第二話 なぞの美少女の登場は必須事項です

「む~~~」

「クス」

 おちょくられることに、頬を膨らませて抗議するジュリーに、パディは小さく笑った。

 この三人組+観葉植物がヨーク学園・遺産研究会のメンバーだ。

 新しい風が次々と入る状態が望ましく、古い考え方に凝り固まった特定者の解釈や思考のみでカテゴリ全体が一色に染まることをよしとしないヨーク学園でも、良くぞここまでバラバラな個性の持ち主たちが集まったなと、疑問視されるぐらいの、奇跡のメンバー。

 ただ、この三人組にはある共通点がある。それが、遺産に対する情熱だけは人一倍であることだ。

 でなければ、そもそも遺産研究会なんて立ち上げないだろうって?

 ソレを言われれば『はい、そうです』と肯定するしかない。

 それに異世界ルバ・ガイアの遺産は『力』であり、それも絶対的なものなのだ。

 この異世界ルバ・ガイアには、超高度な科学力、魔法体系を誇っていた古代文明があり、夢のような超常現象を引き起こせたという。

 そんなすごい文明がどうして滅んでしまったのか。大きな隕石によって破滅した、氷河期によって星が凍結したなどと諸説あるが、定かではない。

 だが、古代人が残していった遺産は、現代の技術力では生成不可能な物品であり、再現不可能な技術の結晶である。

 そのとんでもない性能は、種族的な強さや超能力、さらには魔法さえも凌駕する、圧倒的なもの。

 遺産ひとつの力で、常識ががらりと変わるのも稀ではない。

 奇跡のような力を得るために世界各国は多額の予算を遺産発掘と調査につぎ込み、探している。だから、この世界では遺産がどれだけ重要なのかは子供だって知っている。

 だが、物事にはルールがあるように、遺産を扱うにもルールがある。

 その代表的なルールが、遺産を発動させるには、その遺産との適合率の良さ、通称・遺産キャパシティが高くなければならないということだ。

 適合した者の音声も必要らしくのだが、古代語をベーシックにした独特な発音のため、適合者といえどもほとんど頭で理解できなく、感じ取れるだけである。

 人々は遺産を動かす音がメロディーのように聞こえるので、聖音オームと名付け、畏怖し、あがめた。

 複雑な旋律を奏でる遺産ほど、性能が上がり、価値が上がる。

 名高い人物の多くは特異的な能力を持つ遺産を有効活用したものだ。

 その中でも異世界ルバ・ガイアで、知らない人がいないくらいの有名な遺産適合者の集団がフォーチュンズだ。

 遺産の暴走によって国ひとつ消滅する危機が訪れたとき、さっそうと現れ、原因となった遺産を収集することで、異変を鎮定。

 別名、遺産回収集団と呼ばれるぐらいの、遺産のエキスパート集団だ。

 そのフォーチュンズを指揮する人物としてあげられるのが、ジュリーである。フォーチュンズ一人一人が一騎当千レベルとされているのだが、その中でさらに抜きん出ている男。数々の歴史的な異変には必ずといっていいほど彼の影がチラついているという。

 彼が善なのか悪なのか、諸説あるが、はっきりしたことはわからない。

 ただ、彼は異変が終結するとともに時空を超え、こつ然と姿を消す。その勇姿は伝説となって語り継がれている。

「と、まぁ、ジュリーをいじるのもこれぐらいにしてぇよ。ドミノ倒しの方はどうなっただぁ?」

 クルリと華麗に銀河は話をそらす。

 地震も起きたのだから、百枚全部の牌がすべて倒れるのは至極当然だと思っていた……だがっ!

「あ」

 モザイク画の中央一枚が、奇跡的に立っていた。

 すごいが、いらない奇跡である。

「つうこって、パディ、罰ゲーム決定ぃ~!」

「えっと、パディ、ドンマイ」

「ムキー! 何で~、揺れていたのに! 普通倒れるはずだろ!」

 パディは思わず頭を抱えて叫び、

「ううう~」

 サメザメと涙を流しながら、罰ゲーム執行くじが入った箱に手を入れる。

 実はこの箱、遺産である。

 効果は透視能力者の力を無効にする程度。ジュリーや銀河にしてみればただの箱と変わらないが、パディだと違う。

 ボールドウィン家の方針によりパディは四六時中ある遺産を装着し、体に馴染ませなければならない。

 その遺産とは、彼が今かけているグルグル眼鏡で、広域視覚能力を得られるもの。その気になれば千里をも見通せて、透視に近いこともできる。折りたたんだ程度の紙ならば難なく書いてある文字が読み取れるという。

 だが、透視を遮断する箱のおかげでパディも普通の人と同じく、ドキドキしながらくじ引きができるのだ。

「さぁ~て、何が出てくるべかぁ~♪」

 別の机に並べられている、数個の色とりどりのクリスタル。このクリスタルも遺産だ。翻訳名は、メモリー。通常は持ち運び便利な小型サイズのクリスタルで、起動させると、瞬時に、衣装がチェンジ。執事服やパーティーグッズを装着できた。

