第9話 宝物

「ふぅ、面白かった……」

 満足そうに息を吐く福乃さちのちゃんに、私芥川愛花あくたがわいとはなとなりでうんうんとうなずく。

 金曜日の夜、私は同じシェアハウスの住人である花咲福乃はなさきさちのと有名なハリウッド映画を見ていた。財宝を探して冒険を繰り広げるアクション映画だ。

 最初は、二時間しっかり見るつもりはなかった。

 なんとなくテレビを眺めていたら、福乃ちゃんがやってきて、

「面白いので、ぜひ見ましょうよ!」

 と誘われて、流れで見ることになった。

 正直、最初は途中で離脱りだつするつもりだったが、だんだんとその世界に引き込まれて行った。その結果として、最後まで鑑賞かんしょうしてしまったが、全く後悔などない。そう思えるいい映画だった。福乃ちゃんは、何度か見たことがあるらしいが、リピートしたくなるのも分かる。

 私もこんな風に読書を引き込める作品や何度も読みたくなる漫画を生み出したい……!

 私が静かに気持ちを高めていると、福乃ちゃんが話しかけてくる。

「しかし、この映画みたいに財宝を探すのってロマンがありますよね~。愛花いとはなさんって、宝物って持っています?」

「う~ん、宝物ねぇ……」

 子供の頃までさかのぼって考えてみるが、

「ごめん、期待に応えられるような物に心当たりはないわ」

 実家からこのシェアハウスに持ってきたものに何十万円もの価値があるものなどない。また、実家も別に昔から大きな蔵を任されるような由緒ゆいしょ正しい家庭でもないので、宝物などありそうもなかった。

「まぁ、聞いといてなんですが、私も宝物に心当たりはないんですけどね……」

 あはは……、と福乃さちのちゃんは苦笑いをした。

 でも、当然と言えば当然か。余程よほどのお金持ちの家か江戸の時代から続くような老舗しにせの酒蔵とか歴史のある家庭ならまだしも、一般家庭に生まれれば宝物に触れる機会など、ほとんどないだろう。

 唯一、このシェアハウスの住人でそういうものに縁がありそうなのは、私の高校時代からの友人である藤原ふじわらひばりだ。だが、あの子は実家というか両親とほぼ絶縁ぜつえん状態にあるので、詳しい話を聞こうとするのは止めておいた方がいいだろう。

「子供の頃は、宝物探しとかやった思い出もあるんですけどね。お姉ちゃんが宝の地図書いてくれて。それを夢中になって探した思い出があります」

「意外と男の子みたいな遊びしてたのね」

「今は落ち着いてますけど、お姉ちゃんの後を追っかけてたら自然と……」

 今度は照れ笑いをする福乃ちゃん。彼女の双子の姉、花咲幸音はなさきゆきねは確かに活発かっぱつな子だから、なんとなく遊びが男の子側に寄るのはわかる気がする。

「宝探しって何を宝物にしてたの? まさか数万円もするようなものじゃないでしょう?」

 子供の頃の宝物。私は、それが何なのか少し気になったのでそう聞いてみた。

 福乃ちゃんは、思い出そうと目線を上にらす。

たいしたものじゃなかったと思いますよ? ビー玉だったり、きれいな丸い石だったり。一度、私が大切にしてたぬいぐるみをかくされて、大泣きした記憶があります」

 ……いかにも幸音ちゃんらしい行動だな。今では、人が嫌がることをするのを嫌う優しい子になるのだから、人は変わるものだな。

「逆に愛花いとはなさんの子供の頃の宝物って、何でしたか?」

 言われて私も記憶をたどる。私の子供の頃の宝物。私も大したものではなかった気がする。

 ええっと、確か……。

「お手玉みたいなアザラシのぬいぐるみだったかな? 水族館で買ったか何かで、すごく気に入ってた記憶があるわ」

 そうだ。今も多分実家にあるアザラシのぬいぐるみ。家族で水族館に行ったときに、お土産屋さんで見つけたものだったと思う。親がすんなりと買ってくれたから、そこまで高くないものだろう。

 でも、とても大切にしていたのは、間違いない事実だ。

 本を読む時にひざにのせたりして一緒に過ごしていた。お出かけする時は、いつもカバンにしのばせていた。寝る時には、枕元に置いていた。

 きっと売りに出しても、小銭にしかならないような小さな人形。もしかしたら、周りから見ればなんでそんなものを、と思われるかもしれない。

 それでも、私には何にも変えられない大切なものだった。

 そうだ。宝物っていうのは、

「……誰にも理解されなくても、その人にとってひかって見えれば、なんでも宝物になるのね」

「はい?」

 はっとして隣を見る。

 そこには、キョトンとした福乃さちのちゃんがいた。

「い、いや今のは、えっと」

 急にポエムみたいなことを呟いたことが、恥ずかしくなり隠そうとする。

「ふふ、私もそう思いますよ?」

 そういって、福乃ちゃんは微笑ほほえむ。

 いっそ、からかってくれた方がよかったかも知れないが、福乃ちゃんはそういうタイプではない。

 ……例え、ありふれていたとしても、今の私にとっては、この日常が宝物かもしれない。恥ずかしさが残るが、そんなことを思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る