第六話 未来を変えるための代償?

「んっ。パディやっぱり優しいな。いつもあたしを慰めてくれる」

 あどけない笑顔で言われるので、でれっとする悲しき男の性。

 こんな美少女に慕われる男になった未来の自分……グッジョブ。

「だから、あたしはパディを守りたい……絶対に」

 蒼い目は真摯に訴える。

「センジュ……」

 歴戦のフォーチュンズとはいえ、センジュは見た目からしてそれほどパディとの歳は大差ないようにしか見えない──いや、ほとんど差はないだろう。

 なんとなくではあるが、十代独特の青臭さがするから間違いない。

 それなのに、この哀しげに伏せたこの瞳はなんだろう。


「だから、あたしはジュリーを殺す……」


「て……えええええぇえぇえぇええぇええ!」


 妙に涼しい表情で放たれたセンジュ宣言に、パディは間髪を入れずに絶叫した。

「な、なんで。あと、殺しはまずいって!」

「すまない。あたしにはソレしか方法が浮かばない。ブラッディハートの生体ユニットとなり、悲劇の引き金になるジュリーをこの手で倒す」

「ダメだって! 極論過ぎるよ! どうしてこうなった!」

 パディはセンジュのサイコで電波な意見に頷くわけがなく、彼女の歪んだ危険思想を真っ向から否定。

 腰まわりに飛びついて、阻止しようと掴むのだが……。

 フワリと宙に浮かんだような奇妙な感覚がしたとたん、部室から廃墟へと景色がガラリと変わった。

「え……」

 パディの脳が目の前の情報を処理しようと、動き出す。まず、幻覚をみているかと思った。

 が、あの伝説のフォーチュンズが側にいるということと、頭がくらくらするわけでもないので、幻ではないだろう。

 それに触った土の感覚が生々しい。

 猫耳をくすぐる風の感じはここが外であると訴える。

「ま、まさか。瞬間移動!」

 あまりにも呆気なく場面が変わった理由として考えられるのはソレしかない。

「パディ、ついてきてしまったの!」

 腰にしがみついた子猫に気がついたセンジュ。

「そりゃ、その……成り行きというものかなぁ? と、そんなことより殺人はやめようよ!」

 人を殺すことは悪いことなのだ。

 そんな悪いことをこんな自分を慕ってくれる少女がするのは、間違っている。

 間違っていることは訂正しなければいけないのだ。

 彼女に何が起きたのかわからないけれど、前文の三段論法にのっとってパディはセンジュに訴える。

「パディ……でも……」

 センジュの顔が痛ましいほどに青ざめる。

 可哀想だけれども、親友のジュリーが殺されるのを黙って見過ごすわけにいかない。パディは心を鬼にしてセンジュを叱る。



「博士の言うとおりです、センジュ!」

 いきなり、丁寧語ではあるがきつい口調の声が響く。

 同時に突風。

 思わず目を庇い、身を屈めたパディとセンジュ。

 風が止み、目を開けると、どこから来たのか、尖った大きな耳と豊満な胸が特徴的な、赤い軍服の美少女がさっそうと現れた。

 学名でいうならば、霊超目樹人科ダークエルフ属といったところか。

 急に現れた上に魔法特有のオーラを肌で感じ取る。かなり魔力を持っていそうだ。

「姉さん!」

「姉、ということはこの子もフォーチュンズか!」

 芸能システム的に考えれば。

 それに赤い軍服を着込んだフォーチュンズとなると、英雄・ジュリーの伝説の中では頻繁に出てくる。

 理知的で参謀役が多く、攻にも坊にも優れたオールマイティーな戦乙女である。

 だが、風とともにパディの前に現れた彼女には、伝説上の赤いフォーチュンズに象徴するあるモノがない。だからすぐにパディは彼女の名に行き着かなかった。

「はい。私の名は、アスラ。おどろかせて申し訳ありません、博士」

 強い覇気をもってこの場に推参した軍服の美少女は、優雅にセンジュとは違った美貌でパディに微笑んだ。

(うわぁ……この人もきれいだな……)

 柔らかそうなふわふわの髪を菱形の赤い宝石のついた簪でまとめ上げ、健康的な褐色肌は古代オリエント的な魅力がある。

 さらに体つきもよく、胸は大きくはちきれんばかり。ウエストは括れ、尻から太ももへのラインは引き締まっているという、この世に存在しているのが不思議なぐらいの神秘的で妖艶なアスラ。

(て、この人がアスラ!)

 アスラといえば、赤き風として英雄を守る、翼人の乙女のはずなのだ。もしくは六本腕の戦士。

 今、この場にいる褐色の美少女は伝説上のアスラとは見た目がやや離れている。

「アスラ姉、まさか、ジュリーをここに連れ出したの!」

「ええ。ジュリーさんを殺させるわけにはいきませんから」

 センジュが信じられないという顔でアスラを見る。

(ああ、センジュはジュリーを追ってここに瞬間移動したのか……)

 一方、パディは妙に納得できた。

 センジュとアスラの会話から察するに……。


 【だけど、殺人】最悪な未来を変えるためにフォーチュンズが来た件【ダメ、ゼッタイ!】


 ~いままでのあらすじ~


 →アスラは前もってセンジュがジュリーを殺そうとしているのを知っていた


 →彼の身の安全を確保するために、学園からこんな廃墟にジュリーを連れ出した!


 →そんなことを知らないセンジュはジュリーの気配を頼りに瞬間移動する


 →ジュリーを匿っているアスラと対面!


 →姉妹で言い争う←イマココ!


 某ちゃんのスレ形式風にすればこうなる。

「それにセンジュ、あなたは短絡すぎです。たしかにジュリーさんが原因でしょうが、彼のせいではありません。むしろ彼はブラッディハートに囚われてしまった被害者です。私たちは彼を保護し、護衛するのが筋というものでしょう」

 即座にアスラはセンジュを叱咤した。

「でも、でも……」

「しかも、傷が癒えるとともにすぐに飛び出して……無茶しすぎです」

 姉の痛烈な言葉に反論できない妹は縮こまるが、

「アスラ姉が言っていることは正しいってわかるけど、あたしはもう冷静でいられない。いられるわけがないよ」

 反論する。蒼い目から大粒の涙がポロポロと零れ落ちる。

「センジュ……あなたには同情します。私も目の前で博士を失ってしまったのならば、冷静でいられないでしょう。仇をとりたいと切に願うかもしれません。しかし、悪いことは悪いことなのです」

「わからないよ……。なんであのジュリーを庇うのさ。原因となるやつを消しちゃえば、みんな助かるのに!」

 センジュの周りの空気が変わった。涙を拭い取った先の瞳には悲壮な決意と冷徹が混じり込み、彼女を中心に暗くて鋭い大気が渦巻き、周囲を凍てつかせる。

 自分の思いでいっぱいいっぱいの彼女にはもう聞く耳がないというのがわかる。

「……仕方がありませんね。言ってわからないのならば、実力行使あるのみです」

 アスラは感情が高ぶっている妹に何を言っても無駄だと、判断。

 センジュと同じように、周囲に異様な風を吹き上がらせ、対峙する。

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