第十五話 恋ボケ初体験

 ──ヨーク学園は三人の創造主によって造られた学び舎だ。

 そして、生徒を、未来を守るのは、四人の偉人。

 イングンロ王国を導き、つないだ四人の偉人。

 知恵を伝え、愛情を注ぎ、次代を信じ、基盤を立ち上げた。

 本を授けましょう。

 華を授けましょう。

 肝を授けましょう。

 礎を授けましょう。

 四人の偉人はそれぞれの象徴を携え、君たち生徒を守護している。



 ──翌日。

 大量の蛍光色スライムとの戦いから一晩明け。

 銀河に秘蔵のエロ本を発掘・公開させられ、精神的なショックを受け、人生初の貧血失神を経験していたパディであったが、さすがに起きた。

「おはよう、パディ……あ」

 ルームメイトのジュリーが何とも言えない表情で、言葉を交わしてくれるが、その惨状に思わず目をそらしている。

 パディも他人事であったら、目をそらしていただろう。だが、自分に降りかかったことなので、受け止めるしかない。

 寝起き直後に部屋にあるコンセントに足が引っかかり、ゴミ箱に頭からダイブするという荒業を運悪く成功してしまったという事実を……。

「おはようジュリー……大丈夫だよって言いたいところなんだけど、僕、もうダメかもしれない……なんかとっても熱い気もするし。でも、風邪じゃない。でも、フワフワして、頭がボーとする。これは、僕がダメになったなのかなぁ、なんて思ったりして……」

「しっかりしろ、パディ。これぐらいシャワーを浴びて、朝食を食べれば、吹っ切れるよ!」

 ジュリーはパディをゴミ箱から救い上げ、猫耳にひっかかったバナナの皮をとりながら、励ます。

 性癖をあのような形で公開されたのだ。

 それはもう、この世の終わりを感じるぐらいの絶望を味わったに違いない。

 生きているのが辛くなるのは、わかる。

 パディにとってはこれ以上ない悲劇だろう。

 だけど、それは思春期少年の特有のナイーブさによるものだ。大人になれば、これぐらいのエロス、セサミ・オープン余裕デースと思っている方が圧倒的に多いだろう。吹っ切れるのもまた大人。

 大人って汚いものさ。

 だから、そんな死にそうな顔をするな。生きろ、ソナタはネガティブすぎる。

 だいたい、すべては銀河ってやつのせいなんだ。

 挫ける暇があれば、あのエロ宇宙人をどうにか抑える方法を一緒に考えるべきだ。

 ジュリーは口には出さないが、そんなことを思っていた時、バタンと引き戸からいい音を鳴る。

「にゃっぽぉ~いぃ、グッドなモーニングだぁ!」

 なぞの挨拶とともに銀河が部屋に入ってきた。

 こいつは、親しき仲にも礼儀あり、ということわざを、頭に刻みこんでおくべきだ。

 パディとジュリーの心が一つになった。

「今日の朝食はなんとアスラとセンジュが作っているぞ! 伝説のフォーチュンズの手料理! 遺産研究会として、喜び勇んでダイニングテーブルに行くべきだぁよ!」

 言っていることは腹立つぐらいに正しい、銀河。

 いつもなら、沸点の低いパディが銀河に対して嫌味の一つや二つ返しているところだが、今はボケラ~と天井を見ている。

 今のパディは『心ここにあらず』という言葉の、実例標本といっても過言ではない。

「お~い、パディ。低気圧系にキャラチェンジする気なのかぁ?」

 冗談を言いつつ、目の前でパタパタと手を振っても無反応。

「どうしたん、いつものパディじゃないだぁよ?」

 ナイスなつっこみがなかったことに、銀河はどうやら不満らしい。

「ンむ~、とりあえず紳士的にヒゲだぁな」

「やめてあげなよ!」

 黒い油性ペンを持った銀河を静止するジュリー。

 とりあえず、黒ヒゲ危機一発ルートは回避した。

「なら、ジュリー。何か知っているかぁ?」

 ここまでパディが重症だと、銀河といえども、心配するようだ。

「えっと……。今日のパディは調子が悪いのは認めるよ。こんなにボーっとしたり、時折、何を想像したのか知らないけど、急ににんまり微笑んだり……。そういえば、頬が赤いような気が……でも、熱はないよ」

 季節はずれの風邪でもひいたのかと心配になったが……。

 挙動不審なパディにどうすればいいのか、対応に困っている。

「ふみゅ、みゅにぃ~ううん」

 改めて銀河はパディをじっと見る。グルグル眼鏡越しのいつもの冷ややかな琥珀色の目は、らんらんと輝いている。

 具合が悪いのなら、こんなに熱い光はないはず。

 ならば、考えられるのは……。

 少女に備え付けられている乙女センサーがビビビッと何かを感じ取った。

「ふみゅ。パディ、もしかして恋をしているだかぁ?」

 ブッ。

 噴出した、パディ。

 変なのは認めるが……。

「ぼ、ぼぉぼぼぼく、が、が、こ、こ……こぉおおおおぉぉぉ!」

「何いっているのかわかんねぇだよ。深呼吸してから、ほれ、もう一度」

 銀河はいったん落ち着けと、珍しく顔を真っ赤にして取り乱すパディに助言。

「そ、そううっぅだねっ」

 言われるまま、スーハースー。パディは呼吸を整えてから、テイク・ツー。アクション!

