第十四話 今日は本当に長い放課後だった……

「……」

 センジュは金色の手を光輪へと変形させる。

 ボタボタとスライムの千切れた塊が落ちていくが、地面に接するとともにそれらは瞬く間に煙となって消失。

 あれだけ豪壮に戦ったというのに何も残すことなく、虫の音声がするだけの静寂な森へと戻っていった。

「これで僕の見渡す限りスライムはいなくなったね」

 見間違いはない。

 慎重に目を凝らして探索した結果なのだから、と自信を持ってパディは言い切る。

「そっか。よかったぁ~」

 敵がいなくなったことだろうか。

 パディを守りきれたからなのだろうか。

 その安堵した表情は柔らかく、センジュは年相応のあどけない笑顔を浮かべた。

「あ、センジュ。この顔も……すごくいい」

「え……」

 不意にパディが声を弾ませる。

 恐怖の対象であるブラッディハートの尖兵スライムを消失させ、元の穏やかな空間に戻ったのでテンションが高くなったのだろうか。

 パディの顔は心なしか赤く高揚している。

「あ、へ、変な意味じゃなくて……。え、えっと、つまり、その。いや。ま、まずは下ろしてくれないかな。恥ずかしいし……」

 パディはなぜか焦っているようで、支離滅裂な会話である。

「そうなのか、パディ」

 センジュは不思議そうに腕の中のパディを見る。

「うん、そうだよ、センジュ。抱きしめられたまま男子寮に向かうわけにはいかないんだ!」

 相手がフォーチュンズの戦乙女だろうと、思春期男性にとって女性に抱きしめられたままでいるのは、恥ずかしい。

 穴があったら入りたい!

「……わかった」

 センジュは少し名残惜しいのだが、パディがそういうならば仕方がない。

 そおっと、ガラス細工の人形を扱うように優しく地面に下ろす。

「~~~~!」

 更に居た堪れなくなる、パディ。

 戦闘能力皆無だけど、これとそれとは話が違うのである。

「と、とりあえず、ジュリーの作った夕飯を食べよう。うん、ご飯はいいよ、ご飯は」

 先ほどの、落ち込んでいたセンジュを優しく接していた優雅さはログアウトしてしまった、パディ。

 こうなれば、この熱を抑え込むエネルギーを確保するため、腹を満たすしかない。

 やや強引であるが、話を切り出す。

「……パディがそういうのなら……」

 倒し切ったとはあれだけ大量のスライムとの実戦をみたのだから、混乱しているのだろう。

 センジュはセンジュでそう結論づけて、パディの後を黙ってついていく。

 ブラッディハートの尖兵たちとの戦いを終えた二人は、とりあえずジュリーたちが待っている男子寮へと向かったのだった。

 胸の奥の加速するドキドキに戸惑いながらも……。



◇◇◆◇◇


 ──ヨーク学園男子寮。

 コトコトと煮込んだ鍋料理。その合間にサラダを作っては、テキパキと料理を食卓に広げる、ジュリー。

 部屋に戻ってきたのだからと、ファナティックスーツである執事服から、部屋着にエプロンと質素な姿になっている。

 野菜は全て皮を剥いて鍋に放り込んで、色素が抜けるまで茹でるもの……と思い込んでいたパディは、当然のように料理の腕は壊滅的。

 ここ最近は考えを改め、向上したが、孤児院でほぼ毎日料理を作っていたというジュリーに勝てるわけもなく、今日みたいに隠れて多人数で食事をするときは、必然的に彼が調理役を買って出るのである。

