第30話 遊園地

 もう少しで冬になるという今日この頃。

 私芥川愛花あくたがわいとはなは、何をしているのかというと。

「イエーイ。愛花いとはなちゃんに幸音ゆきねちゃん、飲んでるー?」

「の、飲んでるわよ。ねぇ、幸音ちゃん」

「せやな……」

 同じシェアハウスの住人、花咲幸音はなさきゆきねとともにこの酔っ払い残念美人十六夜撫子いざよいなでこ酒宴しゅえんに付き合わされていた。

 ああ、なぜこうなってしまったのか。

 つい一時間前までは、幸音ちゃんと秋の夜長におしゃべりを楽しんでいたはずなのに。

 明日が休みであることを失念していたこと。

 時計をよく見ずにどのカップラーメンが至高なのか議論してしまっていたこと。

 この二つのうっかりが酔っ払いにからまれる事態を引き起こしてしまったのだ。

 撫子なでこは酔っ払うとかなり鬱陶うっとうしいのよね……。

 半ば強制的に飲まされたお酒で眠気も回ってきているのだが、いつ解放されるのだろうか?

 だが、そんなこと構うことなく撫子は肩を組んでくる。

 にこやかに笑って非常に楽しそうだ。

「あ、ねぇねぇ。明日どこか出かけましょうよ。もう寒くなってきたし、キャンプ場も空いていると思うのよ」

「いや、なんでキャンプなのよ」

「そもそも家にテントとかないやろ。行楽の秋やからって無理して出かける必要ないしな」

 幸音ちゃんがうんざりしたように言う。

 テンションが低い私たちを見て撫子がブーブー言っている。

 文句を言いたいのはこちらのだが……。

「なら、遊園地にでも行きましょうよー。みんなで行けば怖くない!」

 ……遊園地で怖い要素ってお化け屋敷くらいなものではないだろうか。

 というか、もしお化け屋敷が目的なら私は行かないぞ。

「遊園地か、案外ええかもな。最近、みんなでそろってどこか出かけてないし」

「え、幸音ちゃん。まさかの賛成?」

「いーちゃんは嫌なんか? 漫画ばっかり描いてないで、たまには外出た方がええで?」

 う、それを言われると弱い。

 これは明日は遊園地に行く流れなのか?

 言いだしっぺの撫子は明日には忘れていそうだが……。

 となりに腰掛こしかける撫子に目を向けると、ニコニコしていた。

 が、その表情が次にはくもっていた。

撫子なでこ?」

「ああ、ごめんなさいね。よくよく考えたら私、高所恐怖症だから遊園地楽しめそうもないなって……」

 そういえば、そうだった。

 撫子は、ショッピングモールなんかにある吹き抜けも怖がる高所恐怖症だ。

 ジェットコースターはもちろんのこと、観覧車もダメだろう。

 遊園地の代表的なアトラクションがダメだと、楽しみも半減だ。

「そんな気にすることもないんちゃう? 高い場所に行く乗り物だけじゃないやん、遊園地って」

「それはそうだけど、みんなが楽しんでる中一人は寂しいわよ」

 子供のように口をとがらせる撫子。

 気持ちはわかるなぁ。疎外感そがいかんはあるわよね、やっぱり。

「撫子が乗れそうな遊園地のアトラクションか。あとはメリーゴーランドとかかしらね」

「メリーゴーランドは、なんか子供向けな感じじゃない? 大人が子供のい以外で乗っているのあんまり見かけないわよ」

 言われてみれば、メリーゴーランドに大人だけで乗っているのはあまり見かけないか……。

 うーん、あとはお化け屋敷しかないのか?

 まずいぞ。そうなれば、確実にお化け屋敷に行くことになるじゃないか!

 いや、断ればいいだけなんだけども!

「別にいいやん、子供向けでも。なんかあかんの?」

 そう口を開いたのは、幸音ゆきねちゃんだった。

「幸音ちゃん?」

「だって、子供向けでも楽しめるならそれでいいやん。周りの目を気にして楽しむことを止める方が、うちはもったいないと思うで?」

 楽しむことが大好きな幸音ちゃんらしい意見だった。

 子供向けや大人向け。

 そういう風に言われているものは多くある。

 でも、それはあくまでも向いている、というだけで楽しむことを否定してはいない。

 勝手に使う側がそう言われているからというだけで、楽しむことを止めてしまっているだけなのだ。

 子供向けのアニメを毎週心待ちにしている大人がいるように。

 大人向けのドラマに毎週胸打たれている子供がいるように。

 素晴らしいものには、子供も大人も関係ない。

 楽しむことに制限なんてないのだ。

「そういうことなら、遊園地で童心に帰るのもいいのかもしれないわね。ありがとう、幸音ちゃん」

「お礼言われるようなことしてないで。でも、もらえるもんは病気と借金以外はもらっとくわ」

 言葉とは裏腹に照れくさそうに、頬を掻く幸音ちゃん。

 撫子は、上機嫌じょうきげんにテーブルの上の缶チューハイを飲み干す。

「うふふ、いい気分だからこのまま寝るわね。おやすみなさーい」

「あ、ちょっと撫子」

 撫子は、言うだけ言って私のひざに頭を乗せて、すやすやと眠りについてしまった。

 まったく、このシェアハウスの中で一番年上のクセに一番子供っぽいんだから。

「しゃーないな。うち、毛布持ってくるわ。ついでに空き缶とか片づけちゃうな」

 幸音ちゃんは、テキパキとテーブルの上を片づけていく。

 そして別室から毛布を持ってくると、撫子なでこに優しくかけてあげた。

「ごめんね、幸音ゆきねちゃん。何から何まで」

「ええって。それに……いーちゃんには謝らなあかんからな」

 ……ん?

「だって、動いたらなーちゃん起きてもう一回飲むの付き合わされるやろ。つまり、いーちゃんはここで朝までコースや。すまんな、ほなお休み!」

 そう言って、サッと自室へと幸音ちゃんは消えてしまう。

 ……賢い大人だな、ちくしょう。

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