第26話 お金

 季節は、秋。

 外に出れば、夏の暑さが少し恋しくなるような気温になってきた。

 もう少しすると、木の葉の色も変わっていくだろう。

 そんな時期のとある休日。

 私芥川愛花あくたがわいとはなは、住んでいるシェアハウスの共用スペースで、まったりと温かい飲み物を飲んでいた。

 普段はコーヒーをよく飲む私だが、今日はほうじ茶ラテを飲んでいた。

 ああ……落ち着く味だなぁ。

 さて、あの二人が帰ってくるのは、もう少し先かな?

 と、その時、玄関の扉が開く音が聞こえてきた。

 噂をすればなんとやらだ。

 二人分の足音がどたどたとひびき、共有スペースの扉が開く。

「ただいまーっと」

「ただいまやでー」

 出かけていたシェアハウスの住人、藤原ふじわらひばりと花咲幸音はなさきゆきねが入ってきた。

「お疲れ様、二人とも」

 私は、そう言って二人が持っていたビニール袋を受け取る。

 中身は、某ファストフード店のハンバーガーだ。

 なんでも、ひばりと幸音ゆきねちゃんが新作の映画を見に行くとのことで、ついでにお昼ご飯として買ってきてもらうよう、私がお願いしていたのだ。

 私の狙いは、この季節限定のハンバーガー。

 この時期は、やっぱりこれを食べないとね。

「いーちゃん、ほら。お釣りやで」

「ありがとう、幸音ちゃん。二人は何買ってきたの?」

「愛花と同じやつだよ。あ、でも幸音はチーズ入りの奴だ」

 そういえば、あの商品はチーズ入りも出てるんだっけ。

 ……そっちも食べなければならないな。

 私が食べる準備をしている間に、二人には手を洗ってきてもらう。

 まぁ、食べる準備といっても袋から取り出すくらいのものだが。

 ささっと準備を済ませると、ちょうど二人も戻ってきた。

「「「いただきます」」」

 声をそろえて挨拶あいさつを言い、ハンバーガーにかぶりつく。

 うん、美味しい。思わず顔もゆるんでしまう。

「いやぁ、やっぱうまいな、これ。わざわざ少し高いチーズ入りにしたかいがあったわ」

「ったく、金欠だって言ってた割には節約しないよな、幸音ゆきねは」

「何言ってんねん、たかが五十円くらいの差やろ。誤差や誤差!」

 幸音ちゃんは、わりとお金の使い方が荒い。

 対してひばりは、慎重に使う方である。

 ひばりは、一応名家の生まれだからか、お金の重要性を知っているのだろうか?

「でも、節約はそういうわずかな誤差も気にしないといけないんじゃない?」

 私がそう言うと、幸音ちゃんは深くため息をつくと、

「お金……欲しい……」

 そう呟いた。

「うーん、でもお金ってありすぎてもしがらみってもんがついてくるぞ? なんかのパーティーに出なきゃとか、そこでのマナーを覚えるとか」

「難しいものね」

 流石さすがは、名家の生まれであるひばり。

 お金のデメリットも知っているようだ。

 だが、幸音ちゃんは、首をって言う。

「面倒なことがあっても、やっぱりあこがれるねん! 大金持ちの生活ってやつに!」

 ……まぁ、気持ちは分かる。

 大きな屋敷に住んで、使用人が作った料理を食べて、大きなお風呂に入る。広い庭で最高級のコーヒーなんかを飲みながら、読書を楽しむ。

 ……お金、欲しいな。

 でも、ひばりの言いたいことも分かるのだ。

 大金持ちになって、生活の基準が変わると、元に戻れないとはよく聞く。

 そうなると、今美味しく食べているハンバーガーもおいしく感じなくなってしまうのかもしれない。

 それは、なんだかさびしい。

「あたしだって、金があるに越したことはないと思うぞ? でも、あたしはなんて言うか、そこまで多すぎてもなって思うんだ」

「なんでまた?」

「何つーか、最高級のものを年に一度食べられる金があれば、十分に幸せだと思うんだよ、あたしは。最高級のものを日常的に食っていると、ありがたみが薄れるし」

 最高級のものをいつでもどこでも。

 それは、お金持ちになりたい人の典型的な夢だろ。

 でも、それをいつも食べていたら?

 最高級のものも、感動すらしなくなるのだろう。

 どんなに素晴らしいオーケストラの演奏を聞いても、心が動かなくなっていってしまうのだろう。

 それは………やっぱりさびしい。

「ま、あたしは――」

 ひばりは、優しい笑みを浮かべて、言う。

 「好きなゲームだったり、好きなファストフードを買うときに、値段を気にせず買えるくらいの金があれば、幸せだな」

 ……私は、ひばりとその両親の間に何があったのか、知っている

 ひばりの家は、何代と続く料亭りょうていで。

 ひばりは、その跡をぐ人間として育てられた。

 でも、ひばりはあるロックバンドに魅了みりょうされ、跡を継ぐことをこばんだ。

 あたしは、絶対にバンドをやりたいと。あたしの夢は、父さんたちが決めることじゃないと。

 結果として、ひばりは両親とはほぼ絶縁状態だ。

 今は、世間体として大学の授業料を払ってもらっているだけの状態だ。

 お金があるお嬢様だからこその、しがらみ。

 いくらお金があっても幸せになるかどうかなんて、分からない。

 それをひばりは、よく分かっていたのだろう。

 寂しそうな表情のひばりは、小さくハンバーガーをかじった。

 その様子を幸音ちゃんは、不思議ふしぎそうに見ていた。

 私たちの間に、少しばかりの沈黙ちんもくが訪れる。

 ……うむ。

「ねぇ、ひばり」

「なんだ? 愛花いとはな?」

「今度は、私たちもチーズ入りのやつにしよっか。私たちは、金欠じゃないし」

 そう言うと、ひばりはにやりと笑う。

「そーだな。そーいや、チーズ入り以外の特別版もあるらしいじゃないですか~。あーみんなと食べると美味しいだろうなぁ~」

「こ、こいつら……」

 幸音ゆきねちゃんには悪いことをしたが、いつもの通りのひばりに戻ってくれたようだ。

 ……親友として、私はひばりに何ができるんだろう?

 分からないけど。

 私は、ずっとひばりと親友でいたいな。

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