第五話 学者貴族とだいしゅきホールド

(遺産同士の戦いってこんなに奇妙なことだったのか)

 フォーチュンズたちが奇々怪々の戦いに勇んでくるとは、知識として知ってはいたものの、実際に体験するのとでは別物だ。

 背筋がゾクゾクしているのは、未知のものに対する恐怖心からなのか、それとも探究心や好奇心からなるものなのか。

(これが、ボールドウィンの血ってところなのか)

 ボールドウィン家のはじまりは小さな村の学者である。

 学者とは聞こえがいいが、実情は大変な変わり者であったという。ひょんなことから、ご先祖様は遺産同士の戦いに巻き込まれた。

 それをチャンスと思ったのか、真実をこの目に焼き尽くしたいという欲望が働いたのか、知覚を特化させたこのグルグル眼鏡を装着。悪運により波長も合い、その能力と膨大な知識によって国の危機を救ってきたという。

 その貢献により、ボールドウィン家は真実の目を宿す高貴な一族として、貴族の仲間入りをしたという。

 ボールドウィン家のその頭脳と遺産キャパシティと好奇心からくる探求心を妬む魑魅魍魎から守るのも、国の責任云々とかもあるらしいけど。

 領主やお上に直訴すると死罪っていうのがテンプレだった時代背景もあるからな。

 貴族でなければ、誰も耳を貸してくれない。

 面子と矜持という精神論だけじゃない。そういう法を布いて、やっと国をまとめていた時代があって、そして長かっただけだ。

 厳しいね、身分制度。

 現在はほぼ形骸化したろうが、肩書はないよりはあったほうがいいのは世の常。

 ブランドの信用度はお高いのである。

 薄暗い社会の事情はこの際置いておいて、ボールドウィン家としては今日も元気に遺産について研究できれば、それでいいのである。

(要約すると学者バカこじらせて、いつのまにか、なんやかんやで国まで救っちゃったのが、僕のご先祖様……。うん、間違いなく僕にも流れているわ)

 目の前のセンジュのことを知りたくて仕方がない。

 それは知識欲によるものか、それともずっと収まりきれない胸の高鳴りのせいか。

 琥珀色の瞳は蒼い瞳に引き寄せられていた。

「まだ生体ユニットはブラッディハートに取り込まれていないから、大事にはなっていないけど……。でも、これから起きる悲劇は……」

 センジュの蒼い瞳からボロボロと涙が零れ落ちる。

「うわぁ! おちついて、センジュ」

「ごめん……あたし、まだ……」

「そうだよね、大変だったからね。引きずっていてもおかしくないよね!」

 何がどう大変だったのか知らないけれど、とにかく泣き崩れる美少女をなだめようとするパディ。

 あ~、こういうとき人当たりのいいジュリーか、お笑い系の銀河かがいてくれれば、和やかなものに場の雰囲気を変えられるのに。

 アンチスキルにコミュ障を持っている者にとって、相手をなぐさめるのは、つらいのだ。

(だいたい、なんだよ、ジュリーも銀河も……)

 パディはホワイトボードに残された伝言を忌々しげに見る。


『でかけてきます』(ジュリーの字)

『おっぱいは正義』(無駄に達筆な銀河の大文字)


(ちぃくっしょぅうううぅぅ!)


 世界の危機が近づいているというのに、知らないとはいえこんなアホなことが、真っ白なボードに書かれ、汚されている状況に涙ぐんでしまう。

(はっ、思わず現実逃避したが、今はそんな場合じゃない!)

 この場にいない仲間に八つ当たりしても仕方がない。

 ジュリーはともかく、銀河が戻ってきたときは文句の一言二言言えばいいだけだ。

「センジュ……」

 困りきったパディはポンポンと軽くセンジュの頭を撫でる。

「み、パディ……」

「ん~、辛いことがたくさんあったと思うけど……とりあえず笑ってくれないかな。だってまだ、悲劇が起きてないし。これから変えてしまえばいいことだし。あ、もちろん、僕も協力するよ。足手まといにしかならないかもしれないけど」

 月並み程度の応援メッセージではあったが、センジュには効果が抜群だ。こぼれていた涙を拭い取り、

「パディ~!」

 黒髪をなびかせて、パディに急接近してくる。

「うわっぷ!」

 甘く切ない蒼い目のなすがままに二度目の抱擁。

 センジュの精神安定剤はどうやらパディ自身らしい。

 うん、よくわかった、頭では。

 だが、健全な男子高校生の心が追いつくわけがない。

(理性だ、理性……。僕に力をくれ、理性……!)

 理由はわからないけれど、男たるもの美少女の笑顔のために紳士的になるべきだ。というか、僕も協力するよとか、数秒前に言っていたし。

 センジュはその僕の言葉に甘えて抱きついてきたのだ。

 そうだ、そうに、違いない。

 たしかに……この抱擁はドキドキする……。キスもちょっと近づけば出来るぐらい近い……。

 て、逆に冷静に考えれば考えるほど、恋愛行動としか思えなくなるよ!

 逢ったばかりの娘だよ!

 あ、センジュにとっては僕と逢うのは初めてではないのか。

 未来から来ているっていっていたし。未来の僕がセンジュに何しているかわからないけど……それこそ、エ、エロいこととか、しているかもしれないけどぉ……。

 そ、それに恋愛といっても、いろんな種類がある。ラブと限らないぞ! ライクだってあるよ!

「パディ、パディ」

 パディの困惑なんかお構いなしに、センジュは気がすむまで彼の温もりと心臓音を堪能していたのだった。


 ──十五分後。

「落ち着いた、センジュ」

 やっとのことでパディは美少女の抱擁から解放された。

 開始ゴングから欲望が繰り出す猛攻を耐え抜いた理性は、奇跡の逆転勝利。

 理性の踏ん張りのおかげで、どうにかパディは紳士的にセンジュに接せられた。

 ありがとう、理性。

 僕は君のがんばりを無駄にはしないよ。

「ありがとう、パディ。あたし、甘えてばかりで……」

 好みの少女が上目遣いでボソリと言うのだから、ズキュンと胸に矢が刺さる。

(くっ……可愛い、センジュ……)

 パディは萌え死んでも今なら後悔しないような気がしてきた。

 のた打ち回って、床でゴロンゴロンするぐらいの強烈な魅力!

 だが、十五分もの長く険しい戦いに勝利した理性の奮闘に報いるためにも、ここはグッと我慢する。

「それに、いきなり抱きつくなんて、気持ち悪かったよね。わけわかんないし……」

 パディを充電し終えて、頭がすっきりしたセンジュは、何も知らない過去のパディに思い上がって抱きついてしまったことを謝罪。

「いや、驚いたけど……センジュこそ過去の世界とはいえ、未知の時代にいるのだろう。心細くても仕方がないさ。僕でいいなら、いくらだって胸を貸すよ」

 一方パディにとってはご褒美だったので、センジュにしょげられると罪悪感がわく。

 こういうときこそ、あえて周りの空気を振り切って、大ボケをかます銀河が欲しくなる。

(……というか、ジュリーと銀河はなんで部室に戻ってこないのか)

 買ってきた飲み物が温くなるではないかと、ちょっとイライラ。

 ……まぁ、センジュが抱きついてきているときに帰ってこなくてよかったとは思うが、パディ一人でフォーチュンズといるのは正直荷が重い。

 ここは遺産研究会の部員同士連帯して、事に当たりたい。

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