第50話 愛花とひばり

 とある週末の夕方ごろ。

 私芥川愛花あくたがわいとはなは、住んでいるシェアハウスの個人スペースで静かに過ごしていた。

 小さなたたみ式のテーブルを出して、温かなコーヒーを楽しみながら読書をする。久しぶりに過ごすのんびりとした時間。心のゆとりが、確かにある。

 先日、私は、ずっと頭を悩ませていた読み切り漫画を描き終えた。よって、今は仕事を終えたサラリーマンのように、優雅ゆうがいやしの時間を楽しんでいるのだ。

 それにしても、好きなことでも仕事になるとストレスをかなり受けるんだなぁ。漫画を描きだした頃は、「好きなことしながらお金もらえるなんて、サイコーじゃん!」とか思ってたけど、短絡思考たんらくしこうすぎるな。どんなことでも大変なことはあるんだぞ、当時の私よ。まぁ、大変なことだけど、楽しいから続けるけどね。

 ……だいぶ前の話だけど、新しいストレス解消法を考えてみてもいいのかもしれないな。運動不足解消もかねて、ウォーキングでも始めみようかな?

 そう思って、一度本を置いて、スマートフォンに手を伸ばす。初めてウォーキングするとなると、どれくらいの時間やれば――。

「いっとはなー! あっそぼうぜー!」

「うっぽろへゃ!?」

 びっくりしたーーーーーー!

 勢いよく扉を開いた犯人は、このシェアハウスの住人にして高校時代からの友人、藤原ふじわらひばりだった。というか、読み切り書いてた時もあったな、この展開!

 深呼吸をして、呼吸を整える。そして、咳ばらいを一度して犯人に向き合う。

「……何よ、ひばり」

「おう、遊ぼうぜ、愛花いとはな

「なら、普通にノックをして入りなさい」

「サプライズがないだろ? エンターテインメントとして」

 ……ダメだ、この議論は平行線を辿る道しか残されていない。万が一、ひばりが折れてもまたやるに決まっている。

 私が、ため息をついている間にもひばりは、テーブルに持参したおやつやジュースを置いていく。ガッツリ遊ぶ気だな、こいつ……。

 まぁ、最近思いっきり遊んでないからいいか。

「ほれ、愛花。どうぞどうぞ」

「へ?」

 言われるがまま、ひばりにジュースが入ったグラスを持たされる。

 ひばりは、私のグラスに自分が持っていたグラスをぶつけた。

「読み切り、お疲れさん。乾杯」

「ふふ、乾杯」

 遊ぶのは口実で、お祝いしたかったのか、ひばりは。

 ひばりは、面と向かって感謝を伝えたりとかが苦手な人間だ。だから、一応は遊ぶという口実を作ってきたのだろう。まったく、ひばりらしいなぁ。

「それにしても、遂に愛花の漫画が世の中に広まるのかー。なぁなぁ、巻末の作者コメント何かいた?」

「え? 気になるのそこなの?」

「『みんなの支えがあって、この作品を描き切ることができました!』とか、平凡なこと書いてないよな?」

「………………………………………………………………」

「書いたのかよ」

「別にいいだろ! 事実なんだから!」

 ぎゃあぎゃあとさわぐ私とひばり。なんか修学旅行の夜みたいになってきたな。

 そんなことを思いながら、私たちの夜は更けていった。


「……ん」

 あれから、ひばりと夕方からおしゃべりしたり、ゲームしたりして遊び倒してた。そんで、いつの間にか寝てたのか……。

 時間は、深夜の1時。部屋も暗いし、規則的な呼吸音もするからひばりも寝ているのだろう。

 こんな時間に起きてもしょうがなし、もうひと眠りしよう……。

「……愛花、起きてるか?」

 ひばり、起きてたのか。返事したらなんかいたずらされそうだし、寝たふりをしよう、うん。

「急に押しかけてごめんな、あたしさ、その……なんかさびしかったんだ」

 ……ひばり?

「愛花の夢は、どんどん現実味を帯びていくけど、あたしの方は何にも進展がなくてさ。このまま行ったら、愛花はあたしのことなんて忘れて、どこか遠くへ行ったちゃうんじゃないかって。……あたしのことなんて、友達だなんて思わなくなるんじゃないかって。それが、怖くて、寂しかった」

 ……そっか、そんなこと思ってたんだ。

「なんてな。それじゃ、おやす――」

「まったく、ひばりらしいなぁ」

「……っ、愛花、お前起きて」

「ひばりらしいよね。無理やり元気に見せて、本心は隠したりするところが。そんなんしてると、いつかの私みたいにみんなに怒られるよ?」

「うっ」

「……私がどんなになっても、ひばりは親友だよ。ひばりがどんなになっても、私を親友だと思ってくれるように。もし、私がひばりの遠いところに行こうとしたら、無理やり連れ戻してよ。私もそうするから。だから――おばあちゃんになってもよろしくねひばり。」

 暗闇の中で、ひばりの表情は見えない。でも、きっと笑ってくれているはずだ。私と同じ様に。

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