第44話 侍

 カチカチと時計が針を進める音がひびく。

 私芥川愛花あくたがわいとはなは、かなり集中して漫画を描いていた。今描いているのは、一番大切なシーン。ここはより慎重しんちょうに取り組む必要があった。

 何度も見直して、時間を忘れて、真剣に描いていく。

 ………………うん、こんな感じかな?

 ようやく、一息入れられるかな。いやでも、もう一度確認を――。

「いっとはなーー!! 休憩の時間だぜーーーー!!!!」

「うえっひゃあ!?」

 びっくりしたーーーーーー!!!!

 肩が大きく上に動いた私は、後ろを振り返る。

 そこには、おそらくノックも無しに私の部屋のドアを開いた人物である、このシェアハウスの住人藤原ふじわらひばり。

 そして、お菓子や飲み物を乗せたトレーを持つ、同じくシェアハウスの住人十六夜撫子いざよいなでこの姿もあった。

 心臓がまだバクバクしている私を置いてけぼりにして、二人は勝手に私の部屋にあるたたみ式のテーブルを出している。

 私は、深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。

「……何してるの、ひばりに撫子なでこ

「ん? 言ったろ、休憩の時間だって」

 ひばりは、言い終わると時計を指さす。えっと、今の時間は……。

「え、1時?」

「そうよ、愛花いとはなちゃん。あなたが最後に共用スペースに現れたのは、夕食を食べた19時。それからろくに休憩してないんじゃないか、ってひばりちゃんが気が付いてね。こうして強制休憩タイムを設けたわけよ」

 撫子は、湯吞ゆのみを口をつける。撫子のことだからお酒で飲んでいるのかと思ったが、「中身はお茶だよ」とひばりは言う。

 それにしても、夕食を食べた後すぐから作業をしてたから、時間にすると5時間は休憩取ってなかったのか……。よし、ここは二人に甘えるとしよう。

 仲良くお茶を飲むひばりと撫子と同じテーブルに付いて私もお茶を飲む。そして、二人が持ってきたお菓子の中からおせんべいをつまむ。

 ……落ち着くなぁ。

「なんかこうしていると、江戸時代の武家屋敷の一時みたいだな」

 ひばりがのんびりした口調で言う。私と撫子ものんびりと、「そうね~」と同調する。

 しばしの間、ゆったりとした時間を楽しんでいると、ひばりが口を開いた。

「そういや、ふと思ったんだが……」

「どうしたの、ひばり?」

「忍者って、ゲームとか漫画とかでも、派手な忍術とか体術とかで派手に描かれるけどさ。侍ってそういうの少なくないか?」

 侍か……。外国の人たちにも人気があるし、江戸時代の象徴する存在だ。ドラマなんかでもよく扱われるが、ひばりの言う通り、忍者ほど派手には描かれていない気がする。

「侍は、刀で戦うのがメインですもの。忍者みたいに奇怪な術を使ったりするわけじゃないから、派手に描くのが難しいのかもしれないわね」

 撫子は、おせんべいをつまみながら答える。

 そうか、侍は刀での切りあいがメインの戦いだもんな。侍が分身の術を使うこともないだろうし。

「そう考えると、題材として派手に扱いやすいのかもしれないわね、忍者。ひばりは侍の派手な作品が欲しいの?」

「いや、そういうわけでもないけど。でも、面白そうではあるよな。鍛え抜かれた剣術でのド派手なバトルとか!」

 剣術での派手なバトル。斬撃を飛ばしたり、刀が燃えたりするんだろうか。……確かに面白そうだ。

「う~ん、でも侍の派手さって、どうしても刀メインになるのよね」

「ま、そうだな、撫子」

「それによって、描かれる幅っていうのが狭まっているんじゃないかしら。それが、忍者より派手に描かれない理由じゃないかしら」

 侍は、刀。対する忍者は、手裏剣しゅりけん鎖鎌くさりがま、体術に多彩な忍術エトセトラ。

 どうしてもレパートリー的にいろいろできるのは、忍者になってしまう。

 要するに、扱いやすいのだ。

 武器も決まっていないから、なんだって装備させていいだろうし。妄想全開の忍術だって、作り放題だし。

 その分、派手に描かれることが多くなり、侍より派手なイメージがついたのだろう。

「そうか。忍者って、ネタが出やすいのかー」

「あくまでも私と撫子の意見だけどね」

 私は、ひばりに補足するとおせんべいに手を伸ばす。この時間におせんべいって太るのだろうか?

「でも、侍はまだいいよ。農民とか、ゲームにする時どうすりゃいいんだよ」

「……よくあるスローライフ系のゲームになりそうね」

「だな」

 ひばりと二人で笑う。その時、ふと撫子を見ると優しい顔つきをしていた。

「撫子?」

「いえ、二人の微笑ほほえましいやり取りを見るのも、あと1年くらいなのかなって思っちゃって」

「……そうだな。よし、愛花。もっとイチャイチャするぞ」

「さて、さっき書いたページの見直しを」

「おいこら」

 みんなで、笑いあう。少しでも多くの思い出を胸に刻むように。

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