第13話 旅

「いっとはなー。旅に行きたくはないかね?」

「……いきなり何よ」

 ソファーでくつろぐ私、芥川愛花あくたがわいとはなは同じシェアハウスの住人で、高校時代からの友人、藤原ふじわらひばりに変な風にからまれた。

 時間はお昼時。ご飯を食べ、食器洗いも済ませたタイミングでのひばりの襲来しゅうらいだった。

 ひばりは、よく突拍子とっぴょうしもないことを言い出すので、私自身もこういう状況に慣れてきている。

 ……慣れていいことなのかは、分からないけど。

「ふっふーん! これを見ろ!」

 そう言って、ひばりはソファーの空いたスペースに体を入れると、自分のスマートフォンを見せてくる。

 見てみると、そこには、

「豪華クルーズ旅行体験レポート?」

 スマートフォンに映し出されていたのは、ネットに投稿された旅動画だ。

 なるほど。これを見て、自分も旅に出たくなったというわけか。

「いいよなー。この動画みたいに、日常を忘れて、普段とは違うものに触れる。きっと、吹いてくる風だって、全く別のものに感じるんだろうなー」

 思い返してみれば、久しく旅行など行っていないな。最後に旅に出たのは、もしかしたら高校時代の修学旅行かもしれない。

 それに、今はシェアハウスの住人達がいる。みんなで一緒に旅に出てみたいな。

「なぁ、愛花はどこに行きたいとかあるか?」

「私?」

 言われて考えてみる。キラキラと目を輝かせているひばりの視線を感じる。

 いや、そんな面白いことないわよ?

「私は、無難にハワイがいいわね。やっぱりリゾート地って憧れない?」

「あー、分かる。ホテルにあるプールで、サングラスかけて寝そべっていたい」

 プール付きのホテル……。それだけで贅沢している気分でなんだかワクワクする。

「で? ひばりは、さっきの動画みたいにクルーズ旅行に行きたいわけ?」

 クルーズ旅行。こちらも、お金持ちだけが参加する夢があふれる空間だ。ドレスコードとかは、めんどくさそうだが、ドレスを着てみたい気はする。

「うーん。それもいいが、あたしはヨーロッパ方面に行きたいな。異国感あふれる街並みや有名な画家の美術館!」

 おお、それも大変魅力的だ。日本にはなかなかない景色を存分に堪能たんのうしたいところだ。

「まぁ、お金ないから無理だけどな……」

「急に現実突きつけてくるわね……」

 私も漫画のアシスタントのバイトでお金を稼いでいるが、服やら本やらと買っていれば自然となくなっていく。

 ひばりもバンド活動があるから、長期間旅行に行くのは難しいだろう。

「あと、言葉の壁もあるよなー。あたしたちの中で、英語できる人いたっけ?」

「えーと、撫子なでこが少しだけできたような……」

 十六夜撫子いざよいなでこ。このシェアハウスに住む、お酒とゲームが好きな美人さんだ。彼女は、確か日常会話レベルならできたはずだ。

 だが、彼女に全て任せて旅をするのも難しいだろう。

「はぁー。やっぱり難しいか。いきなり海外旅行なんて」

「それは、そうでしょう。ああいうのって何か月も前に計画するものだと思うし」

 海外旅行にいきなり行く、というのは何かのドッキリイベントみたいな感じだ。テレビ番組じみている。

 ならば。

「ひばり。国内旅行はどうなの? 海外もいいけど国内にもいろいろと観光地はあるでしょう?」

「いや、同じだろー。どのみち金ないし」

 ひばりの言う通りだった。

 突発的とっぱつてきに旅行に行けるのは、時間とお金に余裕のある人ができる芸当だろう。世の中には、とりあえず行先だけ決めて、後は現地で。なんていう人もいるらしいが。

 だるーんととけるようにソファーに体をあずけるひばり。

 まぁ、今は旅動画で旅行気分を味わってもらうしかなさそうだ。

 そう思ったが、私はあることを思い出す。

「ひばりー?」

「なんだ?」

「この前、バイトの帰りに普段とは違う道を通ってみたの。その時、新しくタイ料理のお店ができてたみたいだから、行ってみない? 食事だけでも旅行気分、味わってみない?」

 その問いかけに、ひばりは腕を上げて、サムズアップをする。

 どうやら、気に入ってくれたようだ。具体的な日時をどうしようかと、考えていると。

「そうだ!」

 いきなり、ひばりが勢い良く体を起こす。

「愛花! みんなで近所の散策ツアーに行こうぜ!」

「近所の散策?」

「ああ、普段何気なく通っていても、違うものが見れるかもしれないだろ? それでも十分にいつもと違う感覚が味わえると思うんだ」

 それは、案外面白いかもしれない。別に遠くにある物だけが、普段触れない物というわけじゃない。日常から少しだけ外れたことをして、新しい発見をする。これも、きっと旅の醍醐味だいごみだ。

「それじゃ、みんなに空いてる時間聞いてみようぜ。確か幸音は部屋にいるはずだ!」

 先走るひばりに慌ててついていく。

 これから始まる小さな旅は、さわがしくなりそうだ。

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