第31話 明朝

 まだまだ日が昇っていない時間に、私芥川愛花あくたがわいとはなは目を覚ます。

 寝ぼけまなこで時計を見てみると、夜明けはもうすぐかもしれないが、起きるには早すぎる……といった時間だった。

 昨日は比較的早く寝たので、その分目が覚めるのも早まったのかもしれない。

 だからといって、こんな時間に目が覚めてもやることなどないのだが。

 ……仕方ない。水でも飲んでから、もう一度眠りにつくとしよう。

 ベッドから出て、自室のドアを開ける。

 ガチャ……という開閉音が昼間よりもとても大きく感じる。

 この音で誰か起きてしまうのではないか。そう思わせるほどに。

 足音にも敏感になりながら廊下を進んで、このシェアハウスの共用スペースの前にたどり着く。

 そして気付く。

 ドアの隙間すきまから、光がれ出ていることに。

 こんな時間に誰か起きているようだ。

 まぁ、このシェアハウスの住人は皆、遊びたい盛りの大学生。

 もう明朝と言ってもいい時間帯まで、起きていても不思議ではない。

 でも、誰が起きているのだろう?

 もしも、晩酌ばんしゃくが盛り上がってできたぱらいとかがいたら、寝かせてくれないのでは……?

 水分補給は諦めて、自室に戻ろうかという時。

幸音ゆきねー! そっちいったぞー!」

「えー! ちょ、まって、今回復中なんやけどー!?」

 かなりエキサイトしている声が聞こえてきた。

 ああ、あの二人か。

 それならそこまで長くからまれることもないか。

 ドアを開けて、共有スペースに入る。

「ん? 誰かと思えば、愛花いとはなか。こんな時間にどうした?」

「お、いーちゃんやん。はろはろー」

 予想は当たっていたようで、出迎えてくれたのは、藤原ふじわらひばりと花咲幸音はなさきゆきねの仲良しコンビにしておさわがせコンビだった。

 二人の手にはゲーム機が握られているあたり、ゲームで盛り上がりこんな明朝まで遊んでいた、といったところだろう。

「私はなんとなく目が覚めちゃったから、水でも飲んでもうひと眠りしようと思ったのよ」

「あー、あるよな。何でもないのにふと目が覚めるって。こんな深夜に目が覚めるとか、早く寝た弊害へいがいか?」

「かもしれないわね」

 ひばりの言葉に答えながら、冷蔵庫を開け水の入ったペットボトルを取り出す。

 コップを洗うのが面倒なので、ペットボトルに直接口をつけてしまいたくなるが、そこは我慢がまん

 さっさとコップに水を注ぎ、一気に飲み干す。

 ……ふぅ。少し気持ちが落ち着いた気がする。

 さて、部屋に戻ろう。

「お、いーちゃん寝るんか? ま、こんな深夜にもう一回寝るんやし、朝起きるの遅くならんようにな」

「分かってるわよ。おやすみ、ひばり、幸音ちゃ……ん?」

「どうした、急に幸音に関する記憶だけ飛んだか?」

 そんな特殊とくしゅな記憶喪失あるのか……?

 いや、今はどうでもいい話だ。

「二人とも……今は明朝よね?」

「え? 深夜やろ。なぁ、ひーちゃん?」

「幸音の言うとおり、まったくもって深夜だな。というか、幸音の前に私も今が深夜、みたいな雰囲気のこと言った気がするんだが」

 それはあまりに自然に言うから全然気付かなかった。

 ともかく、この二人は今が深夜だと思っているらしい。

「いやいや、確かにまだ外は暗いわよ? でももうこの時間帯は明朝って言うでしょ」

「いやいや、外が暗いならまだ夜だろ」

 外が暗いから、夜。

 その言い分も理解できるのだが、さすがにもうすぐ外がしらんでくるともいえる時間で、深夜と言い張るにはいささか無理がある。

「いーちゃん、考えてみ? 夕日が沈む時間はまだ夜ではない、夕方って時間やろ? なら、このまだ日が昇ってきていない時間帯も深夜と言えるんちゃうか?」

「う~ん、やっぱり苦しい気が……」

 夕日が沈み切ってないから、夕方。

 厳密げんみつに言えば、そうなのかもしれない。

 だが、それはもうすぐ夜になるという合図でもある。もし夜になる前に帰って来いと言われている子供が同じことを言うと、怒られる理論だろう。

「あれだ。愛花いとはなは寝起きだから明朝なのかもしれない。でも、寝てないあたしたちにとっては、まだ夜が終わっていないのだよっ!」

 確かに、午前零時れいじを回った時にまだ寝ていないと日をまたいだというのに、前日のことを今日、なんて言っていることもある。

 曖昧あいまいな時間の感覚。

 寝ることでその感覚をリセットすると言うのは、間違っていない理論なのかもしれない。

 それでも、なぁ……。

「あのね? 二人がまだ深夜で、遊びたいって気持ちは分かるわ。でもね……」

 私は、時計を指さす。

「もう四時なのよ。これを深夜と言い張るのは、さすがに無理があるわ」

「「……やっぱり?」」

 そう、この議論をしている今の時間はもう四時だ。

 これが二時なら、私も深夜だねーと納得できただろう。

 でも、四時を深夜というのは……ねぇ?

「しゃーない、幸音、寝るか」

「せやな、正直眠かったし」

 大きく欠伸をするひばりと目をこする幸音ちゃんと共に共有スペースを出る。

 それぞれの部屋に戻っていく二人におやすみと声をかけて、私も自室に入る。

 で、ベッドに入ったのはよかった。

「ね、寝れない……」

 あのやりとりで完全に目がえてしまったようだ。

 私は今日、明朝もとうに過ぎた昼間に睡魔すいまおそわれることになるのだった。

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