第21話 海

 じりじりと夏の日差しが照りつける。

 もう夏も後半戦になっているはずだが、まだまだ冷房の力を借りることになりそうだし、紫外線対策も必要そうだ。

 私芥川愛花あくたがわいとはなは、開けたばかりの窓から外を眺め、そんなことを思った。

 只今、朝の十時。窓からは、生温なまぬるい風が入ってくる。

 今日も残暑が厳しそうだ。

 というか、午前という時間帯の中でも、遅い時間である十時。それにもかかわらず、このシェアハウスの共用スペースのカーテンがしまっていた。つまり、私が一番最初に共有スペースに来たことになると思われる。

 みんな、若者らしい生活を謳歌おうかしているなぁ……。

 なんて考えていると、背後からガチャリと扉の開く音がした。

 振り返ると、同じシェアハウスの住人の双子姉妹、花咲幸音はなさきゆきね花咲福乃はなさきさちのが立っていた。

「おはよう、二人とも」

「あ、愛花いとはなさん。おはようございます」

「んあーんん。おはようやで、いーちゃん」

 福乃さちのちゃんはシャキッとしているが、幸音ゆきねちゃんはまだボーっとしているようだ。その証拠に、ふぁー、とあくびをしている。

 あくびをした後、幸音ちゃんは私のいる窓際に寄ってくる。

「うわ、風ぬるいなぁ。今日も暑そうやわ」

「さすがにそろそろすずしくなってきてほしいわね」

 夏が好きな幸音ちゃんも、流石にきしているのかもしれない。

 きっと、涼しくなって冬が訪れると、夏の暑さが恋しくなるのだろう。毎年のことではあるけど。

 さて、いつまでも窓辺で風に当たっていても仕方ない。朝食を食べることにしよう。

 そうして、私たち三人は、朝食の準備を始める。といっても、今日のメニューはベーコンエッグとバタートーストなので焼くだけだが。コーヒーもインスタントだし、失敗はないだろう。

 十五分程度で、朝食は完成した。うん。朝ご飯は、手軽にできるものに限る。

 いただきます、と声を合わせた私たちは、朝食を食べ始める。幸音ちゃんがつけたテレビからは、今が旬の魚介類の特集が流れていた。今人気の芸人さんが、船から海に落とされている。大変だなぁ……。

 私は、テレビを見てあることに気づいた。

「そう言えば、今年の夏って海とか行かなかったわね」

 そう。今年の夏。私たちは、海やプールなどに行かなかったどころか、話題にすら出さなかった。

 一応は、私たちはまだまだピチピチの女子大生。行かないのはまだしも、話題にも出さないのはどうなのだろう。

「そう言えば、そうですね。でも、毎年必ず行くってものでもないと思いますよ? 愛花いとはなさんは行きたかったんですか?」

「うーん、ふ、普通?」

 福乃さちのちゃんの言う通り、別に海は行かない年だってあるだろうし、そこまで行きたいかと言われると、微妙なところではある。

「うちら、別にそこまでアウトドア派ってわけでもないしな。別にいいんちゃう?」

 幸音ゆきねちゃんは、手に持ったフォークをくるくると回しながら、続ける。

「それに、海って行ってもやることなくて、すぐ飽きるしな」

「そう……かも?」

 福乃ちゃんは、幸音ちゃんの言葉に疑問が残っているのか、曖昧な返事だった。

 幸音ちゃんに言われて、私も考えてみる。

 海と言えば、泳いだり、かき氷食べたり、浮き輪でぷかぷか浮いたり。

「あれ? 結構ある気が……」

「そうか? 海で泳ぐって言ったって、水掛け合ったり、浮き輪で浮いたりするぐらいやし。後は、海の家でご飯食べるくらいか? そんなの一時間あれば飽きると思うで。それなら、プールの方がましやろ」

 ……なるほど。確かにやることはあるが、どれも飽きてしまうものばかりだ。

 それなら、ウォータースライダーや流れるプールがあるプールの方が楽しめる気がする。

 私が、納得したところで、異論を唱えたのは福乃ちゃんだった。

「私は、海での楽しみってそういうことじゃないと思うよ。お姉ちゃん」

「ん? どうゆうことや?」

 福乃ちゃんは、コーヒーを一口飲んで続ける。

「例えば、熱い砂浜にはしゃいだり、吹いてくる潮風を感じながら休憩したり。自然があふれる公園をただ歩くみたいな。そういう、普段とは違う環境でしか楽しめない物を楽しむ場所の一つが、海だと思うんだよね。」

 例えば、美術館で、絵を見て感動する。

 例えば、温泉で、露天風呂の景色を楽しむ。

 例えば、公園で、読書をして涼しげな風を感じる。

 いつもとは、違う世界。

 その世界にある、そこでしか感じられないもの。

 それを感じるのも、楽しむことなのだ。

 つまりは。

「なるほどなぁ、遊びだけではない楽しみがあるっちゅうわけか」

 幸音ゆきねちゃんは、頷きつつ、最後のベーコンを口に運んでいた。

 ……福乃さちのちゃんは、考えが大人だ。私も、遊ぶだけしか考えてなかった。

 私も、福乃ちゃんみたいな大人になれるのだろうか?

 ……いや、私の方が年上だった。しっかりせねば。

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