第14話 シャワー

 私、芥川愛花あくたがわいとはなはのんびりと、同じシェアハウスの住人、花咲幸音はなさきゆきね談笑だんしょうしていた。

 最近、熱くなってきたし、そろそろそうめんとか食べたくなるよねーとか、毒にも薬にもならないような会話だった。まぁ、雑談なんてそんなものだろう。

 場所は、共有スペースのダイニング。私は、漫画のネームに夢中になり、夜遅い夕食を取っていたら、幸音ちゃんがやってきて、そのまま話していた、というわけだ。

「しかし、あれやな。いーちゃんもあんまり、夜遅く飯食べると太るで? ただでさえ、運動せんのに」

「うっ」

 痛いことをついてくるな……。

 でも、幸音ゆきねちゃんの言う通りだ。もう少し、時間に気をつけよう。

 と、その時、玄関からガチャリとドアの開く音が聞こえる。

 どうやら、誰かが帰ってきたようだ。

「お、誰やろ?」

撫子なでこでしょ? まだ帰ってきてなかったの、あの子だけだし」

 そうやったな、とのんびりした声で幸音ちゃんは答える。

 時刻は、もう夜の十時を回っていた。

 十六夜撫子いざよいなでこ。お酒が好きな彼女は、今日大学の友人たちと飲みに行っていた。

 あんまり夜遅いのは危ないのではないか、と私は思ってしまう。

 ……気にし過ぎな気もするが、こういうのはそのぐらいがちょうどいいだろう。

「ただいまー。ふにゃー」

 その言葉と共に、私たちのもとに帰ってきた住人がやってきた。

 やはり声の主は、予想通り撫子だった。

「おかえりなさい、撫子。ずいぶん飲んだのね?」

「そうでもないわよー愛花いとはなちゃーん。ふにゅー」

「まったく。なーちゃんらしいわ。ほら、酔い覚ましにシャワーでも浴びてきたらどうや?」

「そうするわー。ふみゅー」

 ……なんか変な語尾がついてるあたり、結構飲んだようだ。

 シャワーへと向かう撫子を見送ると、私と幸音ちゃんはおもわずため息をついてしまう。

「さて、撫子の部屋から下着と服を取りに行かないとね」

「せやな」

 撫子が酔って帰ってくるのは、これまでに何度もあった。なので、このシェアハウスの住人は対処にかなりれていた。

 酔っぱらいの対処って、社会においてどれだけ貢献できるのかな。なんてくだらないことを考えていると。

「うっひゃあっっっっっ!!??」

 なんか、すごい叫び声が聞こえた。

「……え、今の、撫子?」

「と、とりあえず、浴室行こうか」

 私たちは、慌てて浴室へと移動する。

 そこには、バスタオルを体に巻いてがくがくと震える撫子の姿があった。

 私は、おそおそたずねる。

「ど、どうしたの?」

「……給湯器、壊れてる」

「「は?」」

 私と幸音ゆきねちゃんは、声を合わせて首をかしげる。

 私も数時間前にシャワーを浴びたが、何の問題もなかったが?

 撫子なでこの言ったことを確かめるために、幸音ちゃんは浴室に入りお湯を出す。

「あ、ほんまや。めっちゃ冷水や」

 どうやら、本当に壊れてしまったようだ。

 ……ごめん、撫子。酔っぱらって、ただ水を出しただけだと……。

「で? どうする?」

「どうするもこうするも……」

 シャワーは諦めるしかないだろう。

 だが、撫子は異論をえる。

「いや、汗かいたから、このまま寝るのは嫌なのだけれど」

 確かに、汗でべとべとなのは、いい気持ちではないだろう。

 でも、シャワーは冷水しか出ない。

 さて、どうしたものか。

「こんな時間だけど、銭湯にでもいく?」

「いや、近所でこんな時間までやってる銭湯とかないで。一番近くても電車で移動しないとあかんな」

 そうなると、外でませるのはあまり現実的ではないか。どうやら、家の中で何とかしないといけないらしい。

 はてさて、どうしたものやら。

「そうや。いきなり全身で浴びようとするから、あかんのちゃう? 指先からじっくりいけば……」

「ナイスアイディアよ、幸音ちゃん」

 そう言って、足早に浴室に入る撫子。

 だが、すぐに出てきた。

「ダメだわ。そもそも、指先だけでかなりきついわ」

 幸音ちゃんの作戦は失敗に終わったようだ。

 幸音ちゃんと撫子は、再び頭を悩ませている。

 私も考えてみるか。冷水シャワーの克服こくふく方法。

 というか、夜遅くに何やっているんだ私たち。

 そこで、ふとあることを思い出した。

「ねぇ、撫子。とりあえず、髪だけ洗っておいたら?」

「それは、なんでまた?愛花いとはなちゃん」

「いや、今更だけど私、ボディシート持ってるの思い出したの。髪だけ洗ってしまえば、明日、給湯器直るまではそれで乗り切れるかなと……」

「……それでいきましょう」

 その後、撫子は冷水で我慢がまんしながら髪とメイク落としを済ませた。

 明日、なるべく早めに修理してもらうように、業者に頼んでみよう。

 結論。無理は禁物。

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