第四話 部室に連れ込んだのは邪な気持ちがあったわけではありません!


 ──遺産研究会部室。

 パディは伝説のフォーチュンズであるセンジュをこんな狭苦しいところに案内していいのかと思うが、とりあえず人目がつかないところといえば、ここしか思い浮かべられなかった。

「えっと、とりあえず、ここに座って」

 私物が散らばっていた長机であったが、パディは大急ぎでドミノ牌を片付け、植木鉢を窓枠のほうに移動させ、即席でくつろげるようなスペースを作る。

「ありがとう、パディ」

 寂しげな美少女の眼差しに、パディは思わずクラリとした。

 フォーチュンズに自分の名前が知られていることに驚いているが、それを抜きにしても、自分好みの美少女に名前を呼ばれるのは正直うれしい。

 センジュはパディの好みのストライクなのだ。

 銀河も見た目だけを問えば麗しいのだが、好みとしては内角やや高め。しかもエロ宇宙人という二つ名を持つぐらいの残念さで、下心さえも爆砕した。

 この時期の男子は猿のようにエロイことにしか興味ないから、いけるのでは? 

 ……と疑問視される方もいらっしゃるかもしれない。しかし、世の中にはどうしようもない壁が存在することも確かなのだ。

 イケメンでも、ガッカリや残念な方はモテないのは世界の道理。

 それを同じくして、たとえ美少女でも越えてはいけない一線というものがあるのだ。

 まだ女の子にいい意味でも悪い意味でも幻想を抱いているパディには、エロ本を堂々と近所の本屋で、しかもカードのポイント割引で買ってくるという、お買い得教徒の精神まで併せ持ったオープンすぎる銀河の感性についていけなかった。

「ところでなんでこの時代にフォーチュンズが?」

 一般的に世界が危機に瀕したときに、さっそうと現れるのが、フォーチュンズだと認識されている。

 遺産の異変に本気で牙をむき、解決するまでどんな犠牲を払ってでも原因となった遺産を回収する、強行集団。

 世界を正常化させるために召喚するのが、人知を超えた遺産の使い手フォーチュンズなのだ。

「平和なこの時代にあたしが来るのは不似合いだよね」

「いや、そこまでは……」

 時には平和的な方法で回収したかもしれないが、あいにく表立っていないのか、記録がない。

 だが、フォーチュンズは一人ではなく、多数存在し、十人十色な個性豊かな集団だ。

 暴走する遺産に目星がついているなら、異変が起きる前に回収しているほうが筋が通るだろう。

 現に、フォーチュンズの中でも幸運を呼び込む遺産を所持している者は、戦いよりも、華麗な盗みで場を沸かせる伝説のほうが多い。

 だから、必ず戦いが起こるとは限らない。

 立証されていないからといって、ないとは言い切れないのである。

 その考えに行きついたからこそ、パディは神とも悪魔ともとれるフォーチュンズが目の前にいる状況でも、圧倒的な戦力に取り乱すことなく、恐ろしいぐらい落ち着けるのだ。

 原始的な恐怖よりも、色恋沙汰や世間体ばかり気にしていたのは、優雅さこそを至上とする貴族ゆえの、ある意味化け物じみた思考のせいである。

「そう思われても仕方がないわ。あたしたちはすべての遺産を暴走する前に止めたわけではないから」

 センジュが言うには、フォーチュンズは、暴走する予定の遺産を事前に回収または破壊することを目的とした、時空を超えたボランティア団体らしい。

 物語に出て切るほどのド派手な戦いはどちらかというと失敗に近く、最悪を何とか回避したという、苦い勝利が多いとのこと。

「つまり、センジュたちの言う本来の歴史なら、遺産の暴走はもっとあったということか」

 パディは自分の推測が少し当たったことにほくそ笑む。

 完全に自己満足なのだが、思考のパズルがうまく組み合ったらうれしいものなのだ。

「ああ。あたしもよくわからないけど、遺産による事故は半数に減ったらしいわ」

「じゃあ、これからこの学園で何かが起こるってことか」

「ああ。少なくてもあたしたちはこれから起きる遺産によって引き起こされる悲劇を食い止めるために作られた、といっても過言ではない」

 センジュの蒼い目がギラリと鋭く、冷酷に光る。

 パディは思わずビクリと肌が震えた。

 美少女ゆえの眼力のせいか、あるいは近い未来に起こる、フォーチュンズさえも恐れている出来事に対して不安を覚えたせいか……胸に強烈な圧力を感じた。

「でもね、歴史の修正力つうのが、やっかいでね。たとえ先の事件を知っていても、因果律の破れに抵触するものは変えられない。いくらがんばってもどうしても変えられない運命もあるの。その場面に出くわした仲間は自分の無力感に身が裂ける思いだったとよく口にするわ」

 あの超人的な力を持つというフォーチュンズでさえ越えられない壁があるようだ。

 パディとてもう十七歳。

 大人の階段を上っているところではあるが、ここまで上れば、世の中がおとぎ話のように簡単なものではないということは分かる。

 都合よく運命は変えられないのはなんとなくわかっていた。

 だが、こうはっきりと言われてみると夢見る気持ちが色失せる。

 難しいな、ガラスの十代!

「標的はブラッディハート。ドリュアスだから、もともと破壊対象なんだけど……」

 ドリュアス。

 フォーチュンズの敵手であり、パディ達現代人とは分かり合えない存在。

 絶対悪とまでは言わないが、現状、説得不可の敵になるしかない植物型遺産の総称である。

「ブラッディハートが動き出したのは、目当ての生体ユニットの収穫のためらしいけど……」

「収穫って……農業か?」

「ブラッディハートが植物型ということもあるけど、隠語だから」

「隠語?」

「そう。遺産の前では言葉が絶対的な力を持っているの。極東では言霊っていうらしいけど。言葉に内在する霊力を敏感に、そして極端に爆発的なエネルギーとして発するから、誤魔化したほうがいいって」

「……先人のありがたい教えってことか。ああ、もう。見えない恐怖が近づいているのって嫌だな」

 パディは怪訝な顔をする。

 だけど、センジュの言うことがけしてペテンではないとわかっている。

 遺産により広域視覚能力があるパディは、うそをつくときの人間の仕草は心拍音も知っている。

 うそをつくときの法則にひっかからないセンジュの話は、すべて本当のことだと理解できる。

 多少主観的な相違があったとしても、大真面目に正直に話しているのは間違いないのだ。

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