第32話 時代劇

「ただいまー」

「ただいま帰りましたー」

 福乃さちのちゃんは挨拶あいさつ一つでもなんだか上品な子だなぁ、と感心ながら靴を脱ぐ。

 私芥川愛花あくたがわいとはなは、同じシェアハウスの住人である花咲福乃はなさきさちのと映画を観て、家に帰ってきたところだった。

 今日観に行ったのは、とある大人気ミステリー小説を映像化したものだ。

 少しオリジナル要素も含まれていたが、ストーリーの大筋は変わっていなかった。

 原作が好きな私としては、十分に満足できる内容だった。

 福乃ちゃんは原作を読んだことはなかったらしいが、それでも楽しめたそうだ。

 後で原作を貸してあげたら喜んでくれるかな?

 福乃ちゃんは、彼女の姉である幸音ゆきねちゃんとは違い、普通に小説読むし。

 私たちは廊下を歩いて、シェアハウスの共用スペースへと向かう。

 扉を開けると、そこには住人の一人である十六夜撫子いざよいなでこが床に座って何か変なポーズをとっていた。

「……えっと、撫子なでこ?」

「あ、お帰りなさい二人とも。映画、面白かった?」

「ただいまです、撫子さん。映画面白かったですよー。とにかく犯人の動機が涙をさそって……って違う! そうじゃない!」

 流されかけたがなんとか踏みとどまる福乃ちゃん。相変わらずのツッコミである。

 福乃ちゃんは、コホンと咳払せきばらいをして仕切り直す。

「撫子さん、何しているんですか?」

「ヨガよ。いい運動になると思って」

「「「………………」」」

 ……あ、会話が終わった。

 ま、まぁなぜヨガをいきなり始めたのは気になるが、たぶん大した説明は返ってこないだろう。

 福乃ちゃんの方を見ると、額に手を当ててあきれていた。

 そして、そんな福乃ちゃんを見て不思議そうな顔をする撫子。相変わらずのマイペースである。

「それで、映画どうだったの?」

「さっき福乃ちゃんも言ったけど、面白かったわよ。小説の映像化だったから、少し不安もあったけどそれも感じさせなかったわ」

「はい、原作を読んだことない私でも楽しめました。ただ、一人の俳優さんの演技が……」

 あーあの役の人か。

 あの人は演技の上手さじゃなくて、ネームバリューで呼ばれたんだろうなぁ……。

「あ、そうだ。そういえば、帰りにこんなものをもらったんですよ」

 福乃ちゃんはカバンをごそごそと漁ると、一枚の紙を撫子に差し出した。

 撫子はその紙を受け取り、私も撫子の後ろから紙を覗き込む。

「へー、時代劇の映画ねぇ。あ、私の好きな女優さんでるのね」

 紙は、映画のチラシだったようだ。そういえば、私ももらっていたな。

 時代劇はあまり興味が無いから、私がもらったチラシはカバンの中でぐしゃぐしゃだろう。

「時代劇かー。たまに時代劇でもSF入っているものもあるわよね」

 撫子はチラシを見ながら言う。

「確かにあるわね。タイムスリップとかが良くあるパターンかしら?」

「あれはあれで面白いですけどね。皆さんは、昔にタイムスリップしてみたいですか?」

 タイムスリップ……。

 誰しもが一度は妄想したこともあるだろう。

 江戸時代にタイムスリップしたら……とかなんとか。

 撫子はあごに手を当てて、上を見ながら答える。

「うーん、私は真剣しんけんに触ってみたいわね。そうなると戦国時代かしら?」

「え、それ危なくない?」

 いくらなんでも合戦に巻き込まれるのはごめんなのだが。

「それを言ったら、どの時代も合戦やら戦争やらはあったと思うわよ? 落ち着いてるのは……江戸時代以降かしら?」

 今の時代も戦争や紛争が無いとは言い切れないけど、少なくとも今の日本は落ち着いている。

 対して、昔の日本は戦いの連続だった。

 江戸時代以降は、少し落ち着いたとは言えるのだろう。

 福乃さちのちゃんは、先ほどの撫子なでこのように上を見て考えながら言う。

「でも、身分とかいろいろとしがらみがありそうですよね。そういうのを気にしないで居たいなら大名くらいにならないといけないと思います」

 あー、そうか。そういうのもあるのか。

 士農工商しのうこうしょうだっけ?

 福乃ちゃんは、そのまま続けて話す。

「生活水準を戻すのは難しいと言いますし、タイムスリップしてもれるまで相当大変でしょうね」

「ネットもスマホもないものね」

「現代人は現代では大人しくしているのが一番ね」

 三人でそう結論付けた。

 慣れ親しんだものから離れるのは難しいのだ。

 お金持ちがいきなり庶民しょみんの生活に戻ったとしても。

 食べるものは高級な物じゃないと舌が受け付けず。

 住む場所も広いところじゃないと満足できない。

 生活水準というものはなかなか難儀なんぎなものなのだ。

 座っていた撫子は立ち上がり、「ありがとうね」と言うと、チラシを福乃ちゃんに返す。

 そのまま大きく伸びをして、話し出す。

「でもあれよね。もし私たちが昔に生まれていたら、その生活に慣れていたのでしょうね」

「その通りですね。生活水準がそこで決まるわけですし」

 なるほど。生活水準は時代でも固定されるわけか。

「今の生活も未来の人たちからすれば、古い生活なんでしょうね」

「そこまで行くと、私たちももうおばあちゃんですよ」

「未来の生活かぁ……。お酒が出てくる水道とかできないかしら?」

「やっぱりお酒なのね……」

 撫子はおばあちゃんになってもお酒を楽しみ続けるようだ。

 ……生活を変えるって難しいのね。

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