第12話 筋トレ

 住んでいるシェアハウスに帰って来たら、各人の個人スペースの扉に耳を当てている不審者ふしんしゃがいた。

「……何やっているのよ、ひばり」

 私、芥川愛花あくたがわいとはなは扉に耳を当てている不審者――藤原ふじわらひばりに話しかける。

 いくら同じシェアハウスに住んでいる気の置けない仲とはいえ、個人のプライベートエリアを探るのはいかがなものかと思う。

 そんな不届ふとどき者にして高校時代からの友人であるひばりは、私の方に振り返る。

「いやな? なんか荒い息遣いきづかいが聞こえたから、イケナイことが起きているのかどうか、探りを入れていたんだ」

「荒い息遣いって……」

 ……ま、まぁそれは気にならないと言えばうそになるけど、ダメなものはダメだ。

 私は、コホンと咳払いをして邪念じゃねんを取り払ってから、ひばりを諭す。

「この部屋、福乃さちのちゃんの部屋でしょ? 福乃ちゃんに限って変なことをしているとは思えないけど」

 そう、この部屋の主は、品行方正ひんこうほうせいである双子姉妹の妹の方、花咲福乃はなさきさちのである。

 彼女が、何か他の人に隠しておきたいようなやましいことをしているとは、私はどうも思えなかった。

 ひばりは私の問いかけに、チッチッチッと人差し指を振りながら答える。

「分かってないな、愛花。真面目な性格だからこそ、隠しておきたい秘密もあるもんだぜ?」

 う、う~ん。そういうものなのか?私にはよく分からない。

 首をかしげる私に、ひばりは続ける。

「福乃は女子としてレベル高いからな。もしかしたら、あたしたちが知らない間に彼氏を作ってたのかもしれないぜ?」

「えっ!?」

 思わず驚愕きょうがくする私に、ひばりはとどめを刺すように言う。

「そう! 今この瞬間、あやしい荒い息遣いが聞こえるということは!」

 ま、まさか……!?

「あたしたちがいない時間に、彼氏を連れ込んで十八禁的なことを行っている可能性が――」

「ありませんよ! 変な想像やめてください!」

 私たちのさわいでる声が聞こえたのか、福乃ちゃんが飛び出してきた。


「筋トレ?」

 はい、と短く返事をした福乃さちのちゃんは顔を少し赤らめていた。

 今は、廊下から福乃ちゃんの部屋に場所を移して話している。それにしても、流石福乃ちゃん。部屋がきれいだ。

 福乃ちゃんに、ひばりが聞いたあやしい息遣いきづかいについて聞いてみると、筋トレをしていたらしい。

「それにしても、なんでまた筋トレを?」

 私たちが知る限りでは、福乃ちゃんにそんな趣味があるというのは聞いたことがない。

 福乃ちゃんは、少し目を逸らしてひばりの疑問に答える。

「その、ダイエットを……」

「ダイエット? 福乃ちゃん、十分にスリムじゃない」

 あくまで私の主観だが、福乃ちゃんはせている方だと思う。むしろ、他の人からも目標とされる体型をしていると思うのだが……。

「いえ、その、最近、お菓子を食べ過ぎて……」

 最近の福乃ちゃんの行動を思い返してみる。三時のおやつに夕飯のデザート、エトセトラ……。

 確かに、よく甘いものを食べているのを見た気がする。

「ま、ダイエットするかどうかは個人の自由だからいいけどさ。筋トレって何やってたんだ?」

「とりあえず、スクワットを五十回を目標にやってました」

「いや、いきなり飛ばし過ぎでしょ」

 スクワットって、かなりきつい運動だった気がするのだが、それを五十回?

 確実に筋肉痛になるでしょうに……。

 私たちが驚く中、福乃ちゃんは

「いえ、もうすぐ薄着の季節。一刻いっこくも早くせなくてはならないんです!」

 と、やる気満々だった。

 意気込みは立派なのだが、かえってマイナスなことをしていると思う。

 何事もそうだと思うが、はじめからハードなことをやって、続けていく気力がなくなってしまったら全く意味がない。

「いや、それはよくないと思うぞ。福乃さちの

 同じことを思ったのか、ひばりが福乃ちゃんに話しかける。

「はじめから自分から追い込むのは、心がけとしてはいいのかもしれない。でも、結果として辛くなって何もしなくなるなら意味はないんだ」

「でも、すぐに結果を求めるなら、はじめから追い込む必要があるんじゃないですか?」

 それは、福乃ちゃんの言う通りかもしれない。

 だが、ひばりは福乃ちゃんの言葉に首を振った後、続ける。

「はじめから追い込む場合でも、最初は基礎から始めると思うぞ。そこから、難易度を上げていって、『自分成長してるんだ』って成長を楽しんでもらってんじゃないかな」

 そこで、ひばりはひと呼吸おいて、

「ま、何事も何かしらの楽しみがなきゃ、なかなか続かないってことだ」

 そうしめめくくった。

「なるほど……」

 どうやら、福乃ちゃんも納得したようだ。

 それにしても、もうすぐ夏。薄着の季節か。

「……はぁ」

 自分の認めたくない貧相な胸に目線を落とし、勝手に憂鬱ゆううつな気分になる私だった。

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