第十六話 遺産研究会は日常(模擬戦)を忘れない
──朝食が終わり。
復元人間姉妹は蛍光色スライムが大量に発生した森の中に向かっていった。パディ達、遺産研究会のメンバー達は、色々と思うところはあるのだが……姉妹の邪魔になりたくないという思いが一番強かったので、いつも通りの日常を送ることにした。
日常である。
ただし、今日学園は休みである。授業はない。
その代わり、休日だからこそ練習に精を出す運動部や、備品がそろっている学校の方で活動する文化部で学園内はそれなりに人がいる。
遺産研究会も、休日ならでは特別な活動がある。
それでなくても、休日は大会などで遠征に行った格闘系の部活から、練習場を借りるチャンス。
魔法の力で多少建築物を壊しても直せるとはいえ、推奨されている場所とそうでない場所では、術式の発動しやすさも異なる。
特に血気盛んな奴らのための練習場は、周辺の迷惑にならないようにと、結界も張られている。
ドンパチするには最適なのだ。
では、なぜ遺産研究会がそういう場を借りて訓練するかというと……。
遺産探索は調査中、古代遺産文明時代のセキュリティーシステムが起動し、ドリュアスを始めとする、ガーディアンユニットがよそ者を排除しようと襲ってくることがある。
もちろん、遺跡の研究者の方も、それなりの戦闘手段を用いるのが定石である。だが、腕に覚えのある者……冒険者や傭兵などを雇って、連れ立って遺跡に行くものも多い。
ジュリーと銀河は研究者の壁役になるのに、都合のいい体質の持ち主だ。
だが、ただ体質だけで物事がうまく進むわけがない。
技能や素質に合わせた戦闘能力訓練を行なったほうがいい。
だから、本日は、普段レスリング部が使用している屋内訓練場を借りて、汗を流すことにしたのである。
「ジュリー、今回もよろしくだぁよ」
銀河は軍手をはめ、木刀を構える。
小豆色の芋ジャージ姿なのは、彼女の故郷(くに)ではこれが学生の運動着の定番らしい。
なお、名前入り。ただし、山田ではなく、違う苗字らしいが……ゼッケンに書いてある文字がほぼ色落ちしている上に、漢字圏じゃないパディでは読めない。
そして、この芋ジャージ、親戚のお下がりらしい。
留学生がなんとも貧乏くさいと思われるだろうが、動きやすさと壊れにくさ……あと、破れてもいいダサい服となると、これ以上のものがないとのこと。
銀河が素っ頓狂なのは、いつものことなので、これ以上気にすることはないだろう。
「こちらこそ。よろしくお願いするよ」
対してジュリーは徒手空拳。
ただ、こちらも破れてもいいようなおんぼろ服装である。
「じゃぁ、とりあえず……チェストぉおお!」
先に動いたのは銀河。ゴーレムどころか、身軽さが売りの種族でさえも、彼女の速度についてこれるか難しいところだ。
彼女は真上から木刀を振り降ろす。軌道が読みやすいので避けやすいのだが、そもそもこの一撃で終わるわけがない。
読み合いは、これからだ。
「ふんっ!」
ジュリーは右腕をショゴスの本性である粘体質に戻すと、銀河の木刀を掴み取ろうとする。
試合なら許されない行為ではあるが、遺産研究会は実戦形式。武器を奪う、破壊するのはもちろん有効だ。
だからこそ、壊れてもいいようなものだけしか着込まないし、持ち込まない。
「そうくると思っただぁ」
銀河は己の柔軟性と身体能力を駆使して、蹴りを放つ。
靴の先には運動靴にはあり得ない鋭利な銀色の光。靴に刃を仕込むとは、ずいぶんと足癖が悪い。
「相変わらず芸が細かいな、銀河。ニンジャってやつかい」
「んだなぁ~。おらは忍者の末裔だって、聞いたことがあるだぁ」
平然と隠し武器を持ち込む銀河に、ショゴス属特有の粘体と粘液を駆使して、回避したり防いだりするジュリー。
本気の殺し合いではないが、実戦形式の手合わせは、見る者を冷や冷やさせる。
