幕間劇 センジュ誕生秘話
──いつの記憶だったろうか。
銀色の壁一面を覆うのは、数多の液晶モニターもといコンピュータ。床を埋め尽くす、淡い光を放つどことなく怪しさを漂わせた機械群。さらにそれらを繋げているのは無数の色とりどりのコードという、宇宙船のような、近未来的な空間。
正式名称・ボールドウィン復元人間研究所。
通称・フォーチュンズラボ。
この場には定期検診のためアスラと、フォーチュンズの最高責任者であり、その生みの親パディがいた。
「博士、この子が新しい復元人間ですか」
アスラは一つのポットに目を向けていた。
硝子の大きな入れ物に入った淡いグリーンの液体に浮かぶ、小さな小さな胚。アスラの声に反応したのか、コポ……コポ……と弱々しくも生命の音を響かせた。
何者ものにも成れて、まだ何者でもない、
遺伝子の配列の関係上、アスラと同じく女性になるとは思われるが、その能力と容姿はまだ解析中だったはずだ。
パディ博士には珍しく途中なのに、造ろうとしている。
それは残されている時間が少ないからなのか、それとも……。
「ああ。境界のディーヴァの装着者になる予定の子だよ。でも、ね……歴代装着者中かなり異質にならざるをえない子だ」
境界のディーヴァの装着者は、エスパータイプであること。
エスパーはサイコ
属性ははっきりしているのだが、その汎用性と力強さは超能力社会によって『ありえない』数値なのだ。
「魔法タイプのアスラじゃわかりづらいと思うけど、超能力は力と汎用性が反比例しやすいんだ。力が強ければ強いほど、発動条件が厳しく使い道が限定されてしまう。逆に僕みたいに物理的な力はないものは、発動条件が緩くて、影響範囲が広い。だけどね、境界のディーヴァはこの超能力反比例の法則をまるっと無視できる……遺産なんだ」
「ならば、この子は、超能力が強くなるだけでは」
「あ~、うん。普通に考えたら、そうなるよね……。でも、ソレは最適解じゃない。僕自身、僕にとっては息をするように当たり前の広域視覚能力は、このグルグル眼鏡ぬきじゃ、モヤがかかっているかのように、漠然としかわからない。遺産の力によって、やっとくっきりと見えるようになっているんだ」
広域視覚能力自体の資質自体はパディに元々備わっているのだが、超能力として使える力にまで押し上げるには遺産が必須だった。
「遺産によって超能力が強化されているという訳ですか」
「境界のディーヴァにも、超能力強化システムが組まれている。そして、同時に発動条件緩和システムも組まれている……これを意味するのは、理想的な適合者は相反するはずの超能力を複数所持していることになる」
「……超能力をコピーできるエスパーですか?」
いないこともないが……。
「それもちょっと違うかな。超能力のコピーはどうしても劣化・欠落してしまうんだ。パッと見じゃわからないぐらいの差異だけど、少なくてもジュリーはその差異を見つけて、無効化していた」
ジュリーは、コピー能力者の超能力を無効にする能力者と勘違いされていたぐらいに……本能的に超能力の仕組みを見極めていた。
ブラッディハートの生体ユニットに選ばれたのは、ショゴスであることよりも、その見極め、解明能力を取り込むためだったと思われる。
「境界のディーヴァの最適な適合者は、古代遺産時代でもいなかった。ゆえに、境界のディーヴァを十全に使いこなせるエスパーを造り出せない」
復元であるゆえの壁が立ちふさがっているのだ。
「つまり……私たちに合わせた子を選定しなければならないというわけですか」
「そうなるね」
境界のディーヴァの装着者を造るのは絶対条件だ。
最適解の復元人間を造るのはあきらめたが、ブラッディハートを倒すためだけに絞れば、出来なくはない。
パディはそう結論付けて、境界のディーヴァ装着者の復元人間製造計画を実行した。
「時間跳躍能力は絶対として……固定武器の光輪をどう使わせるかがネックかな」
光輪は装着者のサイコ波動に反応して、変化する兵器だ。
「手数を多くするか、想定値のダメージ二倍を狙うか、命中率を上げるか……それによって、この子の調整が決まるな」
ポットの中の胚を見つめながら、パディがつぶやいた時だろうか。
ラボの自動ドアが開く音がする。
「話は聞かせてもらった!」
緑色が主体のファナティックスーツを着込んだ少年がズカズカと入ってきた。
フォーチュンズの一人だ。
