第29話 お土産

 よし、こんなものだろう。

 私芥川愛花あくたがわいとはなは、住んでいるシェアハウスの掃除をしていた。

 私たちのシェアハウスのルールとして、共有スペースの掃除と洗濯は当番制となっている。

 今日の掃除当番は、私だったというわけだ。

 ちなみに、食事の用意と皿洗いが当番制じゃないのは、料理が苦手な人もいるというのもあるが、アルバイトなどで食事の時間がバラバラになるというのも理由だ。場合によっては、外で食べてくる時もあるし。

 個人的には料理上手のひばりと幸音ゆきねちゃんが作ってくれると嬉しいのだが、贅沢ぜいたくは言えないのだ。

 掃除も終わったので、少し休憩したら本でも読むか。ちょうど最新刊が出た小説があるし。

 自分の部屋に移動しようとしたその時、インターフォンが鳴る。

 ……誰か、ネットで何か買ったのかな?

 なんて思って、インターフォンに出る。

「はい」

「あ、愛花いとはなちゃ~ん。開けてー」

「……先生!?」

 訪問者は、完全に予想外の人物――私の漫画の師匠、宮沢梓みやざわあずさ先生だった。


「ごめんねー急に来ちゃって。時間大丈夫だった?」

「ええ、大丈夫ですよ。あ、コーヒーどうぞ」

「ありがと~」と、のんびりとした様子でコーヒーに砂糖とミルクを入れるあずさ先生。

 そういえば、先生ってブラックじゃコーヒー飲めないんだっけ。

 うちには半数がブラック派なので、あまり砂糖とかミルクとかがなかったりする。

 来客用に常備じょうびしておいたほうがいいかな?

 って、今はそんなことはどうでもいい。重要なことではない。

「あの、先生。どうして急に私たちの家に?」

「あ~大したことじゃないんだけどね。ええつと……はいこれ」

 先生は、となりに置いていた紙袋を渡してくる。

 とりあえず、受け取って中をちらりと開けてみる。

 中身はどうやら温泉まんじゅうのようだ。

「……えっと、これは?」

「お土産だよ~。ほら私、取材旅行に行ってたでしょ?」

 ああ、近いうちに先生の漫画に古い街並みがたくさん出てくることになるから、取材で色々なところに行ってたんだっけ。

「すいません、ありがたくいただきます」

「もーそんなかしこまらなくてもいいのに~。みんなで食べてね~」

 先生は、堅苦かたくるしいのは苦手なのか、もっとラフに接してほしいとよく言う。

 ……私としては、連載もしている年上の人気漫画家を友達みたいに接することはできないのだが。

「実はお土産をこけしにするか、そのおまんじゅうにするか迷ったんだけど、おまんじゅうで大丈夫だった?」

「はい、おまんじゅう嬉しいです」

「よかった~」と顔をゆるませる先生。

 というか、なぜこけし……。

 名産品だったのか?

「やっぱり、お土産って迷うよね~。その人の好みもあるし」

「まぁ、無難なのはこういうお菓子系じゃないですか?」

 お土産のお菓子なら、その土地ならではの味も楽しめるし、気軽に渡しやすいだろう。

「でも、たまにはずれもあるでしょ? それを考えちゃうとね~」

 そういって、先生はコーヒーを一口飲む。

 食べ物である以上、あまり美味しくないものに当たってしまうのは仕方ない。

 だが、美味しくないものを渡してしまうと、気まずいのも確かだ。

 自分が美味しいと思ったものでも、相手は違うなんてこともあるし。

「でも、形に残る物もあまりいいとは言えないんじゃないと思いますよ?」

「う~ん。確かに『これもらったけど、どうしよう……』ってこともあるもんね」

 地域の工芸品もその土地にしかない手に入りにくいものなのだが、これどうしよう?となることも多い。

 さらに、部屋に物が多い人だと、場所がないし邪魔、ということになるだろう。

「でも、お守りとか服とかだと、そこまで困ることもないんじゃないかな? 実用的だし」

 お守りや服か……。

 それなら場所も取らないし、普段から持ち歩いたり使ったりできる。

 服の場合、外で着るのが恥ずかしくても、部屋着にできるし。

「あと、形に残る物だと、それを見てくれた人のことを思い出せたりできるのも魅力じゃないかな?」

「あ、それはいいですね。ロマンチックです」

 食べ物だと食べたらその時点で箱なんかは捨てることが多い。

 思い出も思い出しにくくなるだろう。

 でも、形に残る物だとふとそれが目に入ると、くれた人のことを思い出すことがあるのか。

 加えて自分用に買った場合にも、あ~あそこ行ったな、なんて思い出せる機会も増える。

 あれ、意外といいのかもしれない。

 つまるところ。

「やっぱり、どっちのお土産も一長一短いっちょういったんだね」

「ですね。外れがなさそうな、お守りとかクッキーとかを選んだ方がよさそうです」

 お土産を送る際には、送る人の迷惑めいわくにならないようにするのが大切だ。

 だとすると、無難な物を選びがちになるが、それでいいのだろう。

 をてらって変なもの送るのは、強い信頼関係で結ばれている人だけにしておくべきだろう。

「あ、そうだ。愛花いとはなちゃん、いろいろと写真も撮ってきたんだ~」

 そう言って先生は、自分のカバンから封筒を取り出す。

 中に入っている写真を取り出すと、机の上に置いていく。

「これは、かなり古い神社の写真だね~。なんか鳥居をくぐると、自然と背筋がシャンとしたよ~」

 先生は、ニコニコしながら旅の思い出を話してくれる。

 ……これが、一番のお土産かも。

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