第48話 愛花と幸音

 窓を開けると、さわやかな春の風が部屋をけ抜ける。……この気持ちのいい風も花粉症の人には悪魔の風なんだろうか。

 詩的な思考から一瞬で現実的な思考に戻ったのが私、芥川愛花あくたがわいとはなだった。

 個人的には春は結構好きな季節なのだが、花粉症の人にとっては地獄なんだろうな。というか、花粉症が特に猛威もういを振るうのが何時いつかも知らないぞ、私。

 そう言えば、何気に花粉症の人少ないよな、このシェアハウスの住人たち。え~と、確か、ひばりと撫子なでこが花粉症なんだっけか。

 ひばりは花粉で目もやられるらしく、「あたしは目をふさぐから、愛花いとはなが手を引いて導いてくれ」とか言われたし。……あの発言は、ちょっと面白かったけど。

 さて、と。描いていた漫画もキリがいいし、何かお菓子でも食べようかな。

 そうして、私はシェアハウスの共用スペースへと足を向ける。お菓子、何があるかな? できれば、甘いものだといいんだけど。

 自室から出て、短い廊下を抜ける。共用スペースの扉を開けると、何やら甘い香りがただよってきた。香りがした方に目をやると、そこに人影が見えた。

幸音ゆきねちゃん、やっほー」

「お、いーちゃん。ええところに来たな」

 キッチンに立っていたのは、エプロン姿の花咲幸音はなさきゆきねちゃんだった。幸音ちゃんは、料理上手だし作っているものもすごく美味しいものなんだろうなぁ。ハッ、自分で食べるようなら、少しくらいおこぼれを頂けるのではないか……?

 なんて考えていると、幸音ちゃんは握っていたフライパンからお皿に作っていたものを移す。あれは、パンケーキかな?

 いいなーと思っていると、

「ほい、いーちゃんの分できたで」

 と言ってきた。

「え? 私の? 幸音ちゃんのじゃなくて?」

 私が目を丸くしているうちに、幸音ちゃんはメイプルシロップなどのトッピングを冷蔵庫から取り出していた。

「もともと、愛花ちゃんように作ってたものなんや。休憩時間に甘いもんとかええかなー、と思ってな。言ったやろ? ええところに来たなーって」

 ああ、言われてみれば言ってたな。全然気にめていなかった。

 それに私のために作ってくれていたとは……。頭が下がるなぁ。その分、無理せずに頑張らなければ。

 ダイニングテーブルにパンケーキの皿とトッピングを並べて、席に着く。

 では。

「「いただきます」」

 綺麗きれいに焼き目がついたパンケーキをナイフとフォークで一口大に切る。口に入れると、ふわふわで甘い。

流石さすがだね、幸音ちゃん。すっごく美味しい!」

「ふふん、もっとめてくれてもええんやで?」

 胸を張る幸音ちゃんは得意げだ。……あんまり意識してなかったけど、わりと胸あるな、幸音ちゃん。ぐぎぎぎぎ……。

「いーちゃん? なんか顔怖いで?」

「あ、いや、こんな美味しいもの作ってくれて、申し訳ないなーって。気遣いできるなーって思っただけ」

 顔が怖くなっている理由になっていないけど、なんとか誤魔化ごまかす。……誤魔化せたのか?

 少し、いやかなり怪しいので幸音ちゃんの方を見ると、なんだか落ち込んでいるようだった。

「幸音ちゃん?」

「あ、すまんな。いろいろ考えちゃってな」

「……パンケーキのお礼に話聞くよ?」

 私がそう言うと、幸音ちゃんは少しだけ黙ると、ゆっくり話始めてくれた。

「悩んでんのは、ふーちゃんのことやねん」

 ふーちゃん。それは、幸音ちゃんの妹の花咲福乃はなさきさちののことだ。福乃と書いてさちのなのだが、幸音ちゃんは他の人と呼び方が被るのが嫌だ、という理由でふーちゃんと呼んでいる。

「うちは、ふーちゃんのお姉ちゃんや。でも、ちゃんとお姉ちゃんできてるのかが、分からんねん。周りから見たら、いろいろと気を遣っているから、仲良くは見えるとは思う。でも、姉としてふーちゃんを支えているのかが、分からんねん。実際ふーちゃんは、うちには進路のこととか重要な相談はしてくれたことはないねん」

 私は、先日の福乃さちのちゃんとの会話を思い出す。夢のことを、姉には相談しにくいこと、と言っていた福乃ちゃん。それは、幸音ちゃんが姉として頼りないからなのか?

 ……私は、深く息を吸うと幸音ちゃんに語りかける。

「私は、幸音ちゃんはそのままでいいと思うよ」

「そうやろか?」

「これは私の憶測だけどさ、福乃ちゃんは幸音ちゃんに心配かけたくなかったんじゃないかな。家族だから、相談できないこと、黙っておきたいこととかあるはずだよ。大事な話をしないから姉として頼りない、って思ってることにはならないよ。幸音ちゃんは、いいお姉ちゃんだと思うよ」

「そうやな。そうやったら、ええな」

 幸音ちゃんは、まだ少し不安そうだ。

 ここは、一つ年上のお姉ちゃんとして、最後にもう少し背中を押してあげよう。

「大丈夫だよ、幸音ちゃん。だってさ――福乃ちゃんは、幸音ちゃんと話している時が一番楽しそうだもん」

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