第43話 エンドロール

 肉まんうめぇ……。

 私芥川愛花あくたがわいとはなは、住んでいるシェアハウスの共用スペースにて、感動していた。

 読み切り用の漫画の執筆もそろそろ佳境かきょうえた今日この頃。暖かい春の陽気も感じられるようになったきた。

 しかし、まだまだ肌寒い日もある。外に出かけるのも、アウターを着ていきたいところだ。

 まぁ、私は最近あんまり外出てないけど……。

 と、とにかくまだ寒いのだ。そんな時には、温かい食べ物を。

 てなわけで、レンジで温めるタイプの肉まんを食べていたのだ。

 本当に美味しい。こんなにぬくもりを与えてくれる存在だったのか。あなどっていたよ、肉まん君。

 肉まんの実力に驚嘆きょうたんしていると、玄関からガチャリと音がする。誰かが帰ってきたようだ。

 その後に響くのは、二人分の足音。

 と、言うことは……、

「ただいまー」

「ただいまでーす」

 予想通り、帰ってきたのはこのシェアハウスの双子姉妹、花咲幸音はなさきゆきね花咲福乃はなさきさちのの両名だった。

「おかえりなさい、二人とも。映画、どうだった?」

「おもろかったで。うち、あんまりミステリーとか見ぃひんけど、それでも楽しめたで」

「なら、お姉ちゃんもこれを機にミステリー小説読んでみる?」

「それはええわ」

 幸音ゆきねちゃんの高速否定に口をとがらせる福乃さちのちゃん。それを見て、私も思わず苦笑い。

「あ、そうだ! お姉ちゃん、あれ愛花いとはなさんに聞かないと!」

 今度は、福乃ちゃんが高速で何かを思い出す。

「あ、そうやった! なあなあいーちゃん、映画のエンドロールって最後まで見るか!?」

 エンドロール……? そうだな、私は……、

「見る……かな」

「イエス! 流石愛花さん!」

 なんか福乃ちゃんはテンション上がってるし、幸音ちゃんは頭に手をやり「クソ―」とか言ってる。

 私が戸惑とまどっていると、福乃ちゃんが解説してくれる。

「今日の帰り道で、映画のエンドロールを見るか否かで少し議論になりまして。お姉ちゃんは見ない派、私は見る派だったんですけど、家の皆さんにも聞いてみようって話になったんです」

 なるほど。映画館だと、エンドロールで立つ人もかなりの数いるよな。私は、なんとなく惰性だせいで見てるけど。

「ちなみに福乃ちゃん。撫子なでことひばりはどうだったの?」

「ええっと、撫子さんは見る派で、ひばりさんは見ない派でした」

 あー、過半数を逃したから幸音ちゃんは悔しがっていたのか。

 先ほどの福乃ちゃんのように口をとがらせた幸音ちゃんは、文句を言う。

「あんな文字も小さいし、興味もない製作スタッフやら会社やらの情報を見て、何が楽しいねん」

「幸音ちゃん、あれは別に楽しむものではないと思うわよ」

「……なおのこと、見てる理由が分からんのやけど」

 エンドロールを見る理由か……。何なんだろう? 私は本当に惰性で見ていて、映画が終わったんだなー、って言う余韻よいんひたっているけど。

 私と同じく見る派の福乃ちゃんは、あごに手を当てて学者のように、

「私は、作ってくれた人たちへの感謝を込めてみているよ」

 と、持論を展開した。

「感謝って、なんやねん」

「この映画にはこんな多くの人が関わってくれたんだね。こんな会社が協力してくれたんだね。お疲れ様でした。しっかり楽しませていただきました。ありがとうございました……って気分でエンドロールを見てるかな」

 感謝か……。

 映画だけでなく、どんなものにも多くの人が関わっている。私の漫画も、担当さんと梓先生の力を借りて完成へ向かっている。いや、その二人だけじゃない。このシェアハウスのみんなも何気ない会話で気分転換をしてくれる。

 そう考えると、映画のエンドロールにも載せられないほどの多くの人が、作品に関わっているのかもしれない。

 エンドロールを見ることで、そんな多くの人たちを知って感謝するのは、なんて良い時間だろう。

 私は、思わず感心してしまう。流石は福乃ちゃんだ。

「まぁ、感謝もあるけど、ぶっちゃけエンドロールの後に後日談とか語られることもあるから見てるって言うもの大きいかな」

 ……福乃ちゃん、正直だ。

「あー、たまにあるな。あれ卑怯やと思うわ。ちゃんと本編でやれや」

「でも、見逃したくないでしょ? だからエンドロールは、見ておいたほうがいいんだよ」

 なんか解決したらしい。

「あれ、そう言えば撫子って、今会社説明会よね。よく連絡くれたわね」

 私は、ふと思い出す。もうすぐ大学四年生になる撫子は、現在就職活動中だ。今日は、どこぞの会社の説明会に参加していたはずだが。

「なんか早めに終わったらしいで。もうすぐ帰って来るかもな」

「そう言ってたね。でも、そっか……」

 福乃ちゃんは、寂しそうに呟く。

「もうすぐ、撫子さんと生活するのも、終わりなんですね」

 ……沈黙が流れる。別れの時は、まだ先だけど。確実に近づいている。

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