極東の島国、ジャポニン出身で、忍者をモチーフにしたファナティックスーツ『渡世のシノビ』の適合者。
パディの目では、少年の学名は霊超目ヒト科ヒト属。
魔法も超能力も異能もルバ・ガイアでは基準値未満なのだが、遺産適合率が断トツのため、かなり強い。
うっかり語彙力が死んでしまうぐらい、強いのである。
しかもアスラみたいな人工的な適合者と違い、天然もの。
それで、どうしてここまで上手くファナティックスーツに適合できるようになったのか……人体の神秘を見せつけてきた少年である。
彼の遺伝子情報がなければ、境界のディーヴァの復元人間は作れなかったぐらい、重要な人物でもある。
「風魔……」
少年は一応『風魔小太郎』と名乗ってはいるが、本名かどうか危うい。
なぜなら『風魔小太郎』はジャポニンの中では有名な忍者の名前だからだ。偽名、もしくは、あやかっている可能性が高いのである。
そもそも風魔は時間跳躍能力を持っているので、パディと同じ年代の人間なのかも眉唾物である。
なぞ多き人物。
それでも、フォーチュンズの活動には賛成し、メンバー入りを果たした、心強い仲間である。協力者はある程度警戒してはいいが、邪推してはいけない。組織の鉄則である。
「ノックぐらいしてくれないか!」
「君と俺との仲だろ。気にするな、宇宙は広い!」
「そりゃ、信用しているけど、いきなりは心臓に悪い……」
ただ図々しいだけかもしれないが……。
「そうか。それは済まなかった。ごめん」
素直に謝る君が眩しい。
パディは思わず瞬きした。
「それはそうと、俺としては、手数を多めにしてほしいな。他の二点は俺たちの力で補える可能性が高い」
風魔はどこから話を聞いていたのかというぐらいに、ストレートな言葉で実働部隊のありがたいアドバイスを送ってきた。
実に判断が早い、早すぎる。
「俺たち、か……」
「そうそう。パディも老体に鞭をうって決戦に参加するんだろ。なら、俺たちフォーチュンズに足りないフォースを補える子をメンバー入りさせたほうが、連携を強化できる可能性がある。可能性論で悪いけど、俺たちは互いの長所を生かしあい、短所を補う戦い方をするしか、勝ち目がない」
「うん……そうだね……」
風魔の怖いところは、速い決断力もあるが、それ以上に妙に老成した言葉を紡ぐことだ。
明らかに熟練された思考。
少年の見た目に反した頭脳と精神に、本当にこいつ、何歳なんだと、パディも何度も思った。
だが、ファナティックスーツ適合者が見た目通りの年齢とは限らないし、歴代装着者の記憶が流れ、今生の装着者に学習させる機能があることも知っている。
それでなくても時間跳躍者だ。様々の影響を受けて、精神が老成したとしても当然の流れだ。
それに……大人な精神が多くの女性を虜にした。
風魔のことをもっと知りたい、仲良くなりたいという下心ありでメンバー入りしてきた、女性ファナティックスーツ適合者もいる。
フォーチュンズに所属している女性陣の半数以上の心を盗んだ、ふてぇ野郎なのである。
モテ男が……。
パディの周りは、どうしてか、思わず嫉妬してしまうぐらいの、いい男が集まりやすい。
イケメンなセリフに意図せず複雑な顔をしてしまうことぐらい、許してほしい。
「そうですね、風魔、博士」
パディ博士が寝言で、知り合った歴代イケメン男たちに嫉妬と自己弁明しているのを知っているアスラは、思わず口元をゆるめる。
パディもいい男なのだ。ただし、それは父親的な包容力であって、恋人や伴侶としてモテモテの風魔とはジャンルが違うのである。
傷ついた心を癒されたいとき側にいて欲しいのはパディ、パートナーとして魅力的なのは風魔。
ファナティックスーツ装着者は総じて自己も力も強いものが多いため、癒しよりも同じ土俵に立てる強者である風魔にラブコールを送るわけなのである。
好みの違いって大事なのだよ。
異性にはわかりづらいのですよ。
「現場の意見は取り上げるべきだね、それじゃぁ、手数を第一にして……」
パディは軽快なリズムでコントロールパネルを開くと、復元人間のデザインを始める。
決定するのはこれから数日後になるが、対ブラッディハート戦の切り札であり、長い間博士のボディガード役を務めることなる、境界のディーヴァの適性者、センジュはこうやって形作られていった。
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