第45話 恥ずかしい話

 気がつけば、もう少しで夜のとばりが落ちるという時間になっていた。

 私芥川愛花あくたがわいとはなは、住んでいるシェアハウスの共用スペースで栄養ドリンクを飲んでいた。

 ここのところ、私は、とある雑誌に載る予定の読み切り漫画の執筆にかかりっきりになっていた。

 今書いているのは、私という駆け出しの漫画家の作品が、世間に初めて知られる重要な作品。何度も繰り返し見直しして、何度も担当さんとも打ち合わせをする。大変なことだけど、妥協はしたくはなかった。

 ただ、やはり疲れはたまるものだ。適度に今飲んでいるような栄養ドリンクなどにお世話になり、元気をもらっていた。よし、ちょっとフラつくけどまだまだいける。

 栄養ドリンクを飲み干して、自室に戻ろうとした時だった。

 ガチャリ、と玄関から音がした。誰かが帰ってきたようだ。えーと、今は誰が出かけてたんだっけ?私は、確認ついでに共用スペースとから玄関に通じる廊下につながる扉を開ける。

 玄関にいたのは、このシェアハウスの双子姉妹の妹の方、花咲福乃はなさきさちの

 そして、もう一人。

「……先生?」

「やっほー、愛花いとはなちゃん」

 私の漫画の先生、宮沢梓みやざわあずさ先生がいた。……え、なんで、なんで先生いるの?

 私が戸惑とまどっているうちに、先生と福乃さちのちゃんは共用スペースへと入っていく。え~と、私もいた方がいいのだろうか。うん、先生の訪問理由は分からないけど、なんとなく同席しよう。

 テレビの前に置いてあるソファに腰掛け、福乃ちゃんが飲み物を用意してくれたところで。

「じゃ、テレビ付けよっか、福乃ちゃん!」

「そうしましょうか、あずささん」

 ……展開が、読めない。なんで、テレビ……?

 またしても戸惑う私に、梓先生がごめんね、と一言謝ると説明を始める。

「えっと、偶然バイト帰りの福乃ちゃんと会ってね。少しお話したんだけど、今日のテレビで見たいお笑い番組がお互いかぶってて。それならシェアハウスで一緒にどうですかー、って福乃ちゃんが誘ってくれたんだ」

 そう言えば、この二人お笑い結構好きだったな。そのつながりをすっかり忘れていた。

 ちらりと時計を見ると、時刻はもうすぐ19時。ゴールデンタイムに突入する間近だった。早めに付けたテレビには、ニュースが流れていた。

 私は、それをぼんやりと眺める。最近、テレビとか見てなかったなぁ。

 そして、梓先生と福乃ちゃんのお目当ての番組が始まる。ヤバい、ほとんどの芸人さんがお久しぶりだ。

 時たま笑って、番組が進んでいく。……って、今一人すべった芸人さんが……。こういう時、どんな隣の二人はどんな顔しているんだろう?

ちらりと、横目に見ると、福乃ちゃんはうつむいていた。

「福乃ちゃん、どうしたの?」

「あ、いえ。こういうすべったりした恥ずかしいもの見ると、こっちまで恥ずかしくなっちゃって……」

 照れくさそうに笑う福乃ちゃん。別に照れる必要はないと思うのだが。

「それ知ってるよ~。共感性羞恥きょうかんせいしゅうちってやつだよ、確か」

 私も聞いたことあるな。他の人が恥ずかしい思いをしているところを見ると、自分も恥ずかしくなるやつだ。

「そうなんですよ。別に治したいわけじゃないですけど、少し不便ではありますね」

 不便か。確かにテレビだけでなく、日常でも恥ずかしい話を聞くことはある。その度に、自分も恥ずかしくなるとメンタル的に疲れていくだろう。

 何か、やわらげる方法があればいいけど……。なんて考えていると、

「いいんじゃないかな。それも、福乃ちゃんの良さだよ」

 そう梓先生が言った。

「良さ、ですか?」

「うん。恥ずかしい思いをするのは辛いことかもしれないけどさ。それって、人の気持ちに深く共感できるってことじゃないかな? だから、不便かもしれないけど、そのままでもきっと良いことにもつながっていくんじゃないかな、って私は思うんだ」

 良さ、か。そう言えば、現在就職活動中のシェアハウスの住人、十六夜撫子に聞いたことがある。強みと弱みは、表裏一体。見方を変えれば、悪い面は良い面になる、と。

 福乃ちゃんの共感性羞恥も恥ずかしい思いをするという悪い面が、人の気持ちにより共感できるという良い面になるのだ。

 自分では悪いと思うものでも、捉え方や環境次第で良いことにつながるのだ。

 それは恐らく、不幸せと幸せにも当てはまるのだろうな。

「なるほど、流石ですね。梓さん」

「本当ね。流石です、先生」

 私と福乃ちゃんが拍手すると、梓先生は手を顔の前で振って照れる。ふふ、可愛いな。

 さて、お笑いもいいけど、漫画を描かないとな。

「じゃあ、私、部屋に戻り――」

 立ち上がった瞬間のことだった。

 世界が、歪んだ。そして、誰かの声が聞こえたような気がしたけど。

 次には、私の世界は黒色に染まっていた。

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