第16話 ギター

 シェアハウスの共用スペースから、何やらつたない音色が聞こえてきた。

 私、芥川愛花あくたがわいとはなは大学の講義が終わって、早い夏の訪れを感じながら、住んでいるシェアハウスに帰ってきた。

 汗をそこそこかいたので、とりあえず何か冷たい物でも飲もうと、玄関のドアを開けると、何というかたどたどしい音が聞こえてきた、というわけだ。

「ひばり……じゃないよね」

 私は、このシェアハウスで音楽と言えばという人物、藤原ふじわらひばりを思い浮かべる。

 彼女は、大学に通うかたわらバンド活動にいそしんでいる。

 だが、彼女のギターのテクニックを考えると、この拙い音色は彼女のものではないだろう。

 なんせ、高校時代からギターを弾いているし、このシェアハウスでも練習する音を聞いたことがあるので、もっと流れるような音楽であることも知っている。

 では、このところどころ突っかかる、明らかに慣れていない音色は誰のものだろう?

 ……まぁ、共有スペースに行けば分かるよね。

 何故か変な緊張を感じながら、私は共有スペースにつながる扉を開ける。

 そこには、

「そうそう、その二か所を押さえるんだよ」

 私が先ほど思い浮かべた人物、ひばりともう一人。

「なかなか難しいわね……」

 音楽とはあまり縁がない、十六夜撫子いざよいなでこがいた。

「ただいま、ひばりに撫子」

「ん、愛花いとはなか。おかえり」

「おかえりなさい、愛花ちゃん」

 そう挨拶あいさつを交わして、二人のいる場所へと移動してみる。

 すると、撫子がひばりが持っているギターの一つを持っていた。

 なるほど、撫子がギターを弾いていたのか。それなら、慣れていない音が聞こえてきたのも納得だ。

 では、なぜ撫子がギターを弾いているのだろう?

「二人とも、何してたわけ?」

「何って、ギターを撫子に教えてたんだけど」

「それは分かるけど、なんでまた?」

 撫子が今までギターに興味を示したことなど、私が覚えている限りではないのだが……。

 疑問を感じていたところ、ギターを教えてもらっている撫子が口を開く。

「私、音ゲーを作ろうと思ったの。だから、何かの参考になればと思ってね」

 なるほど、と私は相槌あいづちをうった。

 撫子の将来の夢は、ゲームの制作者だ。

 なので、将来のために、たまに自分自身でプログラミングをして、ゲームを作ることがある。私も何度か、ゲームのバグを探すのを手伝ったこともある。

 そんな撫子は、ゲーム作りの際にはいろいろと下調べをする。

 今回もそれの延長、というわけか。

 それにしても、この前作っていたのはRPGだったが、今度は音ゲーか。撫子も頑張るなぁ。

「でも、ゲームのために触れてみたけど、ギターって面白いわね。新しい趣味にしてみようかしら」

 そう言いながら、撫子はポロンポロンとギターを鳴らす。

「お、それならあたしは歓迎かんげいするぞ? 音楽仲間が増えるのは嬉しいしな」

「でも……」

「でも?」

「上手くなる自信がないわね。もともと不器用だし」

 撫子なでこ自身が言うように、彼女は細かな作業などは苦手な方だ。

 料理もできないことはないが、切った食材は大きさがバラバラなことが多い。

 そんな彼女が、ギターを上手になる自信がない気持ちはわかる。

 加えて、趣味にすると、当然のように上手いものだと思われる傾向がある。

 それも相まって、撫子は踏み込み切れないのかもしれない。

 新しいことを始めることに。

「あたしは、気にする必要ないと思うけどな。愛花いとはなはどう思う?」

「そうね……」

 そうひばりに振られて、考える。

「下手の横好き……なんて言えば聞こえは悪いけど。趣味は必ず上手くならなきやいけないなんて決まりはないし、ひばりの言うように、気にすることないと思うわ」

 趣味を極める。それも楽しみの一つかもしれない。でも、それを押し付けるのは、違うはずだ。

 それよりも、大切なことがある。

「大事なのは、撫子が楽しむことができることよ。楽しめないと、趣味なんて言えないでしょう?」

 大切なのは、楽しむこと。自分自身が、苦しいことを続けることは難しい。

 誰だって、仕事にしても趣味にしても、好きなことをやりたいはずだから。

 楽しむことを忘れてしまえば、いつか潰れてしまうから。

 だから、上手くなれなくても、自分自身が楽しいと感じることを、したいようにやればいいのだ。

 それで、世界が輝くはずだから。

「楽しむことか……。それなら、ギターもときどき弾いてみようかしら?」

「それがいいと思うぞ」

 うんうんとひばりは頷く。

「ギターを続けるなら、私も自分のギター買わないとね。そんなにお金ないから、安いのだけど」

「それなら、いいところがあるぞ」

 ウキウキしているひばりを見て、何だか私も嬉しくなった。

 そんなある日の午後ことだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る