうしてそこまで協力的なの?」

「楽しいからかな。あれだけ横暴だったパディが好きな人を見つけて、戸惑っている姿を見られるなんて思いもしなかったし」

「あ~。わかる、わかる。能力が能力だから、人間不信な傲慢身勝手ボーイになるのもしょうがねぇだとは思ったけど、あれは普通になしってレベルだっただぁ」

「いやぁああ~、僕の黒歴史を掘り出さないで~! 超恥ずかしいぃ!」

 パディは広域視覚能力のため余計なものを見たり、聞いたりしていたために心がひどく荒れていた時期がある。

 漠然とした不安のため、心を閉ざして、親切にされてもいちいち噛みつき、悪いほうへと考えを結び付けていたというどうしようもないネガティブな思想に取り付かれていた。

 人に当たることでストレスを一時的に解消させるのはいいが、ますます心の闇が深まっていくという悪循環を繰り返す、自他共に認める典型的な嫌な奴であった。

「おらたちとこんなゆったりまったりぃ~な部活をしていくうちに、性格が丸くなってよかっただぁ」

「……認める」

 ちょっと悔しいがその通りなのでパディは黙るしかない。穏やかな日常に身を置いたからこそ、ギスギスしたあの空気は薄くなって、能力をコントロールする余裕が出て、こつを掴んだのだ。

(この学園でジュリーと銀河に出会って僕は変われたからな……)

「あ、勘違いするでねぇぞ。ひやかしているわけでねぇだよ。おらたちは、パディが人を好きになれたことを祝福しているだけだぁ」

「ほへ?」

「んだ。特別な感情を持つまで人として成長したパディには、是非ともがんばって欲しいだぁよ。だって、センジュには死相が出ているし」

「あ、小生もそう思っていた。なんか思いつめたような、死地に向かう戦士って感じがしていて……正直怖かった」

 冷静な第三者の意見である。

「そ、そうかな……」

 パディは広域視覚能力に絶対的な自信があるためか、その力で判別できないもの──勘や霊感、人の感情といったものに疎いところがある。

 悪くいえば鈍感である。

「危険な香りがするのはフォーチュンズだからだと思ってはいたけど……」

 暴走する運命の遺産と戦い続けているという伝説通りならば、そういう雰囲気がしていて当たり前だという先入観もあった。

「小生らが先に会ったのがアスラだったからかな」

「ここははっきり言うだぁ。センジュは危うい。勘だけどなぁ」

 比較する対象が違うと気づきにくいものである。

 ジュリーと銀河は、アスラを基準にしてセンジュを見ている。

 センジュ自身そのものは怖くはないが、彼女の顔ににじみ出ている決意の固さ、彼女の背後に見え隠れしている『未来』の気配は恐ろしいと感じたのだ。

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