第十三話 センジュ&パディVS蛍光色スライム
ギシッと不意に枝がなったのは、その時だった。
強い風は森にいるものすべてに吹きつけ、葉をザワザワと揺らしている。
木漏れ日も地面が揺れている。目の前のブナやオークの木から、何かの重みに耐えかねているような音が聞こえたのだ。
それ以上にセンジュが気がかりなのは、禍々しい気配。
仇と同じだと感じ取ったセンジュは、盛大に顔をしかめ、怒りに身を震わせる。
「来る……光輪!」
パディに抱きついたまま、センジュは聖音を奏で、メタリックな装甲板と光の輪を出現。
「千手招来!」
千の手を展開させて、気配がするほうに向かわせた。
そこに蛍光色のブヨブヨしたゲル状の塊が揺れていた。
「スライム!」
ブラッディハートの忠実なる手駒であり、ジュリーの形を摸していた奇怪な物体。未来のあの戦場にも出演していた。
といっても、ジュリーを取り込んでいないため、のっぺりとした、人になり損ねたアメーバみたいな素の状態で雑木林をウヨウヨしていた。
「なんで、ここに。あ、もしかしてジュリーを狙って!」
「たぶん。だから、容赦しなくていいよね、パディ」
金色の手が飛び掛ってきたスライムを躊躇なく握りつぶし、弾ける。それを期に木に潜んでいた、手駒たちが一斉に飛びついてくる。
「もちろん。センジュ、右上からもくるよ!」
「え、あ、うん」
グルグル眼鏡をかけたパディの声に反応し、センジュは真正面から来るものに向かい立つ。
「だぁあ!」
気合とともに、右上に向けて金色の手を伸ばし、爆破。
ボトボトとスライムだった残骸が上から落ちてくる。
「うわぁ……気持ち悪い。しかも地面にも潜んでいる……」
「なんだって。いくつ!」
「だいたい五十体……て、もしかして僕にしか見えない?」
「あたし、広域視覚能力、もってないもの」
センジュは普通の人間を同じくこの二つの目でしか確認できないのだ。
それは、左右対称に動くものを二つ以上同時には絶対に捉えられないということ。
「あ……」
しかも視界の悪い森の中。
センジュの能力では敵の気配を探って、つかみ取って潰すという、当てずっぽうな攻撃しかできないのだ。境界のディーヴァの物量と火力で勝負をかけるしかない。
「この場に留まって、さばき切る自信ないな。パディ、一番すいている方向はどっち」
「あ……あっち」
「じゃ、あっちに跳ぶよ。強く、つかまってね、パディ」」
「へ、うわぁ!」
フワリとセンジュに抱かれたままパディも一緒に浮くと、高速でジグザグに木々を避け、飛び交う。
「いくよ、千手招来!」
聖音を奏で、目障りなスライムを金色の手で片っ端から叩きつぶしながら、すばやく動く。
爆音と飛び散る肉塊から視覚と聴覚を狂わせられないように、絶えず動いている。すべて彼女の勘で。
「すごい……」
一方、爆煙の向こうを見渡せるパディは、金色の手が正確ではないが致命傷を与えようと、別個の生物のように動くことに驚く。
一発、二発。
数さえ叩けば、スライムは爆発。
「はぁあああぁっ!」
センジュは、世界に広まったフォーチュンズの名に恥じることのない動きを見せる。
踊るように、軽やかに、そして豪快に敵を打ちのめしていく。
「量が多いな……あ、パディには見えているのだっけ。ちょうどいいから指示して。どこから大量に来る?」
「えっと、あっち。地面に潜んでいるから見えにくいけど、二百か三百ぐらい」
パディの言われた方向に光の手の束を伸ばさせるセンジュ。
「いっけぇ!」
寄ってきたものすべてを殴り、つかみ取り、突き刺す。
その中で突き刺すように動いた拳は後ろにいたものを、勢いよく次々に串刺しにした。
「ぁあああああっ!」
さらにセンジュの気合によって、地面にまで伸びていた拳は下から上に曲がり、波打つようにこの森一帯を駆け巡る。
突如隆起した地面に隠れていたスライムは、なす術もなく飲み込まれ宙に放り出されていく。
