第18話  クーラー

 暑い……暑過ぎる……。

 私芥川愛花あくたがわいとはなは、住んでいるシェアハウスの共用スペースのソファーで溶けていた。

 いや、当然ながら実際に溶けているわけではない。でも、気分的には、長い時間放置されたアイスのようにドロドロの状態だった。

「なんで、このタイミングでクーラー壊れるねん……。やる気あるんか……クーラー……」

 呟いたのは、同じシェアハウスの住人、花咲幸音はなさきゆきねだ。

 そう、今彼女が言ったように、このまだまだ夏真っ盛りという時期に、我が家のクーラーは故障してしまったのだ。

 残念ながら各個人のスペースには、扇風機しかない。このシェアハウスは、そこそこに年数が経過している安めの物件なのだ。

 私達が住むこの地域の夏は、扇風機でも乗り越えられることがなんとか可能な気温ではある。

 しかしながら、今日は別だ。この地域でも、三十五度を超える猛暑となっている。

 それにプラスして、クーラーの修理は明日。

 不幸が重なって、元気印の幸音ゆきねちゃんも参っているようだ。

「なんで、今日やねん……。何してんねん、クーラー……」

「別にクーラーも壊れたくて壊れたわけじゃないと思うわよ?」

「そんなことは分かっとんねん! どちくしょーーがーー!」

 はぁはぁと息を切らす幸音ちゃん。

 そんなに大声出すとさらに暑くなりそうだが、大丈夫なのだろうか?

「幸音ちゃん。扇風機、部屋から持ってきたら?」

「その行為だけで、暑くなりそうやからなぁ。そう言うなら、いーちゃんが持ってきたらええやん」

「……暑くて動きたくない」

 せやろ、と元気なく幸音ちゃんは返事をする。

 分かっている。確実に扇風機を持ってきた方がはるかにマシなのだ。なんなら、個人スペースに戻ればいいのだ。

 でも、暑さはそんな気力すらも奪っていった。

 ああ、どうしたものか。

 このまま、本当に溶けてなくなっていくのだろうか。

 そんなありもしない妄想をしていると、共有スペースのドアが開かれる。

 そこにいたのは、

「……福乃さちのちゃん?」

 幸音ちゃんの双子の妹、花咲福乃はなさきさちのだった。

「お姉ちゃん、愛花いとはなさん! 扇風機持ってきましたよ!」

「でかした、さすが我が妹!」

 言葉とともに、福乃ちゃんにけ寄る幸音ちゃん。私もそれに続いた。

「ん?この扇風機、見慣みなれないやつやな」

「クローゼットにしまってあったやつを引っ張り出してきたんだ」

 私と幸音ちゃんは、まじまじと扇風機を観察する。こんなのあったんだ……。

 そして観察している中、私は残酷ざんこくなことに気づいてしまった。

「ねぇ、福乃ちゃん」

「何ですか? 愛花さん?」

「これ、ホコリまみれで、すぐには使えないんじゃないかしら……」

「なん……やて……?」

 幸音ちゃんが凍りついてしまった。夏なのに凍りつくとは、これ如何いかに。

 いや、そんなことはどうでもいい。どうでもよすぎる。

 福乃ちゃんが用意してくれた扇風機。

 クローゼットにあったというそれは、ホコリを被ってしまっていた。

 もちろん、このまま使えないということはないだろう。

 でも、そんなことをすればホコリが、私達をおそうだろう。

 それは、できれば避けたいところだ。

「今、雑巾ぞうきんで拭くから待っていてください! もう少しですよ、二人とも!」

 まぁ、あと少し時間はかかりそうだが、これで暑さは和らぐだろう。

「これで、明日まで耐えるかもしれへんなー」

「そうね。それにしても、扇風機がまだあって良かったわ」

「まったくやで」

 幸音ちゃんと二人で、うんうんとうなずく。

「でも、夏になった時に使わないにしても、掃除しておけばよかったわね」

 せなや……と、声が小さくなる幸音ちゃん。

そなえあればうれいいなしとは言うけど、その備えの確認はしておくべきなんやな」

「まったくもってそのとおりね」

 そして、また二人でうんうんと頷いていると、れた雑巾を持って福乃ちゃんが戻ってきた。

 そのまま、いそいそと扇風機の掃除を始める。

「ごめんなさいね、福乃ちゃん。掃除までしてもらって……」

「大丈夫ですよ。もともと暇を持て余してましたし」

 暑い中、テキパキと掃除をする福乃ちゃんを見て、なんだか先ほどまでの自分が恥ずかしくなる。

 真のしっかり者は、暑くても行動するものなのかもしれない。

 では。この妹に対して、姉である幸音ちゃんはというと。

「ん~。氷って、以外と美味いんやな~。氷、備蓄びちくしておいて正解やったわ~」

 冷蔵庫から氷を取り出し、ボリボリ食べていた。

 ……たまにだが、この姉妹の姉と妹は逆なのではないかと思う。

 いや、姉がしっかりしていないといけないという決まりはないが。

 一足先に涼しい思いをしている幸音ちゃんを見て、私も冷蔵庫に足を向けるのであった。

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