第一話 ヨーク学園の遺産研究会

 鮮やかなオレンジ色の陽射しは、遺産研究会と書いてある部室の看板を色づかせた。

「う~ん。ここが、こ~きて、あ~きて……」

 長机にずらりと並ぶのはドミノ牌。

 学校指定のブレザー服の少年は分厚い眼鏡を光らせ、自前の猫耳を揺らしながら、ドミノを立てて並べ、列を作っていく。

「……」

「……ピィ……」

 それを黙って見つめるのは、執事服を着込んだ頬傷のある水色髪の美少年と、口にピーヒャラ吹き戻しをくわえた美少女。

 ファイト! ファイト! と白いカーテンの向こう側から、運動部の生徒たちの爽やかな声がかすかに届く。別の階か、それとも中庭を挟んだ向こう側だろうか、少年少女たちの明るい笑い声も聞こえてきた。

 視線と、外の音。普段は意識もしないのだが、この緊迫した状況の中では感じやすくなっている。猫耳少年は震える指を抑え、気持ちを集中させ、黙々とドミノを並べていく。

「九十八、九十九……百」

 あごを伝って流れる汗を拭い取り、一息つく。

 琥珀色の瞳が特徴的なこの猫耳少年の名は、パトリック・ボールドウィン。愛称パディ。

 ルバ・ガイアにある島国、イングンロ王国の由緒ある学者貴族。ボールドウィン家の嫡子であり、世界共通につけられた名称・学名では霊超目猫人科猫人属である。

 亜人がまったく珍しくないこの異世界では、人としての権利を有する種族全般の学名を霊超目と定め、種族別に細分されている。

 科は見た目が九割。属は国の種族特定異能能力があるかないかで枝分かれしている。

 異能能力によってはさらに分岐することがあるが、役所の書類と一般常識内では属までで通じる。

 パディは猫耳、しっぽを有し、猫並みの身の軽さを持つ、種族としては猫人、ワーキャットだ。ただ、手足には肉球はなく、人のものと変わらないため、殺傷能力と肉球マニア専用の癒し効果がない。

 だが、特異能力がなくとも人間種と同じ五指は、学者家系に恥じない器用さがあるので、パディ自身は気にいっている。

 現にドミノ倒しができるのは、この手のおかげだ。

「よし、枚数はクリア。後は……細かい調整っと……」

 彼が在籍しているのは社会的地位の高い子が通う全寮制の名門校ヨーク学園。といっても、近年は優秀な庶民も通うようになっている。

 パディはそんな学園で、通常なら出会う機会さえ危うい親友を獲得することができた。

「頑張れ、パディ」

 それが今、執事服を着ている、頬に小さな傷こそあるが、彫刻のように整った顔つきの前では、その欠点さえも美の調和の一つではないか言われるぐらいの麗しさ。

 ルームメイトのジュリアス・チュエンだ。愛称ジュリー。

 孤児院育ちの学名、霊超目ヒト科ショゴス属の美少年である。

 先の文章で述べた通り、彼には種族特定特異能力があるためヒト属ではなく、ショゴス属と分類される。

 姿かたちこそ人間種と大差ない質感と性質ではあるが、ショゴス属のため、四肢がバラバラになってもくっつくし、なくしてもそのうち再生できる。

 世が世なら防御力特化の戦場の壁役である。

 ただ、中心部、頭がつぶされるとまずいらしい。運が悪ければ死ぬこともあるが、記憶に障害が生じる危険性があるという。事故で記憶喪失、気がついたら七年もたっていて、妻と子がいるというドラマや小説によくある設定を体験する羽目になるらしい。

 命と頭、大事に。

 パディとジュリー、貴族と孤児、と環境も考え方も違っていたのだが、紆余曲折あって意気投合し、今となっては一緒にバカやって放課後を満喫するような仲である。

 かけがいのない月日が、赤の他人を親友へと昇格させたのである。

「じゃぁ、倒すよ……」

 パディはゴクリと生唾を飲み、震える手で端の牌を押し倒す。

 百枚のドミノ牌をきれいに倒すことができたら、罰ゲームを免除できる。

 パディは真剣にそして慎重に積み上げてきた牌が連鎖的に倒れていく光景につばを飲む。

 トタ、トタ、トタ。

 倒されたドミノ牌は隣の牌を倒し、倒された牌はさらに隣の牌を倒していく。

 規則正しく小気味のいいリズムが部室内に響く。

「おお、いい感じだな、パディ」

 ドミノの連鎖は直線だけではなく緩やかに曲がり円を描き、三又にわかれた後にまた一つの列へと統合。最後の大仕掛けにと色とりどりの牌をモザイク画にしたところまで順調に倒れていく。

「おし!」

 ここまでくれば、罰ゲームを回避するのも同然だった。

 だが、世の中にはアクシデントというものがある。それは無慈悲に不条理に起こされるのである。

 そう、この時も──。


 グラグラグラグラ!


