第28話 芸術の秋

「よし、こんな感じかな」

 私芥川愛花あくたがわいとはなは、自分の部屋で一人つぶやいた。

 今日は、大学の午後の講義が軒並のきなみ休講になるという珍しい出来事が起きた。

 後日ある補講が少し憂鬱ゆううつだが、今はこの時を満喫まんきつしよう。

 と、いうことで、私は家で漫画のネームに打ち込むことにしたのだ。

 先日書いたネームを漫画の師匠である、宮沢梓みやざわあずさ先生に見せたところ、様々なアドバイスをもらうことができた。

 それを受けて、今日はネームの手直しを行っていて、今しがた作業が完了したわけだ。

 これでもう一度あずさ先生にネームを見てもらおう。 

 まだまだ直すところはあるだろうし。

 と、その時部屋のドアがコンコンとノックされる。

「はーい、どうぞー」

「お邪魔しまーす」

 そう言いながら部屋に入って来たのは、高校時代からの友人で同じシェアハウスの住人、藤原ふじわらひばりだった。

 彼女は外出していたはずだが、いつの間にか帰って来ていたらしい。

「どうしたの、ひばり?」

「いや、帰りにコンビニ寄ってきたんだけどさ。愛花が好きな季節限定のお菓子売ってたから、買ってきたんだよ。ほれ」

 手渡されたのは、この時期になると発売されるチョコレートのお菓子の限定フレーバーだった。

 私は、このお菓子が大好きで、よく大人買いして冷蔵庫を圧迫あっぱくさせていた。

 ……自重しないといけないのは分かっているが、なかなかやめられないのだ。

「そういや、そのお菓子なんかキャンペーンやってるみたいだぞ?」

「へー、どれどれ……」

 箱の表面を見ると、そこには大きく『芸術の秋! 美術館のペアチケットが当たる!』と書かれていた。

 美術館か……。いや、嫌いじゃないけど、応募してまで行きたいかって言われると、正直微妙びみょうだ。

「にしても、美術館か。どうせなら海外旅行とか景品にしたほうが、盛り上がるとあたしは思うがね」

「安価で大人数の人に当たるようにしたかったんじゃない?」

 実際に『百名様に当たる!』と明記されているように、当たる数を多くして、応募者数を増やしたかったのだろう。

 一名様に当たる、とかだと一定数は諦める人もいるだろうし。

 なんて考えていると、ひばりが口を開く。

「なぁ、愛花いとはな。なんで芸術の秋って言うか知ってるか?」

「いえ、知らないわ。なんで?」

「いや、あたしも知らん」

 ……知らないんかい。

 でも、なぜ芸術の秋なんて言うのかは疑問がある。

 食欲の秋とかは、実りの季節ということでなんとなく想像できるのだが。

 う~ん、考えられるとすれば……?

「あれじゃないかしら。秋って寒くなってくるでしょう? だから寒くても室内で楽しめるような創作活動だったり、芸術鑑賞だったりがいいってことなんじゃない?」

 秋というのは、冬に向かって寒くなっていく季節でもある。

 そんな中でも外で活動する人もいるが、暖かい室内が恋しい人もいる。

 暖かさを求める人が、室内でも退屈にしないように絵を描いたりしたのが、芸術の秋の始まりなのかもしれない。

 ……詳しく調べたわけではないので、確証がある話じゃないが。

「それはありそうな話だな」

 うんうんとうなずくひばりは、ひと呼吸置くと、

「ま、結局のところ、始めやすいから、ってことなんだろうな」

 と、結論付けた。

「……始めやすいから?」

「そうだよ。だって、別に夏の暑さが嫌で室内にこもる人だっているわけだろ? 春だって、花粉が嫌で室内がいい人がいるだろうし」

 確かにどんな季節にも室内がいい人は、一定数いるのかも。

 室内でも楽しめるものは、どんな季節でも求められるというわけか。

 でも。

「芸術の夏とか言う言葉は聞いたことはないわよ?」

「夏はやっぱり、かき氷とかウナギとか食べ物が美味しいかったり、代わりになる物が強いからじゃないか?部屋キャンプとか室内プ-ルとかもあるし、食べ物以外も楽しめるだろうし」

 夏の風物詩と呼ばれる食べ物も遊びも、ある程度は室内でも楽しめるわけか。

 以前話題に上がった流しそうめんとかも当てはまるかな?

「で、秋だよ。秋ならではってなると、栗とか松茸になるわけだよ」

「食べ物に関して言えばそうね」

「なかなか手が出ないだろ? 値段的にも」

 松茸なんて高級品は、庶民である私にはテレビで見るだけの存在だ。

 なかなか手軽に楽しめるものはではない。

「お月見なんかもあるけどさ、一日だけだし、いつでも楽しめるわけじゃない」

「ええ、そうね」

「そこで、年中楽しめるはずの芸術が頭角を現すわけだよ」

 ……ん?

 どういうことだろう?

「他の季節は、色々と室内イベントがあるけど、秋はパッとするものがない。と、なると芸術が注目されるんだよ。気軽に始めやすいだろ?」

 まぁ、見るだけならすぐにでも始められる趣味ではある。

 描くとなると、道具の準備がいるが、鉛筆でも絵は描けるのでお手軽と言えばお手軽だ。

「となると、芸術を始めやすい環境が整っているって言えるだろ? つまり、きっかけができやすいわけだ」

「だから、芸術の秋って言われるようになった?」

「あくまでも、あたしの予想だけどな」

 ひばりの言うことは、的を得ている……のだろうか?

 別な人に言わせれば、まだまだ反論が出てきそうな話である。

 でも、何かにハマるきっかけなど些細ささいなことなのかもしれない。

 その些細なことで、一生楽しめる何かを見つけられるかもしれない。

 些細なことというのは、案外馬鹿にできないかもな。

「そういや、愛花。どうせそのお菓子大量に買うんだから、キャンペーンに応募してみたらどうだ? なんか副賞で、加湿空気清浄機当たるらしいし」

「……どっちかっていうと、こっちがメインの景品じゃないの、これ」

 後日、我が家はこの加湿空気清浄機をお迎えすることになるのだが、それはまた別のお話。

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