第三話 邂逅~僕にとってのはじまり~

 パディは遺産研究会を発足した当初、銀河に問われたことがある。

「なぁ、パディ。フォーチュンズに興味あっかぁ?」

 遺産について興味がある人間に伝説的な強さと逸話の主人公格フォーチュンズを知らない者はいない。

 なお、国や地域によっては、彼ら彼女たちを交響楽団オーケストラとか、運命の輪たちホイール・オブ・フォーチュンズと呼んでいるらしいが、ここイングンロ王国ではフォーチュンズが一般的だ。

「当たり前だろ」

 パディは何を変なことを聞くんだ、このエロ宇宙人とさえ思った。

 当時はまだ銀河のペースがわからず、発言がツン気味だったことは認める。

 きつい言動で、言葉のキャッチボールをドッジボールで返したものだ。

「ほうほう。まぁ、年頃の、十七歳の思春期ボーイとしては当然だべなぁ。魔女的、妖精的、神秘的美少女や美女集団に心奪われないわけがないだぁよ」

 銀河も負けずに返された言葉を暴発させてくる。何に勝つ気なのか。

「え、え?」

「いや~、神話や伝説に出てくる美女とのイチャイチャチュッチュは男のロマンだべなぁ~。もう、むっつりさん♪」

 対人技能値が少ないパディは一瞬で銀河のペースに飲まれ、慌てふためくしかなかった。

 憧れを抱く伝説の遺産回収人(しかも美男美女に描かれること多し)を下心なしで思い続けられるかと問われれば、思春期の男子的には絶対NOだ。

 あまりの無理難題に、かけている眼鏡のように思考をグルグルさせるしかなかった。

 返す言葉がないとはこういうことなんだね……。

 パディはこの日、深淵なる宇宙を覗いてしまったという。

 ちなみにこの時ジュリーは、絶句と笑いが押し寄せてきて、何もフォローできなかったという。




 ──ズササササ。

「ん?」

 ヨーク学園中庭から物音がする。

 乙女の石像に、味のあるレンガ造りと季節の花々で美しく彩られている、ヨーク学園では人気のスポットだ。

 丁度通りがかった、イチゴ牛乳と麦茶とレモンティーを入れた手提げ袋を持つ猫耳少年は、ひと際大きなこの音に耳を傾ける。

「なんだろう?」

 好奇心から様子を見ようと、耳をピクピクさせて音がした中庭へと足を運ぶ。角を曲がり、中庭が見える一歩手前で金色の光が見える。

「ほへ?」

 分厚いレンズ越しから覗けたのは、神秘的な光景だった。

 無数の光の粒を大きな輪状にし、背に浮かせた、精悍に引き締まった芯の強そうな美少女がフワフワと浮いている。

 宙に浮いているというヒントもあってパディは少女の学名が、霊超目ヒト科エスパー属だと見分けた。

 超能力者とはいえ、至る所に結界が張られているセキュリティー万全の学園に部外者なら苦もなく出現できないはずなのだが、目の前の美しくも奇妙な少女はやり遂げている。

 非日常的な光景にパディがあたふたとあわてて、思わず手提げ袋を落としかけた。

 落とさなかったのは、手の力が緩んだことに気がつくほど、頭の中は思いのほか冷静だったからだ。

 その体と心が一致しない妙な部分が、不思議な現象の答えを探ろうとする。

「ま、まさか、フォーチュンズ!」

 時空をこえる救世主たちの総称。

 学園の中庭に来るとは思わなかったが、天女のような美しい娘が突如現れる、という普通では考えられないシチュレーションとなれば――パディが考え付く先はそれしかない。

(そ、それにしても……)

 ゴクリとパディはのどを鳴らす。

 目の前の美少女は紺碧の光沢のある美しい布地で包まれ、光沢のある装甲板の装飾が施されたエキゾティックな服装から、滑らかな女らしい見事な曲線を胸から太ももの付け根にかけて描く肢体を浮き上がらせている。

