第11話 車

 ある日の夜、私、芥川愛花あくたがわいとはなはソファに座ってボーっとテレビを見ていた。

 漫画のネームが完成したので、少しだけ休憩しているところである。

 あとは、この休憩の後にもう一度ネームを確認して、違和感がないかを確認する。

 こういうのは、少し時間をおくと変なところも見つけやすくなる……と個人的に思っている。

 テレビからは政治関連のニュースが流れていた。特に興味もないが、ある程度のことは把握していないといけないんだろうな、なんて思いながら眺める。

愛花いとはなちゃーーん?」

「うっひゃあ!?」

 びっくりした! なんだ!?

 声がした方を見ると、ニコニコした十六夜撫子いざよいなでこが立っていた。

 ……こ、この二十一歳児。普通に声をかければいいものを。

「うふふ、どう? 気配を消してみたんだけど」

「忍者か」

 いいツッコミね、と言いながら撫子は私の隣りに腰ける。

 撫子がこの共有スペースに来たということは、また晩酌ばんしゃくしに来たのだろう。そう思っていたが、撫子の手にはお酒ではなく、炭酸のジュースとお菓子が握られていた。

「ん? お酒飲みに来たんじゃないの?」

「そのつもりだったのだけれど、冷蔵庫にお酒なかったわ……」

 目に見えてしゅんとする撫子だった。

 その姿に相変わらずだな、と思う。まぁ、たまには休肝日きゅうかんびも必要だろう。

 ソファ前のテーブルにジュースなどを置くと、撫子はテレビに視線を向ける。

 私も視線をテレビの方に戻すと、ちょうどCMに入るところだった。

「ねぇ、愛花ちゃん。私前から疑問だったのだけれど……」

「なに?」

「なんで、車のCMって多いのかしらね?そんなに気軽に買うものでもないのに」

 言われてみると、確かに車のCMは多い。テレビ番組がCMの時間になると、必ずと言っていいほど見かけるものだ。

 そして、車は当然ながらかなりの金額がする品物である。そんなものをポンポン買うのは、車好きの大富豪だけだろう。

「う~ん。車は、人生の中でも回数の少ない大きな買い物じゃない」

「そうね」

「だから、買い手もいろんな情報を知りたいんじゃないかしら? 私達は車とは縁遠いからどうでもよく感じるけど、必要な人にはいい情報源なんじゃない?」

「なるほど、ある程度の需要じゅようはあるのね」

 そう言って、ジュースを飲む撫子。

 しかし、車か……。一応、私は免許を持っているが全く運転していない、いわゆるペーパードライバーだ。というか、ここのシェアハウスの住人は全員がそうだろう。

 私は今のところ、車に微塵みじんの興味もないが、いつかは欲しくなるものなのだろうか?

「CMに興味あるってことは、撫子は車欲しいの?」

「いえ? 全くないわ。ただ、数が多いなーって思っただけ。車あっても、外でお酒飲んだ時に邪魔なだけだしね」

「……撫子らしいわ」

「もしかしたら、就職や結婚でもしたら必要になるかもしれないけどね」

 そういうものだろうか?

 私は、漫画家志望なので就職で車が必要になる可能性は低いが、結婚となると分からない。

 そうなれば、CMを見てどの車にしようか参考にするのだろう。

「でも、車を売る人も大変よね。人生の大きな買い物をになうことになるんだもの」

「確かに。あれ? でも、そうなると買い手だけがCMを必要にしているわけじゃないのかも?」

「どういうこと?」

「ほら、大きな買い物ってことは、それだけ後悔したくないでしょ? だから、売り手も車のことをよく知って欲しいんじゃないかしら」

 もし、車を適当に決めてしまった買い手が後悔してしまえば、その買い手との販売する側の縁は切れる。

 販売店にしてみれば、そうなるのは利益的に避けたいだろう。特に今は、ネットでの情報の拡散が早い。例え、その販売店ではなく、買い手に問題があった場合でも、あそこはダメだ、という情報が流れるだろう。

 特に車は、思い出に残りやすい代物だ。買い手も売り手も、情報を共有して後悔することがないようにしたい。

 どんなものでも、売り手は満足してもらうために、少しでも情報を発信したいのだろう。

 当事者でもないと興味を持たないが、知りたい人は貪欲に情報を求めている。私が新しい本の情報が欲しいけど、撫子は美味しいお酒の情報が欲しいのだ。

 つまり、

「誰かの無関心は、誰かの興味ってところかしらね?」

「かもね」

 買い手が満足するために情報を求めて、売り手は満足して欲しいから情報を発信する。

 これが、需要と供給ってやつなのだろうか?

 ……なんだか、休憩しに来たのいっぱい頭を使った気分になる。

 もう少しだけ、休んでいこうかな?

「うふふ。なんだか気分が良くなってきたわ」

「え? 飲んでないのに?」

「よーし、愛花ちゃん。この際、腹をわって話しましょうか!」

「え!?」

 結局、その日はネームの最終確認はできなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る