 瞬間装着はすごいのだが、色物衣装しかないので、感動は半減し、羞恥心は倍増。

 壮絶なコレジャナイ感に脱力。

 ちなみに、ジュリーの執事は銀色のスプーン型で、銀河のパーティーセットはピンク色の星型のメモリーだったという。

 しかし、こんなあそび心満載な遺産も珍しいわけではない。そもそも、メモリーだって、パディの家の倉庫で眠っている、世の中にとって毒にも薬にもならない遺産だからこそ、学校に持ち出せたのだ。

 しかし、本当にこれだけの性能かどうか判断するには、体や感覚がなじまないとわからないのも多い。

 ならば、学生とはいえ一研究者として、全力で応えよう。

 と、いうのが悪ノリして『これができなかったら、メモリーの装着を体感しようぜ大会』を行うことにした経緯である。

 放課後の暇な学生の思いつきなんてそんなものである。 

(あ~、コスプレはしたくなかったのに~)

 トリャと勢いよく、パディはくじを引く。

「ん~、どれどれ」

 ジュリーが受け取り、書かれている文字を確認する。

「えっと……近くのカフェでテイクアウト……あ、ノーマルだね」

 くじの中には遺産体験以外のお願い事も書かれているのだ。部員内ではそれをノーマルという。

「イヤッホー!」

 パシリだが、愉快な格好をしなくてすむので猫耳少年は喜び勇んだ。

「じゃぁ、小生は麦茶」

「おらはイチゴ牛乳で」

「おまえら……どこまでも愉快なものを……」

 放課後を共にするぐらい仲のいい部員といえども、羞恥プレイに仏心なし。

 それでもパディはチャリンチャリンと小銭を受け取り、

「いってくるね~♪」

 猫まっしぐらといわんばかりに嬉々として部室を出て行く。

 なんだかんだいって、コスプレよりもパディの中ではマシなのだ。喜ばずにはいられないらしい。

「いってらぁ~」

 ソレを黙って見送る愉快な格好の二名。

 クリスタルの持ち主がいなくなった部室で、銀河は金色の胡桃ぐらいの大きさのクリスタルを転がす。

「そげぇにしても、メモリーってぇのは、どうしてこんなにキンキラリンなんだべなぁ~。パディの家の人がきれいに拭いて送ってきたってことを除いても、なぁ?」

 一見すると何の変哲のないものに見えるが、遺産であることは変わらない。

「そうだね。ただ衣装を着せ替えするだけなのにね」

 クスリと温和な笑顔を浮かべながら、ジュリーは同意する。

 遺産研究会という堅苦しい名前で始まった部活なのに、ドンチャン騒ぎが多くて笑いにあふれる。

 悪くはない。

 ジュリーだって気分いいし、パディも年相応の豊かな表情を見せるようになったのだから、部を立ち上げたこと自体は正解だ。

(このまま卒業まで楽しめたらいいなぁ)

 カーテンがふわりと揺れ動き、夕日の光が部室を照らす。きれいなオレンジ色に染まる部室は青春の一ページを彩るにふさわしい。

 やんわりとした暖かい風にくすぐったさを感じつつ、穏やかなこの時間に目を細めている。

「んむ~、ジュリーのこの笑顔すごくええなぁ~。こういうの、守りたい笑顔だぁよなぁ~、ナスカ♪」

 銀河が植木鉢を抱えながら、ニヤニヤと嬉しそうに笑っている。

 豊満で艶かしいセクシーショット以外で、この宇宙人がほほをピンク色に染めるのは珍しい。

「ハハ。言いすぎだよ、銀河」

「いやいや。今、言ってもムダかも知れねぇけど、おら、おめぇさんたちのこぅ~いぅ~笑顔、見たさにがんばるって決めたからなぁ!」

 胸をえらそうに張って魔王立ち。銀河はおどけてはいるものの、芯の強い、何かがある。

「銀河?」

「フフゥ~フッフフ、フフ~ン♪ 柄にもないこと言ったか?」

 銀河の小悪魔のような笑顔がちらつく。彼女の本心は宇宙のような漆黒のベールに包み隠されているのではないかと思うぐらい奇妙で、深い。

「銀河、君はいったい……?」

 妙に高鳴る心臓音はいったい何を示しているのか。

 ジュリーは疑問の答えを出そうとしたのだが、

 ガララララ!

 いきなり勢いよく、引き戸が開かれる。

「へ?」

 プルルン♪

「おお、これは! 至高のおっぱい!」

 乳揺れの音と銀河の感想は、無視をしよう。

 驚いて立ちすくむジュリーが見たのは、赤い軍服姿の毅然とした長耳の褐色の美少女。明確に学名を判別できるパディがいないので詳しいはわからない。

 大体学年は同じくらいか、校内にこれほどの逸材がいれば話題の一つ二つあってもおかしくないのだが、ジュリーはこの手の学園のうわさ話に疎いので知らない。

 あ~、この子も罰ゲームでこんな格好を強いられているのかな、としかジュリーは思っていなかった。

 ジュリーの技能値では見当違いな答えしか出てこない状況。

 なぞの美少女は瞬きもせず部室に入り込み、ツカツカとジュリーに近づき、手を強く握り締めた。

「ジュリーさん! 私と一緒に逃げましょう」

「え?」

 突如現れた美少女の言動に、激震が走ったのは言うまでもない。

 グリゴレウス暦一九九九年七の月の夕暮れ時に起きた、この奇怪な出来事は未来を、そして過去を……さらに遠い未来を、大きく変えるとはこの時誰も想像出来なかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る