 大忙しである。

「ん~、ジュリーの料理は相変わらずうまいな~。おら、感激だ~」

 同様にこちらも普段着姿の銀河。ペロリとお玉ですくって味見をする。

「ありがとう……て、銀河、いいのか忍び込んできて」

「嫌だな~いかにして男子寮に忍び込むかと、このルートを割り出したのは、おらだぞ」

 おかげで、アスラも無駄に能力を使わずに入り込めている。

「それに、一人で作るよりも二人で作ったほうが、効率いいだぁよ」

「そうだね……」

 五人前になってしまったが、正直メシウマ属性持ちの助っ人はありがたい。

 ジュリーが強く言えないのは、そこにある。

 一方、銀河はルームメイトにはすでに手回ししたから点呼は大丈夫、フフゥ~フッフフ、フフ~ン♪ っと、鼻歌交じりに、皿を用意する。

「それに今宵は麗しの戦乙女もいるという、おいしい場面をスルーできるかいな、なぁ、ナスカ」

「え、観賞植物(ナスカ)も来ているのか!」

 見れば、テーブルのど真ん中を、観賞植物が陣取っていた。

 しかも、妙に誇らしげである。

 エフェクトがあったら、キラキラと輝いているに違いない。

「いや~、咲きそぉなんでぇな。部室からもってきただぁよ」

「咲いた花を見逃したくないのはわかるけど……」

 ジュリーも銀河がナスカを大切にしていることはもちろん知っている。

 しかも、このナスカを育てている理由が……ホワワワ~ン(効果音)……。


 ~回想~


「イングンロ王国に行くんだって、銀河」

 右に八重歯が生え、目をくりくりさせた、妖精のような愛らしい見た目の子供が、大荷物を持った銀河に近付いていく。

「うん」

「なら、これも持っていけよ」

 差し出されたのは、お守り袋……いや、これは包装だ。

 このお守りでも十分出来はいいのだが、本命は中身だというのがわかる。

「これは……」

 銀河は開いて確認すると、そこには黒い粒上のものが入っていた。

「種だよ。大雑把な銀河じゃ、上手く育つかわからないけど……」

 憎まれ口をたたきながら、プイっと顔をそらす。

 典型的な子供らしい素直になれない態度に、銀河は心の中でかわいいと叫ぶ。

「ん。ちゃんと育ててみせるよ」

 お守り袋を閉じ、銀河は体をかがめ、子供に視線を合わせる。

「そうだ、どんな花が咲いたか、ちゃんと伝えるから。その日が来るまで、よい子で待っているんだよ」

 ポンポン。なでなで。

 子供は顔をうれしそうに赤らめる。

「あ、当たり前だろ。銀河には、報告義務があるんだからな! これから大変になることはわかるけど……忘れたら、怒るからね!」

 粋がってもやっぱり子供。

 寂しさをごまかすのが下手だった。

「ふふ。ありがとう、那須珂(なすか)」

 銀河は種が入ったお守り袋を首に下げ、目的のために旅立つ。

 これから先は茨の道だ。

 どんな困難が待ち受けているかわからない、不安しかない道。

 それでも、希望がある限り……銀河は突き進まずにはいられない。

 だって、ソレは信念だから。

 銀河が銀河であり続けるための、最高の信念なんだから!

「さぁって、おら、異国でも頑張るだぁよ!」

 銀河は門出の前に自らを励ます。その掛け声とともにキラリとお守り袋が光った。


 ~回想終了~


 と、いう……ありがちなエピソードだけど、胸にジンとくる旅立ち方をした銀河・山田。

 孤児院出身のジュリーはこの手の話に弱く、ついつい観葉植物(ナスカ)の世話をしたり、アドバイスを贈ったりした結果、愛着がわいてきている。

 なお、銀河がお守り袋を肌に放さず持っていることも知っている。初期アイテムの種こそないが、クリップやらヘアピンなどを取り出しているのを見たことがある。

「食卓が彩るからええやぁん。植物だって穏やかな会話を聞きながら水を吸収したい時だってあるだぁよ」

「うぅ~ん……ま、いいけど……」

 ジュリーはお鍋をかき混ぜる作業を再開しだした。

 うん、とろみも出てきて完成間近だ。

「それにしても、博士……センジュを迎えにいったとしても遅すぎないでしょうか」

 煮込み料理を作れる時間まで、となるとアスラも心配する。軍服のままだが、ジュリーを守るためにいるのだから仕方がない。

「ん~、しっぽりでもやっているでねぇか。なんたってセンジュはパディのまさに理想だしぃ」

「こ、こら銀河!」

 いくらなんでも言いすぎだとジュリーが諌めようとするが、図にのった銀河には馬に念仏。

「まぁまぁ、愛を語り合うのはええことだぁよ。多少の問題があっても、すぅてき~な結晶が生まれてくるものだぁ。物理的に」

「妙に生々しいよ、銀河」

「もう、ジュリーったら。知っているンだぁ~。いやらしぃ~」

 エロ宇宙人には言われたくないが、言い負かされるのが、オチなので押し黙る、ジュリー。

 忍耐力が人一倍強い男である。

「そりゃ、歳も歳だし。同じくパディもこういった参考書があってもおかしくねぇだぁ。お歳ですからねぇって♪」

 といっても、いたずら心が活発化してしまっている銀河の行動は大胆になっていく。無断でパディの部屋を捜索開始。

 無駄に高い銀河の技能により、部屋の主が所持しているエロ本やらグラビア写真集が発見され、取り出されていく。

「こ、これは……」

 赤らむアスラ。

 初心な反応に気をよくしたのか、自重しない銀河がヨレヨレになった雑誌の中身を見せる。

「この通り、秘蔵の本なんかは黒髪にスラリとしたボディの美乳娘っこが多いだぁ。ほれ、これなんかもうこんなにガビガビだし、のり付けしたみたいになっとるし」

 なぜ秘蔵なのに皺くちゃになるのかについては……気にするな。宇宙は広い。

「……同室の小生も知らないことをなんで銀河が知っているのだ」

 好みの女性について夜通しで語り合ったことはある。きわどい水着姿のアイドル写真集を貸し借りしたこともある。

 だけど、秘蔵のエロ本の隠し場所を教えあうことまでは踏み込んではいない。

「とにかく、銀河、元の場所に戻して来い。こんな光景をパディが見たら、ショックで卒倒しかねないだろ!」

 刺激的な雑誌をこう広げられたら、思春期の少年は悶絶間違いなしだ。本当にパディがいなくてよかったとジュリーは思った──その時だった。

「NOOOOOOOOOOO!」

 バタン。

 どこからともなく、誰かが倒れた音がした。

「パ、パディ~~~!」

 さらにセンジュの泣きそうな声が後ろから聞こえてきた。

「……時すでに遅し、か……」

 もう、何も言わなくてもわかる。玄関先にはピクピクと殺虫剤をふきつけられた直後のゴキブリのように、ケイレンしている猫耳少年がいるというぐらい想像がつく。

 人格のかなり深い場所にクリティカルヒットをくらったパディが、生まれて初めての貧血失神を体験したところで、夜が更けていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る