「……銀河もジュリーもすごいよ、本当」
広域視覚能力のパディは何とか二人の動きが見える、わかる程度だ。
そして、わかる=回避できるとは限らない。特に先ほどの銀河の蹴り、猫人のパディでも避けれる気が、全くしない。
「つうても、小細工は小細工。メインウェポンの木刀技能を輝かせるためのサブだぁよ!」
ジュリーの拘束から逃れた木刀が跳ね上がるように動く。狙うのは首。
ショゴスのジュリーには致命傷にはならないが、頭と胴体が別れると数分はまともに動けなくなる。
そのため、この模擬戦でのジュリーの敗北条件は『銀河に首をはねられる』ことである。
木刀で粘体質とはいえ首をはねる腕力。いや、技能なのか。どちらにしろ銀河の身体能力には驚かされる。
「おっと、危ない」
ジュリーは体を後ろへとそらすことによって避けた。そして、その体勢のまま、今度は利き足を粘体質に戻し、
「そぉれぇっと」
大きな投網を形態模写し、銀河を包み込もうと襲い掛かる。
銀河の敗北条件は『ジュリーに拘束される』こと。
組み付かれるのも拘束に入るのだが、隠し武器も警戒しなければならないとなると、人間体のままより種族特性の粘体を上手く利用して捕らえるほうが訓練になる。
「だぁ、受け流しっ!」
銀河は器用に木刀を使って、流れるように投網の軌道を変える。反射させなかったのは余裕がなかったのか、それとも次の一撃がもう決まっていたのか。
銀河は鋭い目つきをすると踏み込む。
繰り出されるのは、突き。しかも連撃だ。
ジュリーはそれを首を捻ることで敗北条件から逃れ続けるのだが、無傷ではいられない。首に細かい傷がつき、動かすたびにその数が、長さが増す。
まるでミシン目。
一つ一つは切れ込みと言えども、多くなりすぎると、銀河が繰り出す突きから発生している風圧だけで、パックリと切り取られてしまいそうだ。
「振りかざすだけが、能じゃないってことか」
「もちろん。そりゃ、おらだって一撃必殺にかけてぇけど、いつもそれでうまくいくわけねぇからなぁ。せっかくの訓練なんだぁ、色々試しとかねぇとなぁ!」
風が舞う。
銀河の木刀がジュリーの首を突き刺す。
同時に首にある細かい傷が裂け、肉塊どころか玉虫色の粘液状になって四散、後は重力に従ってボタボタと床に落ちていく。
「さすがに首そのものが無くなったら、胴と切り離されるしかないね」
首という頭を支える器官を失ったため、木刀の上に上がるしかないジュリーの頭。
銀河の勝利である。
「首がないのに、生首とはこれ如何に。再生するまでは休むだぁよ」
粘液状となった首の回収と再生は胴体に任せて、銀河はジュリーの生首を持って、見学席のパディのところへ向かう。
ジュリーの種族ショゴスを知らないと、粘液が飛び散るスプラッター系ホラーにしか見えない光景。
が、遺産研究会のメンツは見慣れた光景なので、動揺もなければ恐怖もない。
「録画もここでストップだね」
パディはグルグル眼鏡のスイッチを押す。すると、小さな結晶体が手元に現れる。
実はこのグルグル眼鏡遺産には録画機能も備わっている。録画したデータは、爪ほどの大きさのかなり薄い結晶体になって現れる。
この結晶体は通称リトルメディアと呼ばれ、市販のビデオカメラよりも鮮明な記録媒体から、遺産の学術研究者の間では重宝されている。
リトルメディアは眼鏡のフレームに再びを入れれば、再生可能。他にも再生可能の遺産があることから、互換性が高い。
まだ推測の域だが、アスラの鏡もリトルメディアを利用できるだろう。
パディは職人に作らせた特注のピルケースに、リトルメディアを収納する。
ボールドウィン家の紋章など細かい装飾を施されているソレは、いいとこ出の貴族様の持ち物らしい持ち物であった。
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