第38話 ラブコメ

 まだまだ寒さが厳しい日が続く。

 私芥川愛花あくたがわいとはなは、自分の部屋から窓の外を見ながらぼんやりとしていた。

 今日は、久しぶりに漫画を描いていたが、なかなかうまくいかなかった。

 う~ん、なんだろう。なんか違う気がするなぁ。というか、この話、意味わからなくないかなぁ。

 こういう時は、一度この作品から離れて別のことをするのがいい。

 と言うわけで。

「ベッドへダ~イブ」

 ぼふんとベッドに倒れ込むと少し温い布団が体を包む。はぁ、気持ちいい……。

 どうしようかな。このままちょっとだけ寝てしまうか。

 でも、寝るとちょっとだけではすまない気がするし……。

 そんな葛藤かっとうと戦っていると、ドアがコンコンとノックされる。

「はーい」

 起き上がりつつ返事をすると、入ってきたのは、同じシェアハウスの住人である藤原ふじわらひばりだった。

「あ、わりぃ。寝てたか?」

「ううん、ただ横になってただけよ」

 ひばりは、「そっか」と答えると1冊の本を差し出してきた。

「ほいこれ。借りてたやつ」

 ああ、そう言えば漫画貸していたっけ。

 こういう時って貸していた方は、忘れたりするものだよね。

 貸していたのは、ぼう少年誌の連載作品であるラブコメだった。

 結構な巻数が出ているけど、ひばりに渡したのは3巻までだった。

「どうする? まだ続きあるけど、それも読む?」

「お願いしてもいいか?」

 ひばりに、「ちょっと待ってて」と言いつつ、本棚でその漫画を数冊取って渡す。

 しかし、ラブコメかぁ。一応私の本棚には、コメディ要素があまりない恋愛ものもあるのだが、ひばりはそういうの読むのだろうか?

「しかし、ラブコメものを読むたびに思うんだが……」

「なに?」

「ひとりの男に、あんな大勢の女が恋心を抱くもんかね?」

 ……それは、恋愛もの全般に言えることでは?

 まぁ、ひばりの疑問はもっともだが。

 でも、そうだな……。

「たまたま男性のタイプがかぶっったらそういうこともあるんじゃないかしら」

「いや、5,6人のタイプがかぶることなんてあるか? 私たちでさえバラバラなのに」

 そう言えば、前にお酒飲んだ勢いでれない恋愛トークで好みのタイプの話をしたっけ……。

 もう詳しく覚えてないけど、ひばりの言うようにバラバラだった気がする。

 タイプが同じじゃないとすると、考えられるのはなんだろう?

「あれかしら。タイプは違うけど、その男性にみんな思わずキュンとされる行動をされたとか」

「あー。確かにタイプじゃなくても、その行動で思わず……ってところか。ありそうではあるな」

 何も必ずしもタイプじゃないと恋に落ちる、というわけでもないだろう。

 実際に「この人は違うなー」と初対面で思ったとしても、親交を深めるうちに知らず知らず恋に落ちているなんてこともあるだろうし。……私は、恋愛経験ないからよく分からないけど。

「でも、そんな誰にでもキュンとさせる行動取るやつなんて、チャラチャラしてそうでモテないんじゃないか?」

 うーむ。チャラチャラしている男性が嫌いなひばりらしい意見だ。

 実際は、残念ながらそういう軽薄な感じの人が女遊びして、恋愛経験も豊富なんだろうけど。

「なにも、キュンとさせるからチャラチャラしてる……ってわけじゃないんじゃない? ラブコメの主人公だって無意識のうちにやっていることだと思うし」

「なるほど。天然女たらしというわけか……」

 その言い方はどうだろう……。間違ってはいないんだろうけどさぁ……。

「ま、ラブコメみたいな状況になんてならないし、そういう男性なんてまずいないから気にしなくてもいいんじゃないかしら」

「そりゃそうだ」

 私は、にししと笑うひばりに件のラブコメ漫画を渡す。

「はい、さっきの漫画の続きよ。難しこと考えず、純粋じゅんすいに楽しみなさい」

「お、サンキュー。それじゃ、邪魔じゃましたな」

 漫画を受け取ると、ひばりは部屋を出ていく。

 ……難しいことを考えないか。

 私も難しいこと考えないで、純粋に漫画を描くということを楽しもうかな?

 そうすれば、きっと読む人にも楽しい気持ちが伝わるはずだ。

 頬をたたいて、気合を入れる。よし、頑張るぞ!

 そうして私は、なにより自分が楽しんで漫画を描いた。

 その漫画を担当者に見せたところ、「この作品、読み切りで雑誌に載せてみない?」と言われて、物凄ものすごおどろきと嬉しさを同時に経験するのは、この日から数日後の話だ。

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