第24話 吸血鬼

 気がつけば、外の景色は夕焼けに染まっていた。

 時計を見ると、時刻は午後の五時半を回っている。

 私芥川愛花あくたがわいとはなは、椅子いすに座ったまま大きく伸びをする。

 自分の部屋で漫画のネームを書き始めたのが、午後の二時くらいだったから、三時間半はもくもくと執筆作業に取り組んだいたようだ。

 そのおかげで、今回のネームはいい感じになっていると思う。

 完成したら師匠に送ってみて、改善点なんかを聞いてみよう。

 そう思うと同時に、扉がノックされる。

「はーい、どうぞ」

 返事をすると、扉が開く。

 入ってきたのは同じシェアハウスの住人で高校時代からの友人、藤原ふじわらひばりだった。

「どうしたの、ひばり?」

「いや、少しばかりひまなもんで、漫画でも借りようかなーって思っただけだ」

「なるほど、それならお好きにどうぞ」

 サンキューと軽く返事をすると、ひばりは私の本棚を物色ぶっしょくしはじめる。

 私もほとんど休憩なしでネームを書いていたから、流石さすがに疲れたな。

 ベッドに腰かけて早速漫画を読み始めたひばりを横目に、私も机の上に置いていたコーヒーを飲む。

 ネーム書き始める前にれたものだからすっかりつめたくなってしまったな……。

 あ、漫画と言えば忘れていたことがあった。

 えたコーヒーを飲みながら、私はスマホに手を伸ばす。

 見るのは、よくアクセスする漫画や小説の新刊情報が書かれているサイトだ。

 本の虫である私にとっては、毎月の新刊チェックは欠かせないのだ。

 どれどれ、次は何が出るのかな?

「あ、これの新刊出るのか」

 私は、ぽつりとつぶやくと、ひばりが反応した。

「ん? 何の漫画だ?」

「ええっと、吸血鬼きゅうけつきの女性と男の子の話の……」

「もしかして、これのことか?」

 そう言って、ひばりは読んでいた漫画の表紙を見せてくる。

 その漫画は、ずばり話をしていた漫画だった。

「なぁ、愛花いとはな。あたし前から疑問だったんだが、吸血鬼の言う美味い血ってなんだと思う?」

「美味い血?」

「ほら、この漫画でも出てくるだろ?」

 言われて、件の漫画の内容を思い出す。

 たしかその漫画では、男の子の血を吸った吸血鬼が、めちゃくちゃ美味うまい血だと感動して、男の子に付きまとうようになったはずだ。そして、そこから物語は始まっていく。そんな漫画だった。

 美味い血。

 それは、吸血鬼を題材にした物語でよく出てくるワードだ。

 でも、それがなんだと言われると、う~ん。

「美味い血ねぇ……。案外単純なものかもしれないわよ?」

「というと?」

「単に健康的で、サラサラな血とか」

 吸血鬼の美味いの基準は分からないが、少なくとも不健康でドロドロの血は飲みたくないだろう。のど越しとか悪そうだし。

「なるほどな。後は、血液型によって味が違うとか?」

「それもありそうね」

 ひばりの憶測おくそくのように血液型で味が違うのは、ありえそうだ。

「そうなると、あれだな。AB型が美味いんじゃなかな。貴重な感じするし。ほら、クエとか美味うまいじゃん」

「数が少ないから、美味おいしいってことにはならないんじゃない?」

 貴重なものは、美味しいものが多いかもしれないが、口に合わないものだって存在するだろう。

 というか、ひばりはクエ食べたことあるのか。うらやましいぞ。

 思考がそれたので元に戻す。

 貴重なもの。

 血で言えば、AB型のRh-とか貴重もいいところだが、果たしてそれは美味しいかどうかは、個人の問題だろう。

そう考えると。

「あれじゃない? ラーメンと同じ感覚なんじゃない?」

「急に庶民しょみん感があふれる話になったな。で、どういうことだ?」

「ほら、ラーメンって、みそとか醬油しょうゆとか種類があるでしょ?どれも美味しいけど、人によって好きなものは変わってくる。店も色々あってその中でも、お気に入りの店がある。そんな感じで、血も血液型でも好みがあって、さらに個人の血の状態でも好みがあるんじゃないかしら」

「おーなるほどな」

 ラーメンに例えたが、他の食べ物でも同じことがいえるだろう。

 お寿司だって、カレーだって、蕎麦そばだって。

 自分のお気に入りの味があって。それは、人と違うことも多い。

 もちろん、多くの人が支持する味はあると思うが、それ以外の味が好きだという人だって多いはずだ。

 好みの味は千差万別。

 それは、人も吸血鬼も同じなのかもしれない。

「なぁ、愛花いとはな。そういえば、最近ラーメン食べてなくないか?」

「そう? カップラーメンならよく食べるじゃない」

「……カップラーメンと店で食べるラーメンは別だろ」

 な、なんかジト目で見られている……。そんなに変なこと言ったかしら?

 カップラーメンも十分美味しいし、お店のラーメンに負けない物もあると思うのだが。

「まぁ、その話はいったん置いておくとして。久しぶりに店のラーメン、食べに行かないか?」

「私はいいけど、どこに行くの?」

「最近、新しいラーメン屋できただろ。そこ行こうぜ」

「いいわね、そのお店どこにあるの?」

 そう尋ねると、ひばりはキョトンとした顔でこちらを見る。

「いや、どこもなにも大学までの道にあるだろ?」

「え?」

「……愛花って、おいしいごはんとか好きなくせにそういうところ鈍感どんかんだよな」

「……ごめん」

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