第10話 コーヒーと紅茶

 ある日の午後に、私、芥川愛花あくたがわいとはなは住んでいるシェアハウスの共用キッチンでコーヒーを入れる準備をしていた。

 今日は、休日ということもあり朝はのんびり起きて、漫画のネームを書くことに集中していた。だけど、休憩きゅうけいを全く取らないのはかえって作業効率を下げてしまう。というわけで、休憩ついでにコーヒーを飲もうと思いたったのだ。

 お湯がくのを待っていた時。シェアハウスの共用部分と廊下をつなぐ扉が開かれる。入ってきたのは、このシェアハウスのおさわがせコンビ、藤原ふじわらひばりと花咲幸音はなさきゆきねだった。

「お、いーちゃんやん。何してん?」

「ただ、休憩ついでにコーヒー飲もうとしてただけよ。面白いことないわ」

「なら、あたしたちと似たようなもんか。流石にRPGのレベル上げだけしてると疲れてきたから、休憩しにきたんだよ」

 ……二人でRPGをやるのは、ゲームをまったくやらない私としてはよく分からないが、本人たちが楽しそうならいいか。

「でも、愛花ってコーヒーをよく飲むよな。紅茶好きじゃなかったりするのか?」

「いや、そういうわけじゃないけど。……なんとなくかな?」

 そういえば、私は休憩と言えばコーヒーを飲んでいる。紅茶も嫌いではないのだが、なぜコーヒーなのかと言われると困る。

「ひーちゃんも変なことを聞くんやな。休憩といえば、コーヒー一択やん」

「は?」

 あ、なんか幸音ちゃんがひばりの地雷をんだっぽい。これは嫌な予感がする!

「その発言。かのイギリス王国を敵に回すとみていいんだな?」

「はっ。そんなメシマズ国家、敵に回しても怖ないわ」

 幸音ちゃんがサラッとイギリス人全員を敵に回して、さらに言い争いは激しくなる。

 あ、ちなみに私は、イギリスを敵に回すつもりはないです。フィッシュアンドチップスとか食べてみたいです。

「紅茶は、ストレートで楽しめるだけでなく、ミルクで煮出にだせばロイヤルミルクティーに! さらに各種フルーツとタッグを組めばその可能性は無限大だ! ミルクで割ることしか能がないコーヒーとはわけが違う!」

「何を言ってんねん! コーヒーはそのミルクの割合を変えるだけでさまざま顔を見せるやろ! それに喫茶店きっさてんでは、紅茶よりコーヒーが主流! これは、コーヒーが覇権をにぎっている証拠しょうこや!」

 二人ともすっかり熱くなってしまっている……。これは、巻き込まれないように早めに退散するのが得策とくさくだろう。

 そう思って、こっそりと自分の部屋に戻ることを試みる。

「あ、愛花いとはな! どこ行く気だ! この論争の決着は、お前が決めるのに!」

 やっぱり、気づかれたか……。あと、勝手に審判員しんぱんいんの立ち位置にしないでほしい。

 ひばりの言葉に、幸音ちゃんはあきれたように言う。

「アホやな、ひーちゃんは。いーちゃんは、たった今コーヒー飲もうとしてたんやで? つまりいーちゃんがコーヒー派であることは明白や!」

 ガーンという効果音が聞こえてきそうなくらいショックを受けた表情をするひばり。相変あいかわらず、リアクションがいい子だ。

 というか、何か勘違いされているようなので、ひとこと言っておこう。

「私は、別にコーヒー派ってわけじゃないわよ?」

「なんやて!?」

 今度は、幸音ちゃんがショックを受ける番だった。こちらも、相変わらずリアクションがいい。

「私は、あくまでも中立よ。気分によって紅茶も飲むし、コーヒーも飲むわ。というか、コーヒーと紅茶のどちらがすぐれているとかないでしょう? 結局、人の好みなんだから」

 私の言葉に、ばつが悪そうに口をへの字に曲げるひばりと幸音ちゃん。

偏見へんけんを持たずに、一度それぞれおすすめの形でコーヒーと紅茶飲んでみればいいんじゃない? 好きなところが見つかるかもしれないわよ。ちょうどお湯も沸いたし」

「うーん、そうしてみるか……」

 あまり納得している様子ではないが、納得はしてくれたらしい。

「で?ひーちゃん。紅茶はどう飲むのがおすすめなんや?」

「ええっとだな……」

 良かった。いつもの仲のいい二人に戻ったようだ。

 どんなものでも、結局は人の好みになることが多いのが、つねだろう。

 その人の好みを否定すれば、険悪けんあくになるのは当たり前だ。

 なら、人の好みを受け入れてみてもいいのではないか。

 そうすることで、新しく仲良くなれたり、絆が深まったりすると、私は思う。

「おーい、せっかくだし。愛花も飲んでいけよ。あたし特性のオレンジティーだ!」

「ありがとう、いただくわ」

 オレンジティーか。飲んだことがあるはずだが、味をあまり覚えていないな。

 ……ってオレンジ?

「あの、ひばり? もしかして、冷蔵庫に入ってたオレンジ使った?」

「そうだけど、どうした?」

「いや、それ使って午後から幸音ゆきねちゃんがお菓子作るんじゃ?」

「あ、そういえばそうやな」

「……買い出し行ってきまーす」

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