「僕が、恋だって! な、何を根拠に!」

「恋するのに根拠もクソもあるかいな。パディ、おめぇは確実に恋しているだぁよ。おらだって曲りなりとも性別女だ。こういうラブ電波には敏感でぇよ。だいたいこんなに取り乱しておいて、んなことねぇという方がおかしいだよ」

 統合すると、恋わずらいと診断するしかない。

「……くっ、そう言われればそんな気がしてきた」

「で、相手は誰だ……といいてぇところだけど、センジュだぁな~ウリウリ」

「決めつけ!」

 パディの好みの女性のタイプの傾向を考えれば、答えは自然と出てくるものである。対策もバッチリな銀河の模範的な解答に隙はない。

「へ~、パディがセンジュを……小生、応援するね」

 興味津々の顔でエールを送る親友。

「ちょっと待ってよ、なんでそんなノリノリ!」

「え~、センジュと二人で森の中でイチャイチャしていたのにぃ~?」

「あ、あれは……迎えにいっていただけだし」

「そのわりには遅かったじゃねぇかぁよ」

「それは、スライムに襲われて……」

「襲われていたのは知っているだぁよ。んでも、なんかこう、胸がキュッとでもしたんでねぇか?」

「……あ」

 銀河の言葉に反応するようにパディの胸がキュッと絞まると、戦乙女として立ち振る舞ったセンジュの姿が頭に、そして心に浮かぶ。

 美少女に抱きかかえられているのだから興奮するし、化け物に襲われているから恐怖で震えている。ドキドキするのは仕方がない状況だったのは認める。

 なのに。

 この心臓をわしづかみされるような感覚はなんだ。

 戦乙女の腕の中で守られていたことを思い出すだけで、トクントクンと甘く切なく鳴り響く。

(昨日の、センジュ……すごかったよ。とっても、すごかったよ。凛々しく、きれいで、かっこよくて……)

 つり橋効果もあるかもしれないが、ドキドキした。

 胸にズズズキュ~ンとしたものがあった。

 あれ、ここまでくれば恋以外に説明できるものないかも。

 ペロペロしたいとか、未来の僕グッジョブとか、ムラムラするとか……センジュは魅力的だ。

 むしろ、魅力的なセンジュがいけないだとか言って、自分の理性をパーンさせてもいいのでは。

(したい、つうか、しろということだよね、普段信仰しない神様! って、うわ、キモ。これ、ひく。僕、ここまで考えちゃうの! 変態か、僕!)

 パディは浮き出てきた新たな自分の側面に困惑し出す。

「でも、でも、これって変じゃないかな。会ってまだ一日もたっていないのに……」

 とりあえず、すれすれの理性から引き出された問題を言ってみる。

 そう、センジュと出会って間もないのだ。

 ハスハスしていいのかについては、おいといて。こんな短い時間で好きになってもいいのか。恋してもいいのか。

 誰かの許しが欲しくてしょうがない。

「パディ……一目惚れという言葉も、あるよ」

「ジュリー……。でもでも、フォーチュンズは事件が片付くと未来に帰るだろうし。だいたいセンジュは僕のこと親として慕ってくれているようだし……」

 未来のパディは、彼女たち復元人間姉妹を造った博士だ。

 だから、パディを見る目は親愛と憧憬に満ちている。けして恋愛対象というものではない……と思われる。

「パディ……でもさ、こんなに思いつめることもないと思うよ。たしかにアスラやセンジュにしてみればここは過去の時代だろうけど、小生たちにとっては今だよ。好きなら好きって伝えたほうがいいよ」

「実にストレートォでダイレクトォだな、ジュリー。まぁ、そこがいいだぁ」

 弱気なパディに叱咤激励する仲間たちがここにいた。

「ジュリー……銀河……」

 青春時代の王道イベント、恋愛。

 多少普通とは違うが、こんなイベントが訪れる日が来るなんて、感動して、ついつい目から汗が出てきた。

 部活動していてよかったと、学生三人は、アスラに朝食が出来たと告げられるまで、パディの恋の話で盛り上がったのだった。

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