「見えれば、こっちのもの」
蒼い目の視野で捉えられたスライムたちを一斉に潰す。
千の手はセンジュの思い通りに、容赦なく、光の鉄拳を浴びせ、敵を打ち貫く。
「あんたらに、もう未来を好き勝手にさせない!」
奪い取らせはしない。この温もりも。きれいな琥珀色の瞳も。全部。
紺碧の羽衣を靡かせ、戦乙女は強い思いを拳に変える。
輝く拳は凄絶な、神々しい光と音の旋律を鎮守の森の中で奏でた。
祈るように。
この先に光ある未来があると信じて。
「あたしは、今度こそ守りきる!」
パディを抱きかかえる手に力を入る。
この手にあるものこそがセンジュの希望なのだ。
ゆずれない思いを抱え、儚げで脆そうな体を信念で奮い立たせて、突き進む凛とした精悍な戦乙女。
復讐や、悲しみを乗り越えよう。
この腕の中にある大切な人の未来を守るために、自分はこの時代に来たのだ。
(それでいいよね、パディ……)
ギュッと胸を締め付ける。
守りきれなかった、未来のパディ。
彼を犠牲にして、生き残ってしまったセンジュ。
「センジュ、まだあっちから来るよ!」
キュウウウウンッと眼鏡型の遺産も聖音を奏でる。
金色の手が揺れ動くリズムに合わせるように、琥珀色の瞳も忙しなく動き出す。
「パディ!」
ハッとセンジュの呼吸が乱れる。
そして、青ざめる。パディの持つ遺産との聖音が重なり合うことにセンジュは恐れている。
(くっ、危ない。また……パディを犠牲にしてしまうところだった)
「どうしたの、センジュ?」
パディはセンジュのひるんだ先にあるものはわからない。
そして、センジュもそのことについて語る気は全くない。
さらに言えば、今集中すべきことは、蛍光色のスライム小隊。それ以外のことは頭から即座に追い出される。
「……、……!」
スライムたちは特攻を仕掛けようと様子をうかがっていた。
辛抱強く、冷徹に……そして、戦略型兵器の尖兵は、センジュの一瞬の遅れを感じ取ったようだ。
好機と、スライムが大量に群がり、紺碧の羽衣を飲み込もうと巨大なミミズみたいな形となって襲い掛かる。
「うわ、でかい!」
パディの驚愕。
そりゃ、映像のブラッディハートのよりは小さいが……目の前に列車レベルの大きさの巨大ミミズが出てきたら、悲鳴を上げるしかないだろう。
「ちっ」
一方センジュは小さく舌をうち、自身の、右手に力を、精神エネルギーをこめる。
熱く、強く、そして、速く……。
「いや、むしろ助かったのかもね。一気に潰せるから!」
巨体になった分、的は大きくなる。
センジュの体内でドクンドクンと心臓が鳴り響く。
ファナティックスーツから流れ込む無限に近い精神エネルギーの前では、これぐらいの大きさの物体なら、一撃で、跡形もなく粉砕できる。
「だぁあぁああああぁ!」
センジュは気合とともに急速に集められた力とともに右腕を振り上げ、ミミズの化け物を手刀で両断する。
ブチブチと神経回路みたいなゲルを切り裂き、スライムの核をワンテンポずらした金色の手が一つ残らず握りつぶしていく。
「まだまだ、こんなものじゃない!」
爆発的な力。
命を燃やし、体の負担をかえりみず、金色の手はさらに枝分かれさせ、突き進む。
スライムを叩くたびに星の如く火花が散り、澄んだ音が暗い森に響き渡る。
センジュの華奢な体はパディを抱きかかえたままだというのに、それを感じさせない速さで、金色の千手を振りかざし、目に見えるスライムを叩き潰していく。
「センジュ、あとはあれだけだよ!」
そうパディが指差したのは、一体の蛍光色スライム。
「これで、終わりだぁああああぁあぁあ!」
センジュは前かがみになって、どす黒い気配を宿したその物体を、金色の巨木と化した背の輪の先端で、突き刺す。
同時に眩い光が発せられ、ドリュアス独特の邪悪な気配が一斉に消えていった……。
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