 地面が、長机が、横に揺れる。

「な、地震!」

「ん~、これぐらいはたいしたものじゃねぇだよ、ジュリー」

 地震が多発する地域からきた少女にしてみれば、これぐらいは騒ぎを立てるものではないと、腰まである桃色の長い地毛をくるくるともてあそびながら、余裕の表情でイスに座っていた。

 なまりがひどいのはご愛嬌だという彼女の名は銀河ぎんが山田やまだ。極東からの留学生だ。

 遺産によって服装が変わってしまったジュリーとは違い、こちらは小物が増えただけで、きっちりと制服を着こなしている。

 学名は霊超目ヒト科ゴーレム属。

 ジュリーと同じく人間種と見た目も動きも変わらないが、彼女はゴーレム族特有の強固な防御力を誇る金属肌、筋肉細胞を持っている。

 女性らしい華奢な体つきではあるが、ヒトの定義・水準以上の強固で鋼鉄な上に柔軟な肉体。

 見た目に騙されはていけないということを、教えてくれる。

 そう、それは何も身体能力だけではない……。

「まぁ、おらとしてはジュリーの泣き顔が見られて、眼福だぁ~。ああ~、やっぱり、美しい顔が未知なる恐怖によって、歪められる瞬間って、最高だぁよ~」

 ハァハァと息を荒くさせながら、この一言。

 銀河は紛うことなき変態であり、残念美少女だ。

 この一癖ある性格によって学園内で彼女を知らない者はいない。

「……」

 パディはドン引きした。

 大分銀河の言動や行動パターンには慣れてきたものの、心の奥底では断固拒否している部分が残っているのだ。

(銀河……、おまえってやつは……)

 銀河は男二人で立ち上げたはずの研究会に何食わぬ顔でやってきてメンバー入りを果たし、水着姿のギャルいっぱいの雑誌を部室内に運び込んできた。

 おかずに困らなくてすむが、独特の感性と、無垢な青少年が抱く女の子への幻想をものの見事に打ち破っているため『宇宙人』と称賛を浴びている。

 結果、ついたあだ名がエロ宇宙人。

 しかし、彼女はその称号を気にいっているらしく、より快適な桃色の空間を作り出そうとしているのだから、性質が悪い。それでも見た目美少女だから邪険にできないのが、悲しい男の性だ。

 パディやジュリーにとって銀河との関係性を問うなら、答えは腐れ縁の悪友だ。

 恋愛ゲームならば、やたらインパクトがある攻略対象外キャラ。もちろん、隠しキャラ要素もない。

 恋愛フラグは建てる予定は今後とも一切ない。

 考えようによっては、絶対安全圏内キャラである。


「でも、でも~!」

 机が揺れたよ、とジュリーは泣きそうな顔でガクガクと体を震わせる。

 そんな親友の尋常じゃない怖がり方いかがなものかとパディは思った。

「銀河の妙な場慣れは置いといてとしても、どうしてジュリーはそんなに怖がりなのかな。お前の名前の由来が泣くぞ」

 ジュリーの地震に対する恐怖心は並ではない。

 物が壊れるとか、そんな大きな地震ならば、うずくまってもしょうがないと思うが、こんな小刻な揺れだけでも彼はベソをかく。まったく弱点がないよりは好感は持てるが、動揺しすぎだろう。


「あ~う~。そんなこと言われても怖いものは怖いわけだし。それと、小生の名は小生がつけたわけではないし……小生は小生。英雄のジュリーとはまったくの別人だよ!」

 地震がおさまったので、ジュリーの調子が戻ってきた。

「まぁ、そうだけど、さ」

「ンだども、ビビリ過ぎるのもどうだか。学園のアイドル優等生に幻想を抱いている女の子が泣くべ」

 ジュリーは明晰な頭脳と怜悧な美貌の持ち主で、影ではファンクラブができるほどの美少年である。

「すでに小生たちを泣かせている、銀河には言われたくない。君だって、伝説のフォーチュンズにちなんだ名前なのに……」

 水着姿の女性の豊満な胸の写真を見て、白昼堂々とニヤニヤするエロ宇宙人に一言。

「漢字文化圏の名だからって、フォーチュンズにちなんでいるって、か? ンだどもぉ、同名のジュリーほど気合入れてねぇだよ。なぁ、ナスカ」

 銀河は部室に持ってきた私物の一つである、バラの植木鉢、名称ナスカに同意を求める。

 留学祝に親戚からもらったもので、うまく育っていれば、きれいなバラが咲くらしい。開花予定は近日らしいので、部員一同、楽しみにしている。

「うん、ジュリー、かっこわる(裏声)」

「植物がしゃべるか!」

「もう、ジュリーったら、夢のない人だなぁ。でも、植物には意思があるだぁよ。おらは心の声を代弁しただけだぁ」

 銀河の言い分は本来なら妄想だとひと蹴りされてしまうものなのだが、パディもジュリーも不思議なことに、ただの戯言だと思えないのだ。

 それどころか、時々、このナスカが人格を有し、右に八重歯が生え、目をくりくりさせた、植物に愛されている十に満たない妖精のような子供の姿に見えることもある。

 擬人化というものなのか。

 極東の某国ではメジャーな萌えジャンルらしいが、イングンロ王国貴族のパディにはよくわからない。

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