 光の中で揺れ動くカラスの濡れ羽のような艶やかな黒髪は、ゆったりとした一本の三つ編にまとめ、細い肩に垂らしている。

 伏し目がちではあるものの繊細で熟練の職人が丁寧に、細心の注意を払って創り上げた陶器人形のような面差しは鋭く凛々しい。

(眼福、いただきました)

 ありがたや、ありがたや。

 信仰心が低いパディでも、思わず手を合わせて御仏に感謝した。

「……」

 パチリ。

 時間跳躍を終えた美少女は蒼い目を見開く。海のように透き通った瞳はキラキラと輝き、パディをじっーと見る。

 穴が開くのではないかと思えるぐらいに、じっくりと舐めるように。

「へ」

 美少女の熱いまなざしを受け、パディはドキリと胸が高鳴る。だが、ふとある考えに行き着いてがっくりと肩を落とす。

 時間跳躍能力者はタイムワープが成功したかどうか、その場にいる人物の服装を見て確認するという。

 だから、これはただの確認行動。

 間違っても、恋とか、一目惚れなどといった甘酸っぱいイチゴパフェみたいなものではない。

「博士……、いや」

「へ」

「パ、デ、ィ……」

 震える声でパディの名が一音一音、目の前の美少女のピンク色の唇で発せられる。

「そうだけど……ほえ?」

 急にパディの視界が空へと向き、背中から地面につく。

「あぐっ!」

 何が一瞬で起きたのか、混乱する頭で必死に考える。

(えっと……?)

 フォーチュンズの一人と思われる美少女が自分の名を呼んで、抱きついてきた。その勢いが凄まじく思わずパディの体の重心が傾き、押し倒される。

「パディ、パディ~!」

 現在、自分の名を連呼され、美少女の熱っぽい蒼い眼差しで見つめられている。

 これはよく漫画で見かけるおいしい場面というものか!

(えええ~!)

 大事な宝物をやっと見つけたように迫ってくる美少女をないがしろにできるほど、鬼畜でも朴念仁でもないパディ。どうしてこうなったのかわからないが、夢なら覚めないでというシーンが繰り広げられていることだけは理解した。

(む、胸が、と、吐息が~~~~~!)

 といっても、美少女に押し倒されるって、実際やられると困惑するしかない。

 すべては青少年の理性をログアウトさせてしまう、いい匂いがするムニュムニュしたマシュマロみたいなやわらかい物体のせいだ。

 恐るべき、おっぱい!

 こりゃ、僕も銀河のこと強く否定できない!

(あう~ぅ、僕ってこんなに流されるタイプだったのか)

 美少女に追い掛け回され、偶然押し倒されてきた歴代のお色気漫画の主人公に、そんなことありえねぇよ、とか生意気なこと思っていて、すみませんと謝罪したくなった。

 体験したら、僕も硬直するしかなかったよ。

(や、それよりも……)

 パディは現状を冷静に分析しだす。

 そう、ここは学校の中庭である。

 今は自分たち以外誰もいないが、いつ、第三者が来てもおかしくない場所である。

 美少女に押し倒されるグルグル眼鏡の猫耳少年という、誰得なのかわからない演目を、他人に見られる可能性があるのだ。

 見られたいか、見られたくないかと、二択問題が出てきたら、早押しボタンを即行で連打し、見られたくありましぇん! と、大声で叫ぶだろう。

 舌がもつれて、ありましぇん! と。

「ちょっと、まって、おちつこう、えっと……誰?」

 名前を呼ぼうとしたが、パディはこの少女の名がわからなかった。

 フォーチュンズの一人だとしても、額にクリスタルをつけ、紺碧の羽衣に包まれたエキゾティックな美少女の名は知られていないのだ。

 認知度の格差はどこにだってあるものだけどさ。

 学者貴族の出としては調査と認識不足と落ち込むしかない。

「あ、ごめん。パディ」

 かっと赤くなって、パディから離れ、

「あたしの名は、センジュ。復元人間型のフォーチュンズ……です」

 突如舞い降りた天女のような美少女・センジュは憂いを帯びた顔で微